魔王についていってはいけません! *鳩様リク:勇者になったばかりで右も左も分からないレウコン(勇者見習い)をたぶらかして、お持ち帰りした上に手まで出すフリュンベルグ(魔王) 「選ばれし勇者よ!今こそ魔王を倒し、世界に平和をもたらすのだ!」 人間の王たる初老の男が叫ぶ。 赤く長い絨毯が扉から男の背後にある玉座まで真っ直ぐに伸び、その床に使われた大理石は姿を映し込むまで完璧に磨かれていて。 しかしその上をすっかり覆い隠してしまう程に所狭しと並んだ兵士達が、彼の悲願に添えるように、歓迎の雄叫びを上げる。 「・・・」 ただ一人、王の見下ろした先でぼんやりと突っ立っていた『勇者』たる少年だけが、場違いのように首を小さく傾けていた。 剣やら何やら一切持たされ、急き立てるように城を出された『勇者』レウコンは、眼下に広がる城下町を前に緩く瞬いた。 「ゆう、しゃ・・・」 己に与えられた肩書きを呟いて、やはり先程と同じように首を傾げる。 レウコンは国の隅、聖山と名高い緑の中に兄と二人で暮らしていた。 樹と獣と精霊と兄、たったそれだけに囲まれて生きてきた彼には、所謂一般知識の一部が欠けている。 例えば、世情。 現在、人間国は隣地の魔族と激しい戦を長年に渡って続けている。 流れた血はもう数えきれない程。 しかし魔族の方が僅かに優勢で、このままでは敗北するだろうという懸念が常に付きまとっていた。 それを覆す為に国は、王は勇者を召喚した。 国随一の神官達を伴った儀式、果たして呼び出されたのがレウコンだったのである。 王は言った。 レウコンこそが魔族の王である魔王を倒し、魔族を退ける唯一の者であると。 しかし、レウコンは一般知識が欠けている。 勇者って、何? 兄は様々な知識を与えてくれたが、世情やそれに纏わる事柄は一切教えてはいなかった。 まるでレウコンが外に出る事は一生なく、それ故に不要とばかりに。 なので魔王くんだりはおろか、勇者についてもさっぱりだ。 王が長々と語らってもいたが、四分の一も頭には入っていない。 レウコンは腹を抑えた。 ぐう、と腹の虫が空腹を訴える。 思えば朝食の前の出来事だったのだ。 今日は川海老が朝昼問わず食卓に並ぶ予定で、今頃好物のそれをお腹いっぱい食べているはずなのに。 「・・・おなかすいた・・・」 ふらふらと、人の溢れる街路へ足を踏み入れる。 一度も行った事がなく、それ故に土地勘がまったくない街路を右に左に歩く。 己がどこに向かっているのかまったくわからないままに、どこからともなく漂う美味しそうな料理の香りにつられて進む。 すれ違う人々は、皆ぎょっとして振り返った。 レウコンはまったくこれっぽっちも知らないが、とんでもなく美しい容姿を持っていた。 光を集めたような金の髪、光の加減で碧に翠にころころと移り変わる双眸、少年、と呼ぶには可愛いらしすぎる幼い顔立ち。 年頃の年齢にしては低い背の高さも相まって、どう見ても美少女のようであるのだ。 そんな彼が(空腹によって)眉尻を下げ、悲しげな表情を浮かべているのである。 見惚れた者は、彼に声をかけるべきかと思案する。 だが一瞬にも等しい葛藤の間に、彼の腕を取る者がいた。 レウコンは伏せがちだった顔を上げる。 自身の腕を伝い、見知らぬ右手を上った先。 一人の背の高い男が、レウコンを見下ろしている。 「・・・?」 男と見つめあったまま、誰だろうと疑問に思う。 白銀の髪は近しい色合いを持つ兄を彷彿とさせるが、薄紫の双眸と何より兄とは異なった容貌、そしてもう少し高い背丈が否定している。 「・・・主が、勇者か・・・」 男は呟いた。 しかしあまりにも小さすぎて、レウコンの耳には届かない。 と、ぐう、と二度目の空腹音。 男の目が興味深そうに瞬かれる。 「腹を空かせているのか」 「・・・ん」 さすがに空っぽな胃がしくしくと嫌な感触をもたらし始めて、レウコンは頷いた。 ご飯を食べたい・・・が、住んでいた山中とは違って辺りは人と建物ばかり。 肝心な食材がどこにあるのかわからない。 城下町では食材が纏めて売られている街道があるのだが、山から出た事のないレウコンがそれを知るはずもなく。 「我が元へ来るか?主の好物を馳走しようぞ」 「!」 レウコンの表情が、無表情ながら輝いた。 「えび、ある!?」 「うむ。主が望むならば手配する。して、どうする?」 普通、人は無償の救い手に多少なりとも警戒心を持つ。 それはいつの世も現れる悪人を警戒しての事であり、上手い話程簡単には乗らないものだ。 そして、食べ物をあげるからついてこいなどという怪しい言葉に今時親に散々言い聞かされた子供ですら安易についていくような真似はしない。 だが、再三言うがレウコンは一般知識が欠けている。 そこには知らない人から物を貰ってはいけない、ついていってはいけないという当たり前の事すら含まれており。 「いく!」 嬉しそうに手を取ったレウコンはまったく気づいていなかった。 男と会話を交わした時から、周囲の人々の姿が消えていた事に。 |