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神様の意義
祈跡
「行ってきます」
 お兄ちゃんはそう手紙を置いて家を出て行ってしまった。私は手紙を握りしめると、何もなくなった真っ白のお兄ちゃんの部屋で座り込んで涙を流した。こんな結果が欲しかったわけではなかった。どんな結果が欲しかったわけでもなく、ただ、お兄ちゃんと会えなくなるということが悲しかった。
 お兄ちゃんはすごく真面目な人だった。煙草は吸わないし、仕事の付き合い以外お酒も一切飲まない。仕事にもきちんとこなしていたように見えるし、自分にも非常に厳しかった。なのに誰に対しても優しくて、妹の私にも優しくて、私はお兄ちゃんに甘えてばかりで、一緒に暮らした二十二年間は私とお兄ちゃんが歩んだ二十二年間だ。私には何に変えることも出来ない。なのにもう一緒に居られないというのなら、私は自分の気持ちを言わなければ良かったと深く後悔した。私たちの仲を裂いた両親さえも憎い。私の手を握り返してくれたのは何だったのか、私たちの壁を乗り越えてくれるんじゃないのか、私にはわからなかった。でもわかるのは、お兄ちゃんと私は一緒には暮らせないということ。悲しくて、私はどうやって泣き止めばいいのかわからなかった。
「神様って信じるか?」
 お兄ちゃんはテレビを見ながらそう呟いたことがあった。
「神様がいるのならどうしてこんな試練を下したんだろうな。俺が神様ならこんな仕打ちはしない」
「でも私は神様を信じるわ。そのほうが幸せだもの」
 両親はふたりして残業で、ふたりっきりの空間だった。テレビはくだらないお笑い番組で笑えなくて、私とお兄ちゃんと肩を並べソファに座っていた。
 テレビから流れてくる乾いた笑い声がふたりの間を通り抜けて消える。私たちの会話はテレビに比べると随分と重くて、私は目を瞑るとお兄ちゃんの手を握り締める。
「好きよ、お兄ちゃん」
 そういうとお兄ちゃんは私の手を握り返す。
「知ってる」
「神様が居たら、お兄ちゃんとの幸せを願うわ、ずっと一緒にいたいもの。神様がいなければ私たちは出会えなかったわ」
「実花は強いんだな」
「お兄ちゃんがいてくれるからよ」
 恐いものは何もないと思っていた。お兄ちゃんとならなんでも乗り越えられると思っていた。いけないことをしているということは自覚していた。お兄ちゃんが抱えている不安もわかっていた。でも神様は乗り越えられるからこそ、その試練を私たちに下したのだと思った。ふたりなら大丈夫、それには自信があった。
「お兄ちゃんの存在が私の源なの」
 お兄ちゃんはそっと涙を零した。私も一緒に涙を零した。
 こんな試練乗り越えてやる。そう思っていたのに。お兄ちゃんは逃げ出した。私に背を向けた。


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あきゅろす。
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