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息が紡げない程に。



破壊された窓から部屋に吹き込む夜風。細い銀糸を風で揺らすナマエは、入れる隙間もないほど吸い殻の山が溜まった灰皿へ、縫うようにして煙草を押し付けた。細い腕が動く度に錠が擦れ合い、独特の冷たい音色が響く。外から吹き込む風に混じる、コラさんの吸っていた煙草の香りが鼻腔を引っ掻き、甦るのは懐かしい記憶。ナマエは、自分の腕を拘束する錠に慣れてしまったのか、外してくれと文句をつけることもなく、ベッドボードへ背を預け、風を呼び込む窓の外を眺めていた。どこか弱々しい横顔は、あまりにも静かで、こんなに近くにいるのに、気配すらしない。まるで、時間という概念がこの世界から無くなったみたいに。時計に目をやれば、真夜中の零時はとうに過ぎていた。

外の月明かりをわずかに拾い、瞳を縁取る銀の睫毛は鈍く輝く。その睫毛の奥で揺れる、深い金色は厳かな雰囲気を持ち合わせていた。ただ、横顔を眺めているだけなのに、肋骨が折れるんじゃないかと錯覚するほど、胸が締め付けられて苦しい。ナマエ、と思わずその名を呼ぶ。喉が渇いていたせいか、おれの声は錆びたような音を出した。

こちらを見つめるナマエは、わずかに首を傾げ、瞳に緩く笑みを浮かべた。それを目の当たりにして、胸の鼓動はみるみる高まり、全身の血液が沸騰するんじゃないかと思うほど体が熱を持つ。自分はいつから、こんな状態になる程、この男に焦がれているのだろう。体の熱さを自覚し、自分自身に呆れるほかない。不意に、手錠をつけたままの両腕が、正面からおれの体を優しく抱き込むように、頭上に降りてきて、首の後ろへ回される。手錠のついた手で後頭部をひと撫でしたナマエはおれの怪我をした肩へ、慈しむかのように白い額を寄せた。


「ごめんな、ロー」


おれがおまえを傷つける日が来るとはねえ、と自嘲気味に肩口へ落とされる独り言。おれにとっては、銃の弾が掠ったぐらいの傷なんて、最早どうだってよかった。弱々しく項垂れる背中に手を回し腰を抱き寄せれば、顔を上げたナマエと、額がぶつかり合うほど間近にせまる距離で視線が絡み合う。お互いの息づかいが聞こえてきそうなこの状況を、今更、理解したのか、目前の金色の双眸は見開かれ、白い頬は暗い室内でもわかるほど、赤みを帯び始める。やっぱり隙だらけだ。おれの後頭部で、手錠がガチャンと金属を打ち付け合う。残念ながらもう、どこにも逃げ場はない。ナマエ、と名前を呼べば、羞恥の念からか、薄く水の膜が張った瞳が、こちらを唖然とした様子で見つめた。鈍い金色に、おれの姿が映る。間近でする、ナマエの香りに頭の奥が眩むような気がした。

こちらを見つめる金の双眸は、おれから、少しでも距離を置こうと試すように、きゅっと唇を噛み、顎を引き、目を反らすように微かに俯いた。これでは、だめだ。もう一度、ナマエ、と名前を呼ぶ。唇を噛んだまま、ぴくりとも動かない顔を見下ろせば、これより先に進む事が彼にとって、いかに容易ではないかを、中央に寄せられた眉が語っていた。葛藤するような表情のまま固まっているそれを眺める。待ってやることはできるが、手を離してやるつもりはない。しばらくして、何かを諦めたのか、それとも決心をしたのか、おれにはわからないが、ナマエは首に回した腕の力を緩めた。それを合図に、薄い唇へ、自分のものを押し付ける。唇に触れる皮膚の吸い付くような感触が、気持ち良かった。


「んっ、…っふ」


甘い吐息に脳の奥がぐらぐら揺さぶられた。薄い唇へゆっくり舌を差し入れると、受け入れるかのように、遠慮がちに舌を差し出される。それすらも、良い香りがした。差し出された、ざらりとした質感を吸い上げ、隙間をなくすように深く深く口付ける。閉じられた白い瞼を縁取る、銀の睫毛が震えるたびに、自分の中の興奮が高まっていくのがわかった。銀糸へ手を回し、貪るようにナマエの口内を味わう。渇きを潤す唾液は、受け止めきれずにナマエの口の端から零れ落ちていった。

抱いていた体をシーツへ縫い付ける。おれの首に回していた腕を外したナマエは、錠のかかった腕を自身の頭の上へ放り出した。酸素を取り込むように無防備に晒された胸を大きく膨らませ呼吸を繰り返す。色付いた唇はどちらともつかない唾液で濡れていた。ひとつひとつの仕草が、おれの理性のタガを外していく。軍服として着ている白いシャツへ手をかけ、ボタンを外せば、白い鎖骨が覗き、いつかおれが付けた噛み跡が、赤く滲んでいた。もう一度おれの跡を刻もうと、吸い寄せられるように、体を屈める。


「ロー、……だめだ」

「………っ」


ボタンを外そうとするおれの手を、ナマエの両手が握りこむ。皮膚に当たる冷たい錠の感触が、自分の熱の高さを物語っていた。


「病院に置いてきたクソガキが気になる…」


頬を赤らめ、瞼を閉じ、深く息を吐くナマエの言葉に、すっかり忘れていたあの子どもの存在を思い出す。今ばかりは忌々しいと思わざる得ない。自身の手を固く握る手のひらを丁寧に解き、おれはナマエの熱くなった体を起こした。



息が紡げない程に。




「あのクソ医者と話すのは危険だ。てめーは来なくていい」

「そういう訳にはいかないでしょ」


額に縦皺を寄せ、不機嫌そうに歪む顔。鬼哭を手にしながら腕を組み、玄関の前に立ちはだかるローへ苦笑を返す。問題ないと言っても、半壊した自分の部屋を目の前に説得力がないのはわかっていた。時計の針は深夜二時を指している。病院に見張りとしてつけた兵から緊急の連絡はないが、この手で、あのガキの安否を確認しないと心配だった。


「おれが危険になったら、助けてくれるでしょ」


未だご立腹のローの機嫌をとるように、笑ってみせれば、やれやれと肩を落とした彼は、早く行くぞ、と背を向けた。



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(さっさと済ませて続きだ)
(……)




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