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Reborn★Long
この世界で無くしたもの、得たもの【前編】
>>ディヒバ。シリアス。微裏?



僕にとっての世界なんて…
ただ狭くて、ただ真っ暗で、ただ汚くて。何にもない闇でしかなかった。

でも…

僕は光を知った。温もりを知った。世界を知った。


この出会いは、運命なのかな?




■この世界で無くしたもの、得たもの■□■


活気溢れる花街。もう深夜であるにも関わらず、相変わらずの人込みでまったく吐き気がする。遊女屋の二階の窓から外を見下ろしながら溜息を落とした。

「――ヒバリ、もうあがっていいぞ。」

この店の店主であるシャマルは、部屋の襖を少しだけ開けて僕にあがりを告げる。僕は返事すらしないで、シャマルが立ち去るのを待った。

僕がまだ幼かった頃、僕は父親にここへ売られた。母は僕が生まれてすぐに死んでしまったらしいから、顔すら覚えていない。

そんな愛情とか温かさを知らない僕は“楽しい”とか“嬉しい”とかいう感情を知らないでいる。ただこの世界の全てが嫌いで、欝陶しくて…。
今この世界に“生きている”というよりは、この世界にただ“繋がれている”だけの僕。
だから言葉なんて必要なくて、この店に来てからは声を失った。

客の相手をしてるときでも、常にしかめっつらで礼儀なんて知らないし、接待なんて以っての外。

そんな僕がまだ遊女屋なんかに置かれているのは…そんな僕がまだここで生きているのは…きっと、この容姿と何をされても文句を言わないこの口のおかげ。別に生きている意味なんて特に見当たりもしないから、僕自身死んでしまったって構いはしない訳で…。この容姿にも、両親にも、何物にも特に感謝なんてしてやりはしない。

シャマルが立ち去ったのを確認してから、僕は三階にある自室へと戻っていく。

こうして何の変哲もない僕の闇の一日がまた終わった。毎日これの繰り返しで。

本当に僕は…一体何のために生きているんだろう。



今夜はなかなか眠りにつけなくて…ただなんとなく外に出たくなった。店の敷地を越えることは許可を取らなくてはいけないから、僕は店の小さな庭に出ようと廊下に繋がる襖を開いた。

それが僕の人生の全ての歯車を狂わす始まりの出来事となった。



襖を開くと、そこには珍しい髪と目の色をした異人の男。予想だにしない出来事に僕は隙をつくってしまった。

次の瞬間、不覚にも僕はその男に口を塞がれ押し倒され、強く体を畳に打ち付けられた。でも相手の思うようにはなりたくなくて、特に抵抗はしなかった。

「…怖く、ないのか?」

ワォ、日本語話すんだ。変なところに関心を持ちながらも、僕は何も抵抗を見せない。僕が騒ぎ立てないことがわかったのか、男は僕を解放した。

「乱暴して悪かったな。大声立てられると困るから…ごめん。怪我ないか?」

優しく落ち着いた声で問い掛けられたけど、返事なんてしない。差し出された手も無視して、自分で起き上がり座り込む。そんな僕を覗き込んでくる蒼い瞳。僕は何故か目を思わず反らせた。すると、目の前のこの男はクス、と静かに“笑った”。

――僕の、知らない感情。

「照れてんのか?お前可愛いな!顔立ちも綺麗だ。」

可愛いとか、綺麗だとか、そんなことはこんな店にいるぐらいだから言われ慣れているはずなのに、いつもとは違う感覚に陥った。
胸が…少しだけ熱い。

「…今俺が此処にいること、誰にも言わないでくれるか?」

不思議な感覚の余韻に浸っていると、真剣な顔つきで無理矢理目を合わされた。ばれると何か不都合なことでもあるのだろうか。まぁ、異人であるということだけでも十分非難を受けるのだろうが。だからといって匿うつもりもない。何も答えない僕に苦笑いを浮かべる。

「頼むッ!何にも盗んじゃいないから!ちょっと二階の窓が開いてたから、隠れさせてもらっただけなんだ!」

両の手を顔の前で合わせて頭を下げるこの男。明らかに僕の方が年下であろうに、ペコペコと頼み込んでくる。あなたには誇りとかいうものはないの?
……。ていうか…二階の窓、開けっ放しにしたの僕か。

一向に口をきこうとしない僕と、ひたすら頭を下げ続ける男。いつの間にか空が明るくなり始めていた。

「やっべ、リボーンに怒られる!本当、頼むなッ!絶対言わないでな。…また来るよ!」

“また来る”んだ…。捨て台詞を残して、男は窓の外に消えてしまった。
そしてまた、闇の一日が始まっていく。




今朝の男は誰だったんだろう、なんて何となく考えていたら、相手をしていた客に余計なことは考えるな、と酷く殴られた。殴られたところが痛むが、なんだか悔しくて表情を崩しはしない。口の中が切れたのか鉄の味が広がる。

そんな僕の口内を荒らしていく客の舌。グチュグチュと淫猥な水音と、パンパンと虚しく肉のぶつかり合う音、客の荒々しい息遣いが部屋の中を響かせる。耳障りでしかない音に耳を傾けながら、僕は無駄な一時を過ごす。

殴られても、縛られても、何をされても文句を言わない僕を指名する客は、僕を優しく抱くなんていう術を知らない。そのおかげで僕の体には痣や、傷が絶えない。とてもじゃないけど綺麗だなんて言えない僕の体。それでも客達は僕を抱くんだ。



事が終わって、客がやっと帰って行く。独特の臭いを漂わせた部屋の中、乱れた着物もそのままに、気怠い体を畳に横たわらせ、襖が閉まるのを見送った。

知らずと溜息が落ちる。痣だらけの腕を伸ばし、ただ呆然と眺める。すると、また襖が開いた。

「ヒバリ、大丈夫か?」

落ち着いた低い聞き慣れた声。シャマルだ。こいつが僕の体を気にかけてくるのは仕事のときだけ。きっと次の指名が入ったのだろうと思い、僕は気怠い体を起こし着物を整える。

「初めていらっしゃる方だ。…また痣を増やしたのか。氷、いるか?」

シャマルが僕の目の前にしやがみ、腕を手に取り、頬に手を添え問うた。他人に貸しをつくるのは釈だから、いらない、と僕は首を横に振る。シャマルは僕の頭をクシャっと撫でて部屋を後にした。
廊下でシャマルが客と話す声が聞こえてくる。幾分か経って階段を降りていく足音がした。そして、僕のいる部屋の襖が開かれる。

「よっ!」

そこに立っていたのは今朝の異人の男。あまりに目立つ髪の色を隠すために手ぬぐいを頭に巻いていたそいつは、ヘラヘラと笑いながら部屋に入って来た。

「――今朝のこと…誰かに言っちゃった?」

男は素早く僕の隣にしゃがみ込んで、コソっと僕に耳打ちしてくる。用件はこれか。先程の客のせいもあって気怠かった僕は、さっさと帰ってもらいたくて横に首を振ってやった。僕の返答を見て男は腰が抜けたのか、その場に座り込み安堵の溜息と微笑みを落とした。

「そっかァ、よかったぁ!…でも、なんで言わなかった?」

…どうやら暫く帰るつもりもないらしい。というか、あなたが黙ってろって言ったんじゃないか。僕はなんだか面倒になって、こんな見ず知らずの男に本当のことを口パクで言ってやった。

『話セナイノ。』

一文字、一文字をゆっくりと僕の口が綴っていく。僕の放った透明な言葉を理解したのか、男は押し黙ってしまった。

別に隠していた訳じゃない。でも、話す必要だって特にはなかったとも思う。このことを人に言うのは僕自身あまり好きじゃない。人が、僕を見る目が変わるから。みんな“可哀相な子だ”と僕を見るようになるから。
…僕は、自ら望んで声を捨てたんだ。“可哀相だ”なんてものは、ただのお節介な感情でしかない。

同情なんて――される程僕は落ちぶれちゃいない。

しばしの沈黙が訪れる。その沈黙を破ったのはもちろんこの男。優しくあやすように僕の頭に大きな手を置いた。

「今朝は怖くても悲鳴すらあげられなかったんだな…。ごめんな、怖い思いさせちまって。」

別に声が出なかったから悲鳴をあげなかった訳じゃない。声が出たって、悲鳴なんてあげはしなかった。だからといって、特にそれをわかってもらおうだなんて思わなかったし、訂正なんてしなかった。

何より…同情されなかったことと、この男のものさしの寛大さに抱いた驚きを隠すことでいっぱいだった。


ディーノと名乗ったこいつは、僕の隣に座って色んなことを話し始めた。彼の祖国であるイタリアのこと、彼の先生であり、今となっては同業者であるというリボーンという男のこと。そんな風に、僕に話しをしてくれる人なんて初めてで、素直じゃない僕だけど、自然と耳を傾けることができた。何よりこいつは、僕を無理矢理抱こうとはしなかった。

ふと、ディーノに目をやった。蒼色の澄んだ瞳、手ぬぐいの端から覗かせる金色の髪。汚れてしまった僕とは正反対の…まるで太陽のようなディーノを見て、なんだか少し恥ずかしい気持ちになった。他人と自分を比べるだなんてどうかしてるけど、彼を見ているとまざまざとそう感じてしまう。

「ん?あぁ、まだ日本じゃこの髪は目立っちまうからな。異人だ、って白い目で見られちまうし、ここにも入れてもらえないかもって思ってな!」

そう言って、ディーノは手ぬぐいを外した。金色の髪が現になる。無意識にディーノの髪に手が伸びた。

『綺麗ナ色…』

柔らかいディーノの髪と柔らかいディーノの笑顔。僕の言葉が彼に通じたのかはわからないけど、僕に向けてくれたその笑顔だけは本物で…。何て言えばいいのかわからない感情が僕の胸の中で渦巻いた。

僕がディーノの髪から手を遠ざけると、彼は驚いた顔をして僕の腕を掴んだ。

「お…前、痣が――!」

白い肌に浮かぶ赤い痣。言われなくたって、ちゃんと見えてるさ。男達に好きなようにされた印、僕がここで生きている印、僕がここで生かされている印、僕の存在理由の印。

本当に、情けない。

「――この痣、どうしたんだ?」
『…転ンダンダヨ。』

情けなくて、本当のことなんて言える訳がない。僕はディーノが僕の中に入って来るのが怖くて、嘘をついた。彼の目なんて見れやしなかった。どうしてだかわからないけど、汚れた僕を見て欲しくなかった…。

「転んだだけで、こんな痣がつくかッ!」

ディーノは酷く怒っていた。…あなたが、どうして怒るの?ディーノの目を見ると、とても悲しい顔をしていた。君には、そんな顔は似合わないよ。

次の瞬間、強く強く、けれど優しく、ディーノに抱きしめられた僕。彼は少し震えているようだった。一方、僕の心臓は走った訳でもないのに鼓動が早くなっている。

「出会ったばっかの俺がこんなこと言うのもなんだけどさ…、自分を大切にしなきゃ駄目だぞ?」

ディーノの優しく温かい言葉に、忘れていた何かが溢れ出す。


“涙”


僕は泣いていた。こんな感情は、無くしてしまったはずだったのに…。

ディーノ…、あなたのせいだよ。

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