変わり果てた街
「どうだー?何か見えるか?」
「・・・暗くてよく見ない」
今俺達がいるところは、五階建てビルの屋上。風は吹いておらず寒くも暑くもない。俯せに近い状態で、向こう側からこちらが見えないように細心の注意を払いながら、様子を伺う。しかし、様子を見ようにも暗くてほとんど見えない。
「こんなに暗かったっけ?」
凰利の呟きにハッとして、俺は周りを素早く見回した。
右、左、前、後・・・何処を見ても、
「明かりが、ない」
そう、無いのだ。街の明かりが。街灯も家もアパートもマンションもスーパーもレストランも何もかもが沈黙を貫く。明かりどころか、音すらも聞こえない。いつもならいやでも見える行き交う人々の姿も見当たらない。それだけ、ただそれだけなのに、世界が止まったような錯覚を覚える。
「ここは本当に、俺達の街か・・・?」
「確かに・・・何か気持ち悪いなあ」
「気持ち悪い」
「気分悪いです」
「・・・お前らに緊張感が全く無いのはなんでなんだ?」
いつの間にか俺の横に、俺と全く同じ体勢で凰利と神崎姉妹が並んでいた。第三者から見ればなんとも間抜けな光景だろうが、先程言ったように、人は誰もいない。見られる心配など無いという訳だが・・・居心地が悪い。
「まあとにかく、様子を・・・」
「見える」
「「「?」」」
珍しく、伽音が単独で言葉を発した。これには俺らだけではなく、妹の霞音も驚いていた。当の本人である伽音は左目を押さえて、瞳の色を取られた右目だけを学校の方へ視線を向け、何かを追っていた。
「姉さん?目、どうしたんですか」
「こっちだけ、よく見えるの」
そう言って、ひたすら一点を見続ける。それを霞音は細目で見つめ、伽音とは逆の右目を押さえて同じ方向を見た。
「・・・見えません」
霞音が何かを呟いたが、俺には聞こえなかった。だから、霞音の暗い顔をしている理由も分からない。どうしたのかと顔を覗き込もうとすると、霞音は顔を背けてしまった・・・よく分からない。
「あ、人が見えた」
「何!?どんな奴らだ?」
「うーんと・・・なんか軍人みたいな。でも自衛隊じゃ無いみたいだよ」
神崎姉妹が一緒に喋っていないと、ものすごく違和感がある。別々に話しているのを見るのは、いつ以来だったろうか。小学生・・・いや、幼稚園ぐらいだったか。その時は確か、二人が大喧嘩をした時だったような・・・。
「あ、やばいかも」
「どうした?」
「・・・目が合った気がする」
「・・・・・・」
数秒、思考が停止した。
しかし、止めている場合ではない。
俺は素早く俯いたままの霞音の手を掴み、階段の方へ走った。凰利と伽音も走り出し、落ちるんじゃないかと思うほどの勢いで階段を駆け降りた。学校から離れた場所を選んでなければ今頃、謎の集団と出くわしていただろう。そう遠くははないが、人の声や走る音、車の走行音までもが聞こえる。
「こっちだ!」
「うあっ」
急に方向を変えたために霞音が小さい悲鳴を上げたが、謝るのは後回しだ。車が入れないような狭い路地に入り、転がっている箱を蹴飛ばしたりしながら、とにかくこの入り組んだ道を進む。相手の正体が分からない以上、簡単に捕まるわけにはいかない。
「跳ぶぞ」
「分かりまし、たっ」
「俺を置いてくなよっ!」
「ほいっと!」
俺達は一斉にフェンスを駆け登り、フェンスづたいに横にある小さな建物の屋根に飛び乗った。後は後を振り向かず、低い建物が続くかぎり走り、途切れたところで一度止まった。俺は三人をその場に止め、様子見のために先に地面へ飛び降りた。三人に高いところからの監視を頼み、少し先へ進んで曲がり角の先を確認した。前後左右見渡すが、特に変わった様子もない。
「よし、大丈――」
「凌っ!!」
突然霞音が叫び、驚いてそちらを見ると、いつの間にか俺の背後に見知らぬ人物が立っていた。その人物は右手に洋剣を持ち、そこにいるだけだというのに、とんでもない威圧感を放っていた。自然と俺の背中を汗が伝い、この男に恐怖していた。
男はいきなり、予備動作も無しに俺に洋剣を突き付けた。
「ひっ・・・!」
驚いて思わず後ろに倒れてしまった。これではもう、この男からは逃げられない。パニック状態に陥りそうになった時、突き付けられた洋剣が、一瞬強く光った。それが何を意味するのかは分からない。ただ目の前の男は、そのことに驚いているようだった。
「・・・お前のような子供が、そうなのか」
「な、何を言って――」
「我らとともに、来てもらう」
俺の言葉を遮って、男はそんなことを言った。いきなりで何がなんだかよく分からない。迂闊に動けないでいる凰利達も、この発言にかなり驚いていた。
「なんで俺らが!!」
「それは・・・っ!?」
いきなり男は俺に背を向けて、曲がり角の方を向いた。分からないことだらけだが、今は逃げようと立ち上がるが、その考えは、目の前に現れた“何か”によって吹き飛ばされた。
それは“人”
いや、人らしきモノだ。
ふらふらと不安定な動きをしながら、虚ろな瞳をこちらへ向けて、ゆっくり近づいてくる。まるでよく出来た人形のような表情の人らしきモノが、大人数でやって来た。俺達が唖然としている中、男は洋剣を構え、近づいてくる奴らを次々と退けている。そうしている間に、男の仲間らしき人達も集まってきて、どんどん奴らを倒していく。有り得ない光景に、俺の思考回路は麻痺していく。早過ぎる目の前の展開が、もう理解出来ない。
今日は分からないことだらけだ。現実味のないことばかりで、非現実ばかりが起こって、これが当たり前なのだというように、俺らを照らす薄暗い月明かり。なんだか無性に憎く感じた。俺を、俺達を取り巻く環境が、一体どう変わってしまったのか、何故変わってしまったのか、答えを聞きたくても返してくれるものはいない。自分でそう勝手に決め付けて、この瞬間から、俺は考えることを放棄した。
なんだか、ものすごく疲れた。
目が覚めたら、今までのはすべて夢だった
目を開ければ、また日常に戻るだけなんだと
そんな淡い希望を抱きながら
俺は暗闇へ落ちていった。
変わり果てた街
当たり前が、こんなにも大事だったなんて
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