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プロローグ #02
 父や妹の呼び掛けにも殆ど反応せず、ふらふらと歩きながら母はいつも気にも止めない筈の僕の方へやってきた。何かを僕に言っているようだが、僕には母が何を言っているのかが分からない。読唇術が出来たらいいんだけど、生憎僕にはそんな能力はない。そんな僕を見て、次第に母は苛々してきたようで、紙に何かを書きなぐりそのまま僕に突き付けた。
 僕はその紙に書いてあることを読んだ瞬間思考が停止してしまった。思考が再び動き出してからも僕に紙に書いてある内容を信じられなかった。いや、信じたくなかった。
 その紙によると、隣りに住んでいた幼馴染の奏音(かのん)が交通事故でついさっき息を引き取ったということだった。どうやら、学校帰りの奏音に酔っ払いの運転していた車が運悪く突っ込み、奏音は重体で病院に運ばれたが、そのまま、まもなく息を引き取ったらしい。
 奏音はおじいちゃんが居なくなった後、唯一僕に普通の人として接してくれた人だった。耳が聞こえないと分かって、両親が僕を見放したあとも、奏音は僕を見捨てずに、ずっと他の人と同じように扱ってくれた。大好きなおじいちゃんが死んだ後、読書ばっかで自分の世界に引き籠もっていた僕を奏音はよく外へ連れ出してくれた。奏音のお陰で僕は今まで辛うじて捻くれずに育ってこれたんだろう。


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あきゅろす。
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