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巫山戯るのはやめようか





さぁて、そろそろ【約束の時】を始めましょうか・・・?


































「―――っぁ」

「凰利・・・?」



いきなり凰利が目を見開いて、自分の頭を強く押さえた。その動作は大袈裟なものではなく、様子が変わったのに気付いたのは俺だけのようだ。気になって声を掛けたが、凰利は下を向いたまま動こうとせず、まるで俺の声が聞こえていないみたいだ。顔を覗き込むと、凰利の顔からは笑顔が消え、怖いぐらいの真顔だった。



「あー・・・そっ、か」

「?何を・・・」



「っは、辰巳さん大変です!!」



凰利に掛けようとした言葉は、息を切らしながら部屋へ飛び込んできた人の、焦りの混じった言葉によって遮られた。だが、凰利に変わった様子は見られないので、心配はないだろうと目線を逸らした。



「何があった」

「っ駒達が、動き始めました!大勢でこちらへ向かっています!!」



その言葉に辰巳さんだけでなく、乃十さんや他の人達も驚いていた。どうやらここに、俺達を襲った人間――駒と呼ばれる者達が集まって来ているらしい。



「・・・ちょっといつもより早いっすねぇ辰巳サン。これはもう今すぐ・・・」

「分かっている・・・私の部隊は直ちに武器を持って外へ出るんだ!残りはここで待機だ、手筈通りにやれ!!」



覇気のあるその台詞に一斉に返事をし、すぐに行動を起こした。皆素早い動作で次々に銃などを武装し、部屋の外へ出ていった。いきなりの慌ただしい展開についていけず、俺達はただ、せわしなく動く人達の邪魔にならないよう、端に寄っていることしか出来なかった。そんな俺達のそばに、辰巳さんと乃十さんが近づいてきた。



「これから外に出る。けどその前に、戦うために武器を渡すからついて来いよ」

「武器って・・・」
「そんな・・・」



神崎姉妹は、いきなり武器と言われて戸惑っている。しかし、迷っている時間などありはしないし、凰利が率先して乃十さんの後をついていったので、二人も小走りめに歩いていった。俺もその後について行こうとしたが、辰巳さんに肩を掴まれ呼び止められた。



「お前は、これを使え」



そう言いながら辰巳さんが渡してきたのは、辰巳さんが俺に向かって突き付けた、あの洋剣。普通より少し長めで、黒い鞘に入った銀色の柄の剣。シンプルなデザインではあるものの、何処か他を圧倒するような雰囲気がある。



「これは、辰巳さんのじゃ・・・」

「この剣は、逃亡者となった者のためにあるものだ。私が持っていても意味はない」



俺は少し躊躇いがちに、辰巳さんの手からその剣を取った。そして確かめるように、鞘をゆっくりと取った。徐々にあらわになる刃は、柄のような銀色かと思いきや、銀よりも濃い鈍色だった。その刃の柄に近い位置には、細かく紅い文字が刻まれている。残念ながら、何と書いてあるかは分からない。刃先は、触れるだけで切れそうな程鋭い。全体をよく眺めようと、洋剣を掲げたその瞬間。



「う、わっ!?」



洋剣が刻まれた文字と同じ、紅色に強く光った。剣を持ってない方の手で目を庇いながら、光り輝く剣を見ると、剣の紅い光が少しずつ俺へと移り、俺の中へ浸透していくのが分かった。驚いて手を離そうとしたが、手は握られたまま開こうとしない。光が全て俺に移るまで、手は剣から離れなかった。



「・・・やはりこの剣は、お前を選んだようだ」

「剣が、俺を・・・?」



もはや常識というものは通用しないらしい。何かのゲームと思って行動した方がよいのだろうか、というふざけた考えが頭を過ぎる。小さくため息を月ながら、既に輝きを失った剣を鞘へとしまった。そのまま持っているのもどうかと思い悩んだ揚句、制服のベルトにどうにかして落ちないように差し込んだ。



「辰巳サン!準備終わったっすよ!!」



急いで来たであろう乃十さんは、笑顔のまま息を切らしている。その後ろには、武器を持った凰利と神崎姉妹がいた。神崎姉妹はなんというか・・・似てるというのか違うというのか。一般常識的には知っているが、俺はこの武器のことを詳しく知らない。むしろこれは武器といえるのか・・・?

まあ、そんな疑問は置いておくとして、二人の武器だが、伽音は弓矢。弓道部の人達が持っているのをよく見かける、身体よりも大きな弓と、たくさんの矢。そして霞音は、アーチェリー。自分の知っているアーチェリーとは違い、なんだか小さい。



「なんかそれ・・・小さくないか」

「ああ・・・これですか?これはコンパウンドボウといいまして・・・」

「話しは後にしろ!今は早く外に行くぞ!!」



乃十さんにそう言われ、俺達は慌てて乃十さんと辰巳さんの後に続いて、外へと走って向かった。階段を駆け降り、表口・・・・ではなく、裏口を通って外へ出た。すると、表口側の方から銃声が聞こえてくる。本当に、本当に人を殺してるんだ・・・。そう考えただけで気分が悪くなり、思わず口元を押さえた。



「あはは、」



凰利がいきなり立ち止まり、小さく笑い声を漏らした。それに合わせて、辰巳さんと乃十さんも立ち止まった。



「いきなりどうしたんだよ凰利」

「ほら、俺らの敵とやらがきたよ凌」



そう言って凰利は、乃十さんからもらったであろう革製のホルダーから、二つの武器を取り出し、両手で掴んだ。これは確か、ジャマダハル、という武器だ。刀剣の一種で、持つと拳の先に刀身がくるような造りになっている。

分かりやすいように言えば、ナックルに短めの刃がついたようなモノだ。こんなモノがあること自体が不思議だが、それよりも何故わざわざ、接近戦用の、しかもかなり近づかなくてはならないような武器を選んだのかが不思議だった。



「ゲームと似たようなもんだろ?ゲームが現実になった、それだけだろ?こんなに嬉しいことは久しぶりだなあ」



ニィ、と口端を吊り上げて、心の底から楽しそうに、不気味に笑う。これから何をしようかなーと、まるで無邪気な子供のように、笑って笑って笑って笑いながら、いつの間にか集まってきた駒達へと、ゆっくりゆっくり歩く。



「凰利下がれ!危険だ!!」



辰巳さんが止めようとするが、凰利は全く聞こうともしない。それどころか、ジャマダハルを目の前に構え、戦闘体勢に入っている。

どうしてだ?どうして何の恐怖も感じずに、あいつらへと向かって行けるんだ?恐怖という感情が抜けただけで、本当に出来ることなのだろうか。俺だって今、あの表情が消えた、虚ろな瞳の、人間なのに人間じゃない駒達が目の前に迫っているというだけで、足が震えているというのに。この手で洋剣を、抜くことが出来ないというのに。



「なあ凌。俺さ、思い出したんだ」

「っ、なに、を」

「全部だよ。何もかもぜーんぶ!」



何を言っているのかよく分からない・・・いや、思い当たる節が、一つだけ、ある。可能性でしかない、もしかしたら違うかもしれない。でも、あれは確かに実際にあった出来事だ。



「まさか、もう【覚醒】したのか・・・!?」



辰巳さんが驚きの声を上げる。今、その言葉の意味を考えている余裕が、俺にはない。凰利を止めても止めなくても、なにもかもが手遅れだと、そう感じる。あの時、凰利の笑顔に不安を感じたのは、これが理由だったのか。



「凰利、お前は・・・人を」



俺がそこまで言った辺りで、凰利は一番近くにいた駒に走って近づいた。あっ、と言葉を発するよりも速く、凰利は右手で殴るようにして、駒の喉へと刃を突き刺した。

ぐちゃ、という小さな音と共に、赤い液体が大量に吹出し、凰利の顔を覆うように付着する。突き刺したままの右腕にも、液体が大量に伝い、ぽたぽたと地面へ落ち、赤い水溜まりが出来ている。

駒の身体は細かく震え、口はだらし無く開かれ、そこからも液体がとめどなく溢れる。それなのに瞳は虚ろなままで、それがあまりにも気持ち悪くて、俺は吐いてしまった。しゃがみ込み、下を向き、胃の中のモノが無くなるまで、吐きつづけた。

凰利が俺に近づく。それに驚いて、俺は思わず後ずさる。凰利の身体がピクリと跳ねた。下を向いたままだから、凰利の顔は見えない。いや、今は凰利の表情を見るのが怖い。



「・・・あの時と同じ反応。あはは、また俺が怖くなったの?あはははははははははははははははははははははははははははははははは!!」

「どうしちゃったんだよ凰利・・・!」
「凰利、さん・・・」



神崎姉妹が声を振り絞ってそういうと、凰利は真っ赤に染まった顔を二人へ向け、冷たい目をして、嘲笑った。べったりと付着した赤が、その表情を余計に残酷なモノとして強調する。二人は何故、そんな表情を向けられたのか分からず、酷く動揺している。

しかし凰利は、すぐに二人から視線を外し、液体に濡れていない方の左手で、俺の頭を撫でた。それだけなのにどうしようもなく怖くて、俺はその手を振り払った。その瞬間に見た凰利の表情は、驚きだった。手を振り払われたことによる、傷ついた表情などではなく、ただ驚いていた。



「前とは違うね?あは、やっぱ変わるものだなあ」

「やっぱり、げほっ・・・・そう、なんだな」

「んー、予想と反応が違うね。凌、まだちゃんと思い出してないのかー・・・」



凰利は残念そうに立ち上がり、駒達の方へと歩き出した。辰巳さんと乃十さんは、凰利を止めようと声を掛けるが、俺と神崎姉妹は何もしなかった。


止めてはいけない気がする。


このまま一緒にいたら、今の状態が悪化するような気がして、それが怖くて止められなかった。今朝見た夢の通り、やっぱり凰利は人を殺していた。

嘘だと信じたかったけど、妙に納得してる自分がいて、これが正しい姿じゃないか、と訴える。何がどう正しいのかは知らない。ただ凰利の言っていた、まだちゃんと思い出していない、という台詞が頭に引っ掛かっている。



「じゃーね、凌。またすぐに会えるから。いや、会いに行くから」



凰利は近づいてきた駒達を次々と殺しながら、走り去っていった。思い出せば、何かが分かるのか?アイツがあんなにも変わってしまった理由が。神崎姉妹に向けた冷たい視線の意味が。予想と反応が違うと言っていた、その意味が。俺は何を忘れているんだ?













どうすればいい、どうすればあの日常に戻ることが出来るんだ?












巫山戯るのはやめようか
これからは本気で遊びましょう?



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