06. 太陽も高く昇る午後、どこからか悲鳴が響く。ピシリと整列した真っ白い壁が特徴的なSKY人の居住団地の一角、黒い羽根をはためかせた麗人は乱れた髪を振り乱し、台所へと飛び込んだ。 「ご近所迷惑だよ。」 呆れたようなその言葉を発した主の方よりも先に、ふわり、瞬間的に彼の目は宙を舞った野菜炒めの方に向いた。 一瞬動きを止めた彼を呼ぶのは間延びした少年の声だ。 「で、おはようミルアージュ。折角の休みの日にどうしたの?虫でも出た?」 虫なら平気です!ふんっと鼻息荒く胸を張ったミルアージュは違いますよと手にもつ携帯電話を振ってみせる。 「アルフォート様から連絡があって…、今から使徒が来るから私にも手伝いに来て欲しいと。」 「使徒?…もうそんな時期だったか。とりあえず準備してきなよ。昼食出来るから。」 「そんな暇は…」 返しかけたミルアージュに少年はじとりとした視線を寄越した。どんなに急いでいたとしてもちゃんと食事はしていくべきだ。 その意思が伝わったのかミルアージュはグッと言葉を詰まらせた。 「…準備してきます。」 「よろしい。」 踵を返しバタバタと洗面所に向かって行ったミルアージュに苦笑しつつ少年は棚から皿を取り出す。 「さて、と。」 エプロンを脱ぎ、少年は小さく息を吐いた。 窓から見えるTOPの核、ダイアロウ。そこに、次の使徒がいる。今はまだ、六人だけだが。 「俺も、そろそろ準備しないとね。」 憂うようにそれを見つめ、少年は祈るようにそっと胸に手を置いた。 ――――― 「ようこそ。」 青白い光を潜り抜け城とも呼べそうな建物に足を踏み入れた先。物語の中に入ったかのような広々としたホールを見渡し美夏は歓声の声すら上げられずに呆然と口を開けた。少し視界を狭めているローブについているフードと目元を覆う仮面がもどかしい。横を見れば同じように頭上を仰ぐ他の五人もまた僅かばかり動きづらそうに顔を傾けていた。 使徒は正体を知られてはいけない。第二世代からそう定められたらしいがそれは現界のみでなく閂界でも同じらしい。各々を区別するのは身長とローブに刺繍された糸の色や仮面の装飾品の色のみであった。ちらちらとこちらを見る不躾な視線が少し痛く感じる。 そんな六人の様子に気づいたのか僅かに苦笑いを零し。さあ、とアルフォートが両手を広げた。 「ここがダイアロウだ。」 そう言ってニコリと笑いかけるアルフォートの背後、足早に駆け寄って来る金髪の美丈夫に美夏は気づく。男が柔らかな黒のローブを手渡すとアルフォートは彼に向かい申し訳なさそうに顔を顰めた。 「ゴメンねミルアージュ。急に呼び出して。」 「いいえ。頼られるぐらいが逆に嬉しいです。」 勝手に一人で行動するより、と。 それは小言なのだろうか。アルフォートの顔が更に顰められた。 「皆、彼はミルアージュ。俺の補佐官だ。」 「皆さん、お疲れ様です。私ミルアージュと申します。」 優雅に腰を折るミルアージュ。その姿にあ、と華乃が小さく声を上げた。 「鴉?」 「はい!」 バサリという音と共に背中の羽根が開き、そこでようやく美夏は華乃の言った言葉を理解した。 装飾と思われていた漆黒の羽根、それはミルアージュの体の一部だったのだ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |