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眠ることは容易いと貴方は嘘を吐く



おれが取った宿にナマエが訪ねてきたのは、すっかり太陽も昇りきった時間帯だった。あの半壊状態で、外気に晒されている部屋では、体も休まらないだろうと気を利かせたつもりで宿をとったが、余計なおまけが付いてきたことに、自分の頬の筋肉が引き攣るのがわかった。ナマエは自身の腕の中で、気持ちよさそうに眠るあの可愛げのないガキを抱えたまま、宿へ訪ねてきたのだ。諸々の事後処理に追われてか、酷く疲れた顔をしているナマエとは対照的に、腕の中で幸せそうに眠る小さい体に、苛つきに任せて舌を打てば、目の前の銀髪は大人気ねーな、と苦笑いをこぼし、腕の中のそれをおれに押し付けた。正直、マジでいらねえ。が、あまりに青白く弱った顔を見せるナマエにクソガキを突き返すこともできず、仕方なくそのまま受け取る。部屋へと上がったナマエは、ふらふらと覚束ない足取りで風呂場へと消えていった。

呑気に眠り続けるガキを、おれとナマエの二人分の体を預ける予定だったベッドへ寝かせる。子ども一人には、やはり大きすぎるそれに、忌々しく思いながらも、布団をかける。病室でこいつを見つけた時のナマエの優しい横顔が、脳裏を過ぎった。おれがこのガキぐらいの年齢の時にも、あんな風に穏やかな視線を向けられていたのだろうか。

リビングへ戻り、ナマエをただ待つのも手持ち無沙汰で、ソファに腰掛けながら、買っておいたウイスキーの封を開ける。開封しただけで、飲み口からはスモーキーな樽の香りが漂った。久しぶりに体に取り入れた液体は、おれの舌を熱し、喉を焼きながら体内へと吸い込まれていく。



眠ることは容易いと貴方は嘘を吐く



「おれにもそれ、頂戴ね」


濡れた髪を拭きながら、宿に備え付けられているバスローブへ身を包み部屋に戻ってきたナマエは、おれの手の中にある酒を指差す。体を温めたせいか、白く柔らかそうなローブの生地から露出する血色の良い肌が色っぽかった。エロい、という言葉を飲み込んで、ナマエのために、もう一人分のグラスを用意し、ウイスキーを注いでやる。

煙草を口に咥えたまま、おれの横に深く腰を落としたナマエは、細い首を脱力するように背もたれに預け、煙草の香りを味わうように長く長く息を吸い、ゆっくりと紫煙を吐き出した。晒される無防備な白い首筋。まだ皮膚へ薄っすらと赤い溝を落とす自分が残した歯型に、一種の興奮を覚えそれを凝視していると、頭を預けたまま、こちらを見つめる金色と目が合った。首元を見ていたのがバレたかもしれない、と視界に飛び込んできた扇情的な景色から視線を反らせば、ナマエは気にした様子もなく、腕に鉛でも巻きつけられているかのように、ゆっくりとした動作でウイスキーの注がれたグラスへ手を伸ばした。グラスに口づけた唇へ、暗い色をした液体が飲み込まれていく。上下する喉。薄い唇から吐き出される吐息の香りがこっちまで漂ってきそうだった。溶けた氷がバランスを失い、カラン、と音を立てる。薄く細められ、憂いを帯びた金色の瞳に見つめられて、どん、とおれの心臓が弾んだ。


「…このまま寝たら、やな夢見そうだわ」


嫌な記憶を拭うように深いため息をつく。泥のように背もたれに体を預けながら、ナマエはおれの頭へ右手を差し伸べた。しかし、何を躊躇ったのか、その手は、髪へ触れる前に思案するように空を掻き、ゆるりと引っ込められる。それから、手のやりどころに困ったのか、代わりに自分の濡れた前髪を掻き上げた。湿った銀糸は力なく、細い指から零れ落ちる。そのどうも甘ったるい仕草におれは、また肋骨のあたりを、どん、と内側から叩かれた。どうやら、ナマエは、ガキの頃の様におれの頭を撫でることを、遠慮したらしい。グラスに口づける唇は穏やかな笑みを浮かべていた。

あぁ、やばい。体の奥の方で、自身でもよくわからない熱が込み上げてくる。苦しいのに、安らかで。それは、日向の下で生温い温度に包み込まれた時の、抗えない優しい温もりだ。

おれを見つめる金色の瞳へ、吸い込まれるように身を屈める。目を閉じれば、瞼の裏側に明るい黒が広がり、唇に触れる皮膚の感触に自身の力が抜けた。お互いの疲れが何処かへ溶け出すような、穏やかに、それでいて、酷く安心する。あたたかくて心が繋がるような気分になって、その繋がっている心を確認するみたいな、そういう口づけだった。


「…おれあんたの事、すげえ好きだわ」


風呂上がりで温まった体を、自分の中へ取り込むように抱きしめる。ゆっくりと見開かれた天使のようなナマエの瞳は、いたずらっぽい笑みを浮かべながら、おれを見つめた。茶化すようなその表情に、体がかあっと熱くなる。


「おまえ、よく分からんところで純よね」


ナマエは、なにもかも見透かすような目つきに、微笑みを含ませた。その、余裕そうなその表情に、男としての征服欲みたいな、そういう気分が煽られる。細い腰へ手を回し、脳が眩むほど良い香りを漂わす皮膚の薄い鎖骨へ舌を這わせば、大人しく、白い首筋を反らしたナマエは、熱い吐息を零した。堪らねえ。このまま押し倒して犯そうと考えた瞬間、おれ以外に、ナマエの名を呼ぶ声がリビングに届いた。


「ナマエ〜」


ほぼ同時に鳩尾に沈む鈍痛におれは目を剥いた。おれたちが座るソファに歩み寄ってくるのは、隣の部屋で寝ていたはずの、あの忌々しいクソガキ。ナマエは慌てた様子でおれの腕から逃れると、目を擦りながらこちらへ近づく小さな体を抱き上げた。鬱陶しいとしか言いようがない。

クソガキを腕に抱えながらも、銀髪の下の耳を赤く染めている後ろ姿を眺めていると、ナマエの細い首へ腕を回したガキはおれへ、にやりと不快な笑みを浮かべた。どうやら、確信犯らしい。



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(チッ)
(ナマエ、あいつの顔怖え)
(あ"?)
(ロー、子ども相手にムキになるなよ…)




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