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舞姫様と桜


*アルギュロス×アスベル



さああああ、と風が吹き、大地を桃色に染める無数の花びらが舞い上がる。

咲き乱れる花弁を装う太くしなやかな桜の枝に腰かけていたアルギュロスは、その幻想的な風景を見下ろしながら、一つ欠伸をもらした。


「ああ、退屈・・・」


人間が手放しで賞賛するこの光景も、春を司り、もたらす役目を担う神であるアルギュロスにとってはごく身近な現象。

この地を去るまであと一月程もとどまらないといけないのか、と憂いていると、そよ風の音に混ざり、足音が聞こえてきた。


「・・・人間か」


桜の花の間から見えた人間は、一人。

赤茶色の髪の、まだ年若い青年は、ちょうどアルギュロスが腰をおろす木の下で立ち止まる。

その手には、一本の剣。

柄に手をかけ、構えた青年に、一体何をするのかと見下ろしていると。


「へぇ・・・」


アルギュロスは目を瞠った。

さああああ、風に吹かれる花びらをも組み込み、青年がみせたのは剣舞だった。

鞘を抜かないその動きは、洗練されていると素人でも解る程に美しく。

たった数分程の舞だったが、アルギュロスの興味を引くには十分だった。

枝から飛び降り、危なげなく地に降り立つとパン、パン、と手を叩く。


「!」


驚きの表情を浮かべ、青年がこちらを振り返った。


「あなたは・・・?」

「通りすがりの邦人、かな」


神、と名乗って信じる人間はいない。

あながち間違ってはいないと無難な言葉を返す。


「それよりも見事な舞だったね。もっと見せてくれないかい?」

「すまないが、それはできない」


青年は首を横に振る。


「あの剣舞はこの地に訪れる春の神の為のものなんだ。祭の時以外に人に見せるのは禁じられている」

「・・・僕、見ちゃったけど」

「あれは・・・まあ、仕方ないよな」


困った表情を見せた青年は、しかし見た事は秘密にしておいてくれ、と苦笑いを浮かべた。


「それにしても、祭か・・・」


ふむ、とアルギュロスは顎に手をやる。

人間がこの地に社を建て、春の神、つまりはアルギュロスを崇めているのは知っている。

とはいえ、それは彼らが勝手に行っている事で、特に興味のなかったアルギュロスが祭りに興じる事はなかったが。


「君が参加しているなら楽しめそうだね。・・・うん、決めたよ」


アルギュロスは目を細めた。


「君、名前は?」

「アスベル、だけど・・・」

「アスベル、ね」


名を覚えるように、繰り返す。


「僕の名はアルギュロスだ。ちゃんと覚えててね」


青年、アスベルの手を取ったアルギュロスは、その白い手の甲に唇を寄せた。


「なっ・・・、何を・・・っ」


驚いて引っ込められた指先を少し残念に思いつつ、アルギュロスは左手を扇いで風を巻き起こす。


「祭り、楽しみにしててよ。今年は僕も参加してあげる」


ざあああ、桜の花びらを巻き込んで渦を巻く突風を彼が腕で遮った時を見計らい、宙へ舞い上がった。

青く晴れ渡る空を、滑るように飛翔する。

風が止んだ頃、突然消えたアルギュロスに、アスベルは困惑するだろう。

その様を思い浮かべるだけで小さな笑みがこぼれる。


「ああ、しばらくは退屈しないですみそうだな」





あきゅろす。
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