双華伝説 *鳩様:カムシルでシチュお任せ その学園は、世界でも有数の名門魔法学校であった。 そこに通うにはまず『魔法』と呼ばれる不思議な力を扱う素質───魔力が必要不可欠となり、さらに入学を認められる為には基準値以上の魔力を持っていなければならない。 その基準値がまた通常の魔法学校よりも数倍も高く、故にそこはエリート魔法学校とも言われていた。 そんな実力者揃いの生徒達の中でも、一際有名な二人の存在がいる。 その燻んだ金色の髪と類稀なる容貌から『金薔薇』の異名を持つ生徒、カムイ。 長い銀髪と中性的な風貌から『銀百合』の異名を持つ生徒、シルヴェル。 男女それぞれの首席に並び立つその二人を、生徒達は羨望と尊敬の意を込めて『双華』と呼ぶ。 男女共学が多い魔法学校が多い中、この学園は珍しくも男女でクラスが分かれている。 その理由は、異性との交際にかまけて勉学と腕磨きを疎かにしてはならないという厳しい規則によるものであり、また、卒業するまでは恋人を作ってはならないという鉄の掟も当たり前のように存在していた。 が、規則や掟というものは破る為にある。 教師やクラスメイトにバレないよう、こっそりと付き合う生徒達もまた珍しくはなかった。 「まったく、嘆かわしい」 書類を放り出し、神経質そうな印象を与える眼鏡の位置を直して教師は吐き捨てる。 「この神聖なる学び舎で、乳繰り合っているなど!」 あなたもそう思うでしょう?と話を振られ、シルヴェルは面倒気にため息を吐いた。 「そうですね」 嘆かわしいのはこの学園の規則だ、という意味を込めての発言だが、教師は自分の言葉への肯定と受け止めて得意気に言う。 「まったく、今時の生徒はあなたを見習った方が良いわね。恋などという邪魔なものに現を抜かさず、自分の魔法の腕を磨く!これこそが生徒としての───」 「先生。そろそろ次の授業なので」 「あら?本当だわ」 放っておけば長くなるうんちくを、時間を理由に辞退して指導室を出る。 残りを数分も切っているからか、廊下には人の気配はない。 凝った気がする肩を揉みほぐしながら遠い角を曲がったシルヴェルは、その先で壁に背を預けていたカムイの姿に軽く瞬いた。 「授業、遅れるよ?」 「ええ、間に合わないでしょうね」 くすくすと笑って答えるカムイ。 「なので軽く校則違反でもしてみようかと」 「・・・ここ、校舎だけど」 シルヴェルが目を眇めている間にも距離を詰めるカムイ。 顎先を取られ、視線を合わせられてシルヴェルはため息を吐いた。 「結界は?」 「俺が忘れているとでも?」 「・・・」 近づいてくる美貌。 唇が重なるのに、抵抗をする事もなくシルヴェルは受け入れる。 「・・・ん・・・」 歯列をくぐり、入ってきた舌に自ら舌を絡ませる。 辺りに響く息遣い、水音。 舌の表面が擦れ合う度に、ぞわぞわと背筋を甘い電流が流れていく。 その後を追うように背中に回ったカムイの手が腰へと降りてきて、シルヴェルは唇を離しつつその手を鷲掴んだ。 「さすがにそれはマズイでしょ」 「結界には自信がありますがねぇ。残念です」 パリン、と薄い氷を踏み割った音が辺りに響いた。 周囲の風景にひびが入り、粉々に砕け散っていく。 その先にもまた同じ風景があって、カムイの結界が解除された事を瞬時に悟った。 「では俺の部屋に行きましょうか。今日はもう授業はありませんし、たっぷりと可愛がってあげますよ」 「そういう事は結界を壊す前に言ってね」 シルヴェルは振り返りつつ呆れたように言葉を追加した。 「もう手遅れだと思うけど」 廊下の突き当たりの角を、足音を隠す事もなく曲がっていく生徒の後ろ姿がチラリと見えた。 その生徒は、生徒向けの情報を発信する新聞部に事の顛末を持ち込んだようだ。 その翌日、校舎の至る所に貼り出された号外新聞。 その見出しは、『スクープ!『金薔薇』と『銀百合』の密会!二人は実は付き合っていた!?』 ご丁寧に結界が割れた直後の画像まで掲載されている。 その場の風景を写す事が出来る魔法によるものだろう。 「これはまた安っぽい記事ですねぇ」 特に大きく貼り出された掲示板の前、群がっては騒めく生徒達は、その声に一斉に振り返る。 「『金薔薇』だ・・・」 「『銀百合』と一緒よ・・・」 「あーあ」 こちらを見た瞬間、騒めきが嘘のように静まり返った生徒達を見回してシルヴェルは肩を竦めた。 「どうするのさ。全生徒に知れ渡っちゃってるけど」 「それは好都合です。折角ですし、俺達の仲の良さを見せつけてあげましょう」 きゃあ、と生徒達から悲鳴じみた声が上がる。 肩を抱かれ、シルヴェルはカムイを見上げた。 降ってくる口付け。 離れ際にシルヴェルは問う。 「何を企んでる?」 「企んでいるなんてとんでもない。ただ、そうですねぇ・・・」 カツカツ、と荒い靴音が響く。 「カムイ君!シルヴェルさん!これは一体どういう事ですか!!?」 どこかで破り取ってきたのだろう新聞を掲げ、現れたのは複数の教師達。 その疑わしげな表情は、密着するシルヴェルとカムイの両方を見た瞬間に憤怒に変わる。 数少ない不良ですらあまりの剣幕に裸足で逃げ出しそうな様子に、しかしカムイは涼しげな顔だ。 シルヴェルもまた、他人の怒りに顔色を左右される性格ではなく。 「これは先生方。新聞をお読みになられたようで」 「これは一体何の真似ですか!?仮にも生徒の見本であるべき首席が二人揃って不純な行為など!!」 「先生」 カムイが笑みの表情のまま教師達を見る。 「もう古き掟に縛られる時代は終わりにしませんか?恋愛を禁じられた生徒達の実力は、今や恋愛をする生徒達よりも劣り続ける一方です。この学園の実績も、もはや一般の魔法学校に比べて落ちぶれているでしょう?」 「な、何を言ってっ!!」 「実際に、俺達が未だ首席を保ち、伸び続けるのはお互いを好き合っている為。・・・そうでしょう、シルヴェル?」 ああ、そういう事か、とシルヴェルは頭を抱えたくなった。 カムイの言葉はただの推測ではなく、統計に基づき、世間に認められた論理が原点にある。 また、それを示すように恋愛を禁じられていない一般の魔法学校の生徒の方が年々良い実績を上げているのだ。 それは最早、この学園と並ぶ程にまで追いついている。 しかしカムイのその発言は、すべて建前なのだ。 ・・・シルヴェルに、カムイの事が「好き」であると公言させる為の。 「尊ぶべき規則を破るなど!あ、あなた達には懲罰室へ入ってもらいます!!」 「・・・やれやれ、せっかちな方達だ」 シルヴェルからの返答を貰う前に教師達が魔法の詠唱を始め、カムイは初めて笑みをひそめた。 「さて、先生方。確かこの学園には『教師を上回る実力があればいかなる主張も認められる』という規則がありましたよね?」 「あなた達にその規則を語る資格はありません!!懲罰室で、存分に反省なさい!!」 教師達の魔法が発動する。 雷の力を帯びた無数の蔓が生徒達をも巻き込んでシルヴェル達の方へと向かってくる。 辺りに響き渡る生徒達の悲鳴、怒号。 シルヴェルは被害を免れるべくカムイの手を引き剥がそうとした。 だがその力は非常に強く。 カムイの唇が緩やかな笑みの形に弧を描いた。 「シルヴェル、一緒に帰りましょうか」 一日の授業がすべて終了し、シルヴェルが教室出るといつもの笑みを浮かべたカムイが待ち構えていた。 ちらりと一望したシルヴェルは、そのまま彼の側を擦り抜ける。 その後ろをついてくるカムイ。 「まだ怒っているのですか?もう三日も経ちますよ?」 「まだ三日だよ」 振り返る事もなくシルヴェルは言い放つ。 三日前───シルヴェルとカムイの仲が知れ渡ったあの日。 教師とカムイによる対立は、カムイの圧倒的勝利で片がついた。 元々カムイは歴代首席を超える実力があったのだが、さらにその上にシルヴェルの魔力まで吸い上げて使用したのだ。 カムイに今一歩及ばないものの、シルヴェルの魔力もまた歴代首席を超える。 そんな二人の魔力が篭った魔法に、数人とはいえど教師達の力が及ぶ筈もなく。 「少し貴女の魔力を借りただけでしょうに」 「ふうん、君の『少し』は丸一日動けなくなる程の量なんだ?」 そして事がおさまった後には余裕坦々と立つカムイと、限界まで魔力を使われて自力で立つ事すら困難なシルヴェル、圧倒的力の前に倒れ伏す教師達と成り行きを見て唖然とした生徒達。 「しかも僕が動けない事を良い事に、散々好き勝手してくれたし?」 その後、カムイの部屋へと運ばれたシルヴェルが清い身体でいられた訳がなく。 「・・・拗ねているんですか?」 「そう思うなら今日は僕の好きにさせてくれる?」 そこで初めてシルヴェルは振り返った。 その笑みは『銀百合』の名に恥じない美しさで。 「・・・それで貴女の機嫌が直るのなら」 校内最強を実証した『金薔薇』は観念したように肩を竦めた。 ちなみに余談ではあるが、カムイが教師達を打ち負かした事により、生徒達も自由な恋愛が出来るよう規則が変更された。 その第一人者であるカムイとシルヴェル───『金薔薇』と『銀百合』は生徒達の恋愛を成就させ、いかなる不条理も打ち破る守護神の双華であるという伝説が後世に伝えられ続けるのは、二人が卒業してからの話。 もっとも、シルヴェルはあくまで巻き込まれただけなのだが、その真相を知る者は幸か不幸か当人達以外には後にも先にも存在しなかった。 ─── 大変お待たせいたしました! シチュお任せ、という事で、今回は魔法学校(っぽい)モノにしてみました。 若干シルヴェルのデレが少ないように見えますが、内心は結構デレデレだったりします。 それでは、リクエストありがとうございました! |