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君の声が聴きたいだけなのに °



女の変装をしたナマエは、清々しいほどに男を誘惑するための装いだった。さすがに男に生まれただけあると言うべきか、欲心を誘うポイントがきっちりとおさえられている。キラキラとした繊維が織り込まれた薄い布は細い身体の線を強調するようにぴったりと吸い付き、中の構造はどうなっているのかわからないが、胸や腰回りは女らしい肉感が見て取れる。そんな扇情的な彼の姿に、自分でも不可解なほど苛ついた。否、この装いであのドラッグパーティーに参加していたこと自体の、ナマエの軽はずみな行動に、腹が立っていた。いくら海軍大佐の実力を持っているとはいえ、傷付いてしまってからでは手遅れだし、そんな危険な行動を目を瞑ってられるほど自分は大人でなもない。大波のように荒れ狂うやり場のない苛立ちにため息を吐き、冷静になるため気分を落ち着かせる。この苛立ちの根源である本人は宿に着くなり、おれの事など気にも止めず、呑気に一服を始めた。


「その胸くそ悪い服をさっさと着替えろナマエ」

「……着替えろって言われてもねえ」


煙草を咥えながら、ナマエは物言いたげにこちらへ剣呑な視線を寄越したが、少しの沈黙の後、自身の中で何かを諦めたのか、長いため息と共に煙を吐き出し、肩までつく金髪のカツラを鬱陶しそうに取り上げ、ソファへ放り投げた。相変わらず、お人好しだ。露わになった見慣れた長さの彼の自毛は、ご丁寧にカツラと同じ金色に染められている。その既視感の正体に、内心ひとり苦笑が漏れた。

ナマエはおれに背を向け、テーブルに置いていた灰皿へ煙草の吸い殻を押し付けると、服のファスナーを下ろすために、すらりと伸びた長く白い腕を背中へ回した。女よりも少し骨ばった細い指先が、小さな金具を指に引っ掛ける。俯いているせいか、露わになる色の白い首筋からは珍しく、香水の匂いがした。透き通るグレープフルーツの香りに、無意識のうちに身体が吸い込まれそうになる。背後からナマエの体を抱え、晒されるうなじへ自身の唇を寄せれば、煙草と柑橘の匂いが鼻腔を満たし、さっきまでの苛立ちは嘘のように退いていった。久しぶりに抱きしめた腕に収まる感触の懐かしさに、半年間、募りに募った独占欲が雲のように湧き出る。このまま、すべてをおれの物にしてしまいたい。

唐突な抱擁にファスナーを下ろしかけていたナマエの腕はぴたりと空中で固まる。手持ち無沙汰に数秒静止したあと、何を思ったのか、細い指はおれの後頭部をさらさらと撫で付け、くすぐったい、と肩を震わせ小さく笑った。後頭部に触れる指先の温度に、ゾクリと熱が駆け抜けていく。おれは、彼の代わりに、チャイナドレスの服のファスナーを下ろしながら、露わになった白い肩口へ、唇を押し付けた。味のしない少しざらついた皮膚の感触。ぶるりと身震いをする細い肩。足元で纏まった自身の服に足を取られながら、ナマエは慌てた様子でおれの名を呼び、腕の中で身を捩った。逃がしてやるつもりはない。


「変な触り方すんなよ、ロー…」

「誘ったのはあんただ」


誘ってねえ、とナマエは絶句しながら声を張り上げ、おれを引き剥がそうと腕の中でもがいた。こちらの体を押し返すため、力の限り押し付けられる腕を取り上げ、ソファへその身体をなぎ倒す。打ち所が悪かったのか、ナマエは、唸り声をあげながら、ソファの背もたれへその身を擦り付けるようにわずかに腰を反らした。下着以外の衣類を失い、明るみに晒される引き締まった肉体。その色っぽい光景に、我ながらおかしいほどに体が火照る。痛みからか、わずかに歪む顔の傍へ寄り、薄い唇をこじ開けるように舌をねじ込み、熱い口内を丹念に味わえば、徐々に力の抜けていく舌が、くぐもった声と共に差し出され、触れた唇から身体全体へ、生温い安心が広がっていく気がした。

一通り堪能したあと、ゆっくりと唇を解放してナマエの表情を伺えば、肩で息をしながら口元を手で抑え、顔を背けた彼の指の間から覗く頬は、桃のように紅潮していた。堪らない。さっきよりも、熱の帯びた身体を組み敷き、グレープフルーツの香りを漂わせる首筋へ噛み付く。ナマエはなおも顔を背けたまま、びくりと身体を震わせた。震えるたびに、さらさらと頬に落ちる金色の髪の間から、おれが以前与えたルビーのピアスが覗く。白い耳に鎮座するそれに、征服欲みたいなものが満たされていく気がした。

下着を中から押し上げる、わずかに興奮したナマエのモノに、この男が少なからず快感を拾っているのだと安堵する。形をなぞるように指を這わせば、目の前の身体は、細い首を反らしながら小さく熱のこもった短い吐息を吐いた。制してるつもりなのか、愛撫を続けるおれの手に力の抜け切ったナマエの手が重なる。まるで強請っているみたいに。


「ロー、やめ…」

「…心配しなくても、ヨクしてやるよ」


男にしては細い足を持ち上げ、下着をずらして後孔へ指を押し付ける。すると、ぐ、とナマエの眉間が中央に寄り、表情が不安に歪んだ。後ろを使うの久しぶりなのか、指の一本も通りそうにないほど張り詰め、固くなったその場所の、筋肉と皮膚をほぐすように、丁寧に入口を弄る。尻の感触が好かないのか、複雑な表情でこちらを伺うナマエの瞳。白い瞼に縁取られた、あの美しい金色を覆う、青色の眼球は、彼の風貌の異端さを上手く隠していた。



君の声を聴きたいだけなのに



自身の瞳を濡らすねっとりとしたゼリーのような感触にぞわぞわと肌が粟立つ。視界は舌の血管でも見えてきそうなほど赤く、熱い。水音を立てる唾液と共に眼球が溶けてしまいそうだと思った。ゆっくりと離れていく体。涙なのか唾液なのかわからない液体を、瞳から追い出すために瞬きを繰り返す。まじまじとこちらを観察する目の前の男は、おれがつけていた青色のコンタクトを舌に乗せて、にやりと笑った。そこで、はっきりと、眼球を舐められたのだと理解する。一体どこでそんなことを覚えてくるのか、とか、なんでこんなアブノーマルなやつに育ったのか、とか、色々思うところはあったけれど、一番驚いたのは、瞳を濡らされる背徳感に欲情している自分自身だった。

ぐにぐにとケツの穴を押されて、さらに羞恥で体の中心へ熱が集まってくるのを感じた。再び反対の視界が赤に覆われる。思わず呼吸を止め、ローの首へ手を回せば、ふ、と小さく笑う熱い吐息がおれの瞼を熱くした。

執拗なほど濡らされ、眼球が溶け出して、なくなりそうな感覚に恐怖を感じ、静止の意味を込めてローの名前を呼べば、人の目を飴玉のように一通り舐め回し、満足したのか、彼はおれから体を離した。唾液まみれになった青のコンタクトは、ゴミ箱へ放り入れられる。やっと解放され、ローの姿が自分の目に映っていることに安堵しながら、ため息を吐く。情けなくもしっかり反応してしまったおれの性器にローは視線を注ぎ、口角を上げていた。こんな変態的な行為に興奮を覚えている自分に、どうにも居心地が悪い気分だった。


「今のに感じたのか、ナマエ」

「……みたいね、」


本当に自分の体なのか疑わしいほどだ。満足げに笑みを浮かべる目の前の男に、後ろも柔らかくなってる、と、余計な情報を囁かれながら、自身の中心に指をねじ込まれる。体内に侵入する異物感に、全身の筋肉が強張るのがわかった。右足の膝裏を胸に押し付けられて、晒される自分の後孔。そこに感じる圧迫感。指一本ですら息が詰まりそうなほど苦しい。それもそうだ。半年前のあれ以来、そこに何か入れてみようなんて気は一度だって起きなかったのだから。いつの間に準備したのか、ローは小瓶を取り出し、後孔でそれを傾けた。入口を冷たいぬるぬるとした感触が濡らす。

同時に、奥へ奥へと進んでくる指先に、痛くはないが、どうも情けなく、居た堪れない気分がした。男として大切な何かを喪失するようで、本当は逃げ出したい。けれど、おれはこのローの切実な瞳に弱いのだ。この目に見つめられて、余裕なさげに名前を呼ばれると、絆されても良いかという気にすらなってくる。確か、以前こいつに抱かれた時も同じことを考えていた。

指の感触に体内が馴染んできたのか、徐々に自身の体は出入りする異物の違和感から、快感を拾い始める。なぜか指を突っ込まれているおれよりも、苦しそうに歪む目の前の顔。同じ男だからわかってしまう。辛抱しているのだろう。おれは、自分でも呆れるほどこいつに甘い。背もたれから体を浮かし、ローの首へ腕を回し引き寄せ、彼の固く閉じられた唇へ、自分の唇を押し付ける。途端に力の抜ける唇の間へ、舌を差し入れ、隙間を埋めるように深い角度で吸い付く。それに呼応するように、口内を貪られ、酸素を取り込むことも許されない程に、互いの唾液が混じり合う。あまりにも丁寧で優しいキスや、時折、くぐもった声に呼ばれる自身の名に、気恥ずかしくなり、おれは、抱きしめたローの体ごと仰向けに倒れ込んだ。上に覆い被さる彼は、一瞬目を見開き、余裕なさげに舌を打った。どうやら我慢の限界らしい。


「…っ、脚開け、ナマエ」

「……ん。…う、…っあ"あ…!」

「…っは、根元まで挿れたら、裂けるかもな」

「はぁっ、あ"ぁ…痛ぇ…」


先ほどとは段違いの質量に体の中を埋められ、おれはすぐに誘ったことを後悔した。奥まで挿れずとも、入口を出し入れされるだけで今にも裂けそうだ。結合部に潤滑剤を落としながら、再び舌打ちを寄越した不機嫌顔は、言わんこっちゃないとばかりにため息を吐く。この状態で止めてくれるほど優しくはないらしい。腰を取られてゆっくりと体を揺らされる。入口を擦られるたびに、おれと彼の間で厭らしい水音が響いた。

どれくらい格闘していただろう。執拗に入口を擦る質量に痛みがなくなり、物足りなくすらなってきた頃、察しの良いローに、次の段階と言わんばかりに更に奥を擦られる。それの繰り返しだ。腰を押し付けられるたびに、自身の意に反して、体にぞわぞわとした電気が駆け抜けていくのがわかった。もどかしい刺激。いつまでもこんな事されていたら、頭がおかしくなってしまう。込み上げてくる快感に恐ろしくなり、一度静止してもらおうとしたその時、いつもより体温の高いローの手に腕を取られ、体がソファを離れ宙に浮いた。


「…ヤり辛ぇ、ベッド行くぞ」

「っあ、は…、あ、おいっ、……〜〜っ!!」


言うや否や、有無を言わさず身体を抱き上げられ、あろうことかローは挿れた状態のまま歩き出した。為すがままに身体を預けるも、重力に従い自重で沈む自身の身体は、挿れられたらままのそれを奥深くまで迎え入れることになる。一歩前進するたびに、最奥を抉られる、それに下腹部が痺れた。わずかな振動も拾い、全神経が気持ちのいいそこに集中し、徐々に絶頂感が込み上げてくる。まずい、そう思った時にはもう遅かった。全身の筋肉は引きつり、言うことを聞かない。おれは迫り来る絶頂に、腹を括り、ローの体に力の限りしがみついた。


「深いのイイか?すげえヒクついて…、ナマエ?」

「〜〜〜っ、っ、! …っん、やば…、……ろ、ぅっ、っんあ、…ああアァッ」

「っ、!」


鳥肌が立つほどの快感が体中を昇り、ぶるぶると自分のものではないみたいに身体が痙攣する。達してしまった。脳が白み、全身、麻痺してしまったかのように、力が入らない。おれは自分の体重を支えられず、ローの体を手放した。落ちる、と、ぼんやりとした頭が酷く遅い、警戒信号を出す。しかし、予想に反して、背中は柔らかいシーツの感触に包まれた。最後に、何故かそれに酷く安心したことだけは覚えていた。







暗転した闇の中、どこか遠くでおれの名を呼ぶ聞き慣れた声が聞こえた。ローだ。ぼんやりと彼の姿が脳裏に浮かび上がる。あぁ、夢の中にまでこの男は現れるのか、そう思った、次の瞬間だった。意識が外界の何かにより、強制的に浮上させられる。目を開けると、そこにはおれの名を呼ぶ、不機嫌そうなローの顔があった。


「気絶すんな、おれはまだいってねえ」


脳に一気に送られる血液のせいで、頭が熱い。あぁ、意識が飛んだのか、と、遅れて理解が及ぶ。おれの頬を撫でる指先へ手を重ねれば、ふ、と満足げに薄く笑みを浮かべた目の前の男は、おれの身体へ再びキスの雨を降らせた。





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( あ、ロー、…待って、おれ、もう… )
( 心配しなくても、何回でもイかしてやるよ )
( …… )




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