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人魚の雫
02
あれから王子は助かったらしく、リアンはそれを知って海の中ほっとした。

それからしばらくの後、家族に反対されながらもリアンは、深海に住む魔女のもとに行き人間になるための薬をもらった。
その代償として声を奪われたが、リアンはそれでももう一度王子に会いたかった。
長年想ってきた初恋の人との再会に、じっとしてなどいられなかった。
すぐにリアンは人間になって浜辺へと出た。
歩くこともままならないリアンを丁度散歩でもしていたのか、王子が見つけられ保護される。
リアンは必死で王子に自分のことをアピールしたが、王子は残念ながらリアンのことを覚えていなかった。
その時はショックだったが、今思うとそれも納得できる。
あれから10年ほど経っているし、一緒に過ごした期間もさほど長くはなかったので、王子が覚えていないのもしょうがないと思えた。
しかし、リアンは人間になった時の条件として、一ヶ月以内に愛する人と結ばれなければ泡になってしまう。
リアンはそれまで王子に自分を思い出してもらい、そして自分を好きになったもらおうと努力しようと思った。

城にきて三日。
猶予はまだあと27日もある。
大丈夫、大丈夫。

そう言い聞かせて、リアンは城の廊下を歩いた。
しばらく歩くと渡り廊下に出て、そこでリアンは聴き慣れない音をかすかに拾う。

「……?」

なんだ?

ブン、ブンという空気を裂くような音と、かすかに聞こえる怒鳴り声のような声。

不思議に思ってそちらの方へよたよたと歩くと、やがてそう遠くない所に大きな建物があった。
昔人間の本で読んだコロッセウムのような、大きな円状の建物だ。

入り口と思わしき場所に行ってみると、そこには訓練場と書いてあって、リアンは好奇心をくすぐられ中を覗いてみた。

中では、多くの屈強な人間達が体術の向上に励んでいた。
ブン、ブンという音は、剣が空気を切る音だった。
格闘を二人一組で訓練している者もいれば、剣を振るう者、弓で的を射る者など、その様は多種多様だ。

リアンはその光景と熱気に圧倒され、目を丸くした。

なんだこれ。すごい!

幾人もの戦士達が武力を磨き、修練に励んでいる。
あっと驚くような身のこなしをする者もいれば、重機関のように岩を持ち上げる者もいる。
リアンは見たこともない頑強な戦士達の姿に、興奮して目を輝かせた。

すごい!

思わず吸い込まれるように中に入ってしまう。
訓練場の中で、邪魔にならないよう隅に移動する。途中様々な人間とすれ違ったが、リアンには目もくれず指導や修練に勤しんでいた。

「───はっ!やぁっ!」

そのとき、凛とした雄々しい掛け声が聞こえる。

一際迫力のある声。
驚いてそちらを見れば、リアンの目に漆黒が映った。

「やあっ!まだまだ!どうした、もう終いか!」

雄々しい声を上げながら剣を振り大柄な男を圧倒しているのは、漆黒の髪を持つすらりとした戦士だった。
彼は騎士なのだろう。長剣を無駄のない動きで相手に叩き込み、圧している。

リアンは、その青年に引き込まれるかのように魅入った。
目が離せない。

青年の剛と柔を兼ね備えるような鮮やかな動きに、思わず見入っていると、ふいに青年がこちらを見た。

深紅の瞳と目が合う。
王子の色と同じだ、と思った瞬間、青年がびく、と強張った気がした。
その一瞬を突いて、相手が青年の銅に剣を入れる。

あっ。

危ない!

そう思った時には、青年は地面に叩きつけられていた。
リアンはぎょっとして焦ったが、血が出ていなく他の者も平然としているところ、あれは本物の剣ではないのだろう。

地面に伏せて苦しそうにわき腹を押さえる青年に、叩きのめした大柄な男が駆け寄る。

「すまん!少し強かったか」
「…いや、いいんだ、ジョルジ。俺が油断していた」

大柄な男の手を取り起き上がった青年は、リアンの方を見ながらジョルジと呼ばれた男に誰何した。

「ところで、あの少年は誰だ?見ない顔だが」

そう問う青年の汗の流れる端正な横顔に、リアンは見惚れていたが、自分のことを問われているのだと知って顎を引いた。

射抜くような目がリアンを捉え、びくりと震える。

「ああ、確かあれは王子の新しい愛人じゃなかったか。三日前に王子が見知らぬ赤髪の少年を拾ってきたって、城の中でもちょっとした話題だっただろう」
「ああ…そんな話もあったな。あれが、そうなのか」

ジョルジと青年の話をびくびくしながら聞いていたリアンだが、愛人のくだりのところでぎょっとして目を丸くした。

違う!愛人ってなんだよ!

そう思うが、生憎魔女に声を奪われていたリアンにはどうすることもできない。
誤解だ!
そう思うが、青年はそんなに気にしていないらしく、剣を地面に置くと真っ直ぐリアンに向かってきた。

リアンは、近付いてくる青年にドキドキと胸を高鳴らせた。

な、なんだなんだ。
なんでこっちにくるんだ。

そうどぎまぎしてあわあわとするリアンだが、青年はそんなことはお構いなしにリアンの目の前に立つ。

目の前で見上げらる青年は、見れば見るほど魅力的だった。

男らしく整った端正な顔立ちに、意志の強そうな深紅の瞳。漆黒の髪は青年によく似合っていて、瞳の色を際だたせている。
鍛えられた体躯が服の上からでもわかって、その均整のとれた逞しい体に思わず見とれた。
鍛えられているのにすらりとしているのは、筋肉が無駄なく綺麗について引き締まっているからだろうか。

ぼうっと見つめていると、青年がぐっと顔を近づけてきた。

先ほどまで鍛錬していたからだろう、青年のうっすらと汗をかき上気している頬が色っぽい。

「──おい、おまえ。セドリックの愛人だかなんだか知らないが、ここはおまえみたいなもやしが来るところじゃないんだ。邪魔だから失せろ」

格好いいなあ……。
……………え?

「……!」

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