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急速に進もうとする物語




「っくそ、キリがない・・・!!」

「なんか今回はっ、色々早過ぎないっすか辰巳サンっ!!」



辰巳さんと乃十さんは、ナイフやハンドガンを駆使して、次々と駒を倒していく。そして俺達は、そのあとにひたすらついて行くだけで、戦おうとしなかった。つい昨日までただの高校生だったのだから仕方がない、だとか、最初の内はこんなモノだ、と言ってくれたが、嫌なことをただ人に押し付けているみたいで、それなのにこの剣を抜けない自分が嫌だった。でも、ヒトを殺すことになるのなら・・・そう考えている自分もいた。

この【遊戯】に参加させられた時点で、多分そう考える権利は剥奪されているのだと思う。戦えと、戦って殺して辿りつかなければならないと。でも、どうしてもこの剣に触れると、血を浴びてなお平然としていた凰利の笑顔、駒の絶命した、その瞬間の気味の悪い表情が脳裏に浮かび、吐き気を催してくる。

人間、なのに、表情がない。血が、出るから、人形じゃない。じゃあ俺達は、一体何を相手に戦おうというのだろう。



「っあ、ああああああああっ!!」



伽音が突然、この状況に堪えられなくなったのか、叫び声を上げた。涙目になりながら矢筒に手を伸ばし、矢を取り出し、ほんの少しの間だけ止まって、その矢を放った。恐怖に怯えた狂う寸前のような表情で、なのに矢の軌道は正確だった。

ヒュン、という風を切る音が聞こえ、その矢は見事に駒の眉間へと突き刺さった。同時に少量の血が吹出し、駒は後ろへと倒れた。びちゃりと、溢れる血液の上に音をたてて落ちた。思わず目を横へと逸らしてしまう。

伽音は崩れ落ちるようにその場に座り込み、口元を押さえて込み上げてきたモノを吐き出した。涙をぽたぽたと吐き出したものへと落としながら、小さく震えている。その様子を見た辰巳さんが乃十さんに声を掛けると、乃十さんは素早く伽音に駆け寄り、小さくうずくまる身体を抱き抱えて、近くの建物へ駆けて行った。



「お前らも乃十に続け!!」

「っでも、」



この人数を相手に一人でどうすると言うんですか。
そんなことを戦えもしない俺が言えるはずも無く、言葉に詰まった俺は小さく頷いて乃十さんの後を追った。霞音はいつの間にか、乃十さんの後を追っていた。余程自分の姉のことが心配だったのだろう。焦りの表情が見える。







自分自身に舌打ちをしながら、建物の中へと駆け込む。建物の影から辰巳さんの様子を伺う。遠くにいる敵には手に持っている銃、44口径だと思われる銃で応戦し、銃弾を入れる隙に近づいてくる敵には、コートの内側に隠していた、俺の持っている洋剣よりも少し短い剣で容赦なく切り刻む。

血飛沫は広がり、むせ返るような臭いがこちらまで届き、鼻腔を突き抜ける。吐きたくなる衝動を押し込めながら、端の方で縮こまっている伽音に近づいた。薄暗い室内が、伽音の恐怖を更に刈り立たせているのだろうか、先程よりも顔色が悪い。



「伽音・・・?」



声を掛けても耳に入らないのか、何の反応もない。伸ばした手を、そっと伽音の小さな肩に置いた。その瞬間に、その手に鋭い衝撃が走った。特別痛いわけではないが、じわじわと後からくる衝撃の余韻に驚き、下を向いたままの伽音を見下ろす。その瞬間に伽音は顔を勢いよく上げ、俺のことをきつく睨む。見たことのない、恐ろしいような表情。
一瞬、何故か泣きたくなった。



「僕にっ・・・・触るなあっ!!」



あからさまな拒絶。驚いて霞音と乃十さんがこちらを振り向く。だが、一番驚いていたのは伽音自身だった。先程までの表情が嘘のように消え、困惑の色が浮かび、動揺しているのがよく分かった。振り上げたままの手を、どうしていいか分からないようで暫く挙動不振になっていたが、恐る恐るといったように手を下げると、小さな声でごめん、と言った。

それから重い空気が流れた。俺自身状況が分からないから、謝ってきた伽音に何と言ったらいいか分からないし、当事者じゃない霞音と乃十さんも、どう声を掛けたものかと言葉に詰まっている。この空気をどうにかしようと、俺は口を開こうとしたが、外から聞こえてくる辰巳さんの言葉に遮られた。



「物影に伏せろ!!」



叫ぶ辰巳さんの手には、手の平大の何かが握られている。それを見た瞬間、乃十さんの顔からサッと血の気が引いた。それから素早く横にいた霞音を引っ張って体勢を崩させると、そのまま霞音に覆いかぶさるようにして地面へ倒れ込んだ。それを見て俺も素早く伽音に覆いかぶさった。


それと同時に建物の中へ、転がるようにして辰巳さんが駆け込んできた。その手には握られていたはずのモノがない。ということは、まさか・・・






バアァァァァァァン!!






耳を劈くような激しい音がニ、三回程響き、強い風が吹く。何かが叩き付けられるような音から、コンクリートの砕ける音がした。砂煙が巻き上がり、視界が白く染まる。迂闊にもそこで口から息を吸い込んでしまい、砂が喉に張り付いて勢いよく咳込んだ。目にも砂が入ったらしく、自然と涙が溢れてくる。擦ってしまえば楽だが、そんなことをして傷がついても大変なので我慢する。

なんとなく察しはついたが、辰巳さんが持っていたのは手榴弾らしい。使うなら使うと一言言ってほしかったが、あの状況ではそんなことを言っている暇などなかったのだろう。とにかくここは、手榴弾であの数の敵が一掃出来たことを喜ぶべきだろう。



「・・・・・・・う・・・」

「あ、ごめん、伽音・・・」



俺に乗っかられたままの伽音が唸り声を上げた。あと少しで、完璧に伽音のことを忘れるところだった。苦しそうに俺の背中を叩く伽音の上を離れ、軽く謝った。その時立ち上がって、ちらりと外を見たことを後悔した。



「っぅ、え・・・」



口の中に、表現しがたい酸味が広がる。建物の外、視界いっぱいに広がるのは、バラバラに吹き飛んだ沢山の死体。黒いアスファルトの上が新鮮な赤で覆われている。腕がもげてグシャグシャになっているヒトがいる。顔の半分が吹き飛んでトマトが潰れたみたいに真っ赤な破片が飛び散って白いものが見える。どうしてそうなったのか分からないけど両手両足がぐちゃっと潰れていたり。部分的に黒く焦げた、ローストチキンみたいな、人の形をした肉。破片みたいなのが刺さっていて、痛々しくてあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ痛い頭が痛い鼻が痛い目が痛い腕が痛い腹が痛い足が痛いうううううう気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い血の臭いが肉の焦げた臭いが滴る血が視界をうめつくす赤と黒が中身が出ててうううああああでも駄目だ落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け牛や豚が人間に変わっただけだそうだ落ち着け落ち着け駄目だ駄目だ伽音や霞音の前で駄目だ駄目だ辰巳さんや乃十さんの足手まといになってしまうああもうあああああもう

いっそのこと狂ってしまえたら、こんな苦しみから解放されるんだろうか。

狂、う?
俺も?
あんな風に、狂気に満ちた表情を浮かべるのか?



「(おう、り・・・の、ように?)」



脳裏にあいつの狂ってしまう前の、楽しそうな笑顔が浮かんだ。何故か少し落ち着いて、混乱した頭の中がスウッと鮮明になった。たった一日にして街が変わり、人が変わり、大切な親友も変わってしまった。割れてしまったガラスのように、もう二度と直らないのかもしれないと、そう思うだけで怖くなる。もしかしたら、俺も既に狂っていて、それに気づいていないだけなのだろうか。

・・・これ以上考えていても仕方がない。

腹と口を押さえて、視線を建物の内部へと戻した。しかし、手榴弾ニ、三個であそこまでの威力を発揮するものなのだろうか?実際に見たのはこれが初めてだし、映画程度の知識ではそういうこともよく分からない。



「凌、大丈夫か?いや・・・あんなの見ちゃったら大丈夫じゃないか」

「っいえ、大丈夫です。すみません、乃十さん」



笑顔のままだけど、本気で心配してくれていることが伝わってきた。でも、本当ならばこんなことで心配を掛けてさせてはいけない。早く、慣れないといけないんだ。俺も戦えるようにならなければならないんだ。無理をしてでもやらないといけないんだ。



「大丈夫って顔してないな・・・無理しすぎるなよ?」



そう言って乃十さんは、俺の頭に手を置いて、乱暴に撫でた。撫でられたことがあまり記憶になくて、驚きと恥ずかしさで、自然と表情が緩んだ。そんな俺を見てにこりと笑うと、乃十さんは足速に辰巳さんの元へ駆け寄っていった。



「(大分、落ち着いたみたいだ・・・)」



表情の緩んだ顔を両手で覆い、深く息を吸って、一気に吐く。手を離して、外に広がる地獄のような光景を、見た。
この光景に慣れたわけじゃない。こんな数分で慣れるわけがない。だけど、今は冷静にその光景を目に焼き付ようとする。

好きでこの残酷なゲームに参加したわけじゃない。だからといって、自分には関係ないと、自分は巻き込まれたのだと、逃げているばかりでは何も分からない。全てが終わるまで黙って見ているなんて、そんなことは出来ない。そもそも終わりがあるかすら誰にも分からない。

凰利が言っていたこと、俺が思い出していないという記憶、それをどうしても思い出さなければならない気がする。そして神という、誰の記憶にも残っていない、未知の存在を探しだし、この【遊戯】を終わらせる。正直、俺にそこまで出来るとは思っていない。でも、辰巳さんや、その仲間の乃十さんたちもそれを望んでいることは確かだ。

辰巳さんたちはそのために、俺達を手助けしているだけだ。逃亡者で無くなった辰巳さんたちは、もう神に会うことは叶わないのだ。だから、皆、俺達に賭けている。まだ子供でしかない俺達に、自分達の命運を委ねなければならないのだ。そして、俺は、俺達は、それに答えなくてはならない。それが義務だ。絶対の、役割。

だから、この光景を見て覚悟を決める。俺も、こうしてヒトを、駒を倒していく。自分が生きるために・・・殺していくんだ。軽く口にしただけでも重い言葉。常識で言うならば、これは間違った覚悟。何も起きずに、ただの高校生のままで過ごしていたら、最低だ最悪だ人間じゃないと罵倒するような行為。その最低の行為を、最悪の行為を、これから自分のために実行する。生きるために他者を犠牲にしていくのだ。ああそうだ、犠牲だ。世界はすべて犠牲の上で成り立っているんだ。だから、今さら何を犠牲にしたって、何も変わらないじゃないか。








そんな考え方のほうがよっぽど人間らしいと、自嘲気味な笑いが込み上げてきた。











急速に進もうとする物語
駄目だよ、まだまだ早過ぎる



あきゅろす。
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