月明かりのもとで
トン、と小さな音を立てて、床に足がついた。暗闇であるせいもあり、安心感と倦怠感が一気に自分に襲い掛かり、じわりと嫌な汗をかく。とりあえず、下についたことを知らせようと三人に声を掛け、梯子の終わりを教えた。梯子の下は人が降りれるように、広めに設計してあるようだ。
「えーと、確かこの辺りに・・・」
凰利が壁に手を当てて、何かを探しているのがぼんやりと見える。動いて何かにぶつかると危ないから、凰利がその何かを探し当てるのを大人しく待っていた。
「お、あったあった!」
カチ、という音とともに、辺りがほんの少し明るくなった。一瞬驚いて光の方へ目を向けると、凰利が手に小さな懐中電灯を持っていた。非常用の備え付けの物があったらしい。凰利は何故か、懐中電灯をワイシャツで覆っている。
「なんでワイシャツ被せてるんだ?」
「ん?ああ、一応光が外に漏れないようにと思って」
「馬鹿にしては」
「いい考えです」
「怒るぞ双子!」
しかし、そう言う凰利の顔は笑顔のままだ。こんな状況でなければ俺も一緒になって笑うのだが、今はどうしても笑えず、部屋の中をぼうっと見ていた。そんな俺を見てなのか、神崎姉妹が表情を変えると、凰利もそれに気付いた。
「うーん、真面目にこれから先を考えるか」
「ここから」
「どう行けば」
「外へ」
「出られるんですか」
神崎姉妹の問いに、凰利は部屋の端に懐中電灯の光を当てた。この小さな空間の左右に扉が二つ。それは何とも微妙な光景・・・と言うのは変だが、本当に変な感じだ。凰利が一つの扉に近付き、耳を押し当てて外の様子を探ろうとする。しばらくそのままの体勢でいたが、首を小さく横に振って、反対側の扉へ近づいた。どうやらこちらの扉の向こうには何かがいるらしい。反対の扉に耳を押し当て、そのまま数秒。
「・・・こっちは大丈夫だ」
「すぐに出たほうがいいな。いずれここまで来るかもしれないし」
神崎姉妹も頷き、凰利は俺達に確認を取ってからゆっくり扉を開いた。扉は外に通じていたらしく、部屋の中に月明かりが入り込む・・・今が夜であったことを今更ながら思い出す。慎重に辺りを見回すと、ちょうど隠れやすそうな場所を見つけた。俺達は互いに顔を合わせて確認をすると、そこへ向かって一気に走った。周りには注意を向けず一直線に走り、滑り込むようにして物影に隠れた。
「・・・ふうっ、取りあえずは脱出成功かあ」
「伽音、霞音。大丈夫か?」
「大丈夫」
「ですよ」
全員の無事を確認し、四人同時にため息をついた。一瞬それに驚いて目を合わせてしまい、小さく笑い声が漏れた。
「…はは、」
「これで四人の幸せ逃げちまったなあー」
「嫌なことを」
「言わないでください」
文句をいいながらも、みんな笑っている。自然と俺も笑ってしまっていたようで、三人がこちらを見て嬉しそうに笑った。それがなんだか気恥ずかしくて、俺はそっぽを向いた。
「なーに照れてんだよ凌くーん」
「うるせぇよ」
「凌が」
「照れました」
「お前らもやめろ・・・」
クスクスと笑う三人を無視して、俺は辺りを探った。学校の方を見ると、遠い上に暗くてよくは見えないが、車らしき物、というより普通に車だろうが、十数台まっているのが分かった。しかもそれは、よく見ると装甲車。俺は息を飲んだ。
「・・・あれは自衛隊の装甲車じゃねぇぞ」
いつの間にか横に来ていた凰利が、ぽつりとそんなことを言った。自衛隊の物ではないのならどこの組織の物なのか、それ以前に、どうしてこんな学校なんかに装甲車で来る必要があるのか。思い当たる節といえば、あの悪夢のような事態しか思い浮かばない。
「なんか怪しいなあれは」
「離れたところから」
「様子を伺うべきでは」
「それにしたってどこから・・・」
「あのビルの屋上なんてどうだ?」
そういって凰利が指差したのは、学校から少し離れた先にある五階建てのビル。
「高さもちょうどいいくらいだしな」
「分かった・・・行こう」
遠回りをしながら物音を立てずにビルへ向かう。辺りをキョロキョロと見回し、素早く進む。静かすぎる街の雰囲気に呑まれそうになりながら、何もないことを信じてただ進む。だけど、何もないなんてことは、絶対に有り得ない。何故なら既に・・・
その何かは、始まっていたから。
月明かりのもとで
俺たちはずっと、このままだよな?
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