人はそれを悪夢という?
フレンが分裂したらしい。
らしい、という曖昧な表現なのは、ユーリも又聞きしたからだ。
そしてその話が本当かどうか、それを確かめるつもりもない。
何故なら、ただでさえ一人でも厄介な相手が複数もいるとなると、どう考えても顔を合わせたところで手に負えないだけだから、である。
そしてその話を聞いた瞬間、ユーリは心に決めた。
フレンが一人以下になるまで、何があってもバンエルティア号には戻らないと。
しかし本人にとっての災厄というものは、いくら忌避しようとしたところで向こうから出向いてくるもので。
「ユーリ!」
「やっと見つけた!」
「僕から逃げるなんて、君らしくない!」
「一体どうしたんというんだい」
「・・・うげ・・・マジ、かよ」
人の少ない街中、その大きな街路で。
聞き慣れすぎた声が聞こえ、ついつい振り返ってしまったユーリは視線の先に同一の幼馴染みを複数人見かけて、唖然とした。
それはユーリに言わせると、「気持ち悪い」の一言に尽きた。
顔も体格も言動も、何もかもが同じ人間が複数人。
それも腐れ縁(ユーリ談)と称する程長い付き合いであるだけに、それらが揃ってユーリ目掛けて足早に近づいてくる光景はまさに裸足で逃げたくなる程だった。
というより実際にユーリは逃げた。
さすがに裸足ではないが、その甘いマスクの王子様然とした騎士隊長様集団を見た瞬間に駆け出していた。
「ユーリ!!」
まったく同じ声が何人分にも重なってユーリの名を呼ぶ。
あまりの気持ち悪さに、ユーリは全力で走りながら悪寒と鳥肌に襲われるという滅多にない経験をしたのはここだけの話。
大通りでは追いつかれる可能性ががあると、ユーリは小道に入った。
小回りが利く身としては、余程変な場所にでも入らない限り振りきれるだろう。
自慢ではないが、フレンに追われた時はいつもそうして巻いている。
角を右へ、左へ。
曲がって、曲がって、曲がった先に咄嗟に引き返した。
「何であいつ先回りしてんだよ!」
そう、曲がった先にいたのはユーリを待ち構えていたフレン(その1)。
長い付き合いとはお互い様なせいで、フレンに行動パターンを読まれている、らしい。
ならばと別の道に逃げるが、そこにもフレン(その2)、また別の道にもフレン(その3)。
元来た道にもフレン(その以下略)がいて、完全に道を塞がれた。
「ユーリ」
「もう逃げられないよ」
「いい加減、観念するんだ」
じわじわと距離を詰めてくるフレン集団。
ユーリは戦闘ですらあまりない冷や汗をかく。
一人相手ならともかく、複数のフレンに囲まれてただで済むとは思えない。
しかもユーリがフレンを避けるように逃げているのを知られているので、多少ご立腹のようだ。
何としてでも逃げなければ。
ユーリは鞘を放り投げ、フレン(その1)に向いた。
「ユーリ───」
「漸毅狼影陣!」
何かを言いかけたタイミングを狙い、全力で逃げるだけの余力を残した本気90%で秘奥義を叩き込む。
「くっ!甘い!」
フレンもまた瞬時に剣を抜き、ユーリの攻撃を防いだ。
その瞬間を待っていたユーリは次の攻撃を加える振りをしてするりと横をすり抜ける。
「じゃあな」
「!しまった!」
包囲網を抜けてしまえば後はまた逃げ出すだけだ。
「待て!」
「また逃げるのか!」
「ユーリ!」
「待てと言われて待つ奴がいるかよ」
振り返らずに吐き捨てて、ユーリは角を曲がった。
取り敢えずフレンがたった一人に戻るまでは彼の前に戻るつもりはない。
だが諦めずに追いかけるのも、フレンであって。
珍妙な追いかけっこは、まだ続きそうである。
「・・・っ!」
ユーリはハッと目を見開いた。
薄暗くぼやけた視界には、見慣れた天井。
そして何故か、息苦しい。
「・・・」
夢か。
というか夢以外にありえないか、と脳裏に浮かんだフレン集団を咄嗟に消しつつ、ユーリは視線を横にずらす。
ずらして目を眇めた。
「何他人のベッドに入ってきてるんだ」
ユーリを抱き締めるように腕を回し、すやすやと爆睡しているのは集団の元となった幼馴染みで。
あんな悪夢じみた夢を見たのもこいつのせいかと、ユーリはフレンを蹴り落とした。
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