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すべての終わりと始まりを °



花屋という一族で受け継がれてきたDNAがおれの体内のどこかにもきっと息吹いているのだろう。だからといって他の人間と自分の肉体のどこかが異なっているかなんて考えたこともなかった。そんなこと、考えもよらないほどに、自身の体はどこにでもある肉体だ。まあまあ丈夫だけど、すこぶる頑丈と言える程ではない。鍛えれば、そこそこ筋肉はつくけど中肉中背。先祖の息吹を唯一感じる点としては、あらゆる植物の種を記憶していることだ。生まれてきたときから、それだけは知っていた。ただ、それだけだった。

花にはふたつ種類がある。がく、花びら、雄しべ、雌しべを、すべてひとつの花に備えている種類を、完全花と呼び、どれかひとつでも欠ければ、花は不完全花と呼ばれる。ヒトを植物になぞらえて考えても意味はないが、それを聞いた時、おれは思っていた。雄しべと雌しべが離ればなれになってしまった人間は不完全花であると。

体の内側を押し拡げる熱。内壁に擦りつけられながら出入りする質量に、自分の腰がおかしくなったんじゃないかと思うほどに、電流がビリビリと背中を流れていく。シーツに頬を擦り付け、快楽を貪る肉体とは裏腹に、なるほど、と花屋の一族が完全花であることを、肉体的に理解しはじめる、冷静な脳。人間というよりは植物に近い自分の存在。先祖代々この稼業、花屋になれるのは男だけだった。女は人間の子供を産み種族を反映させ、男は種子を何世代にも渡って守り抜くのが、この種族に与えられた役割。この体が朽ち果てるその日まで。つまり、それぞれの役割のため、女は花屋になることはできない。男は、子供を孕まないから。


「…おい」


ぐ、と背後から腕を引かれて、ベッドへ突っ伏していた自分の身体が浮く。全然力が入らない。おれの身体は抗うことなく、ローの大きな両腕に収まった。背中には、汗ばむ暖かな体温。あの見慣れた腕の刺青は、強くおれの体を後方へ引き寄せた。両膝で身体を支えるも、シーツの上で上手くバランスも取れず背中へ体重を預ける。まだ硬い確かな質量が、腹の中で内臓を前へと押し出すような感覚に、ぞく、と再び背中に電流が走る。眼下には、繰り返しの絶頂にすっかりドロドロに汚れたおれのモノがこうべを垂れていた。肩口で背後の黒髪が揺れ、そちらを振り向けば、あのいつもの冷たい瞳は、快感に耐えるように歪み、余裕のなさそうな表情をこちらへ寄越す。そんな瞳に見つめられ、優越感に満たされる。この感覚は人間の男として本能か。まさか、こういう行為に至ってから、自分の花屋たる由縁を実体として気づくとは思いもよらず、ローには、おれが、うわの空にでも映ったのだろう。ローの薄い唇へ自分の唇を重ね体を捻り、ずる、と体から質量を引き抜く。もうイく元気はないが、体の奥はじりじりと未だ疼きを訴えていた。

向かい合うように体を入れ替え、座るローへ密着するよう、その両脚にまたがれば、あのどうしようもなく獣じみた瞳がおれの目前を埋める。たまらずその首に手を回し、すべての隙間を埋めるように唇を重ねると、おれの背中を大きな手のひらが覆い、誘うように腰を撫ぜた。物足りないとばかりに、口内に唾液と一緒に差し入れられる舌。まるでそれが麻薬だったかのように、筋肉という筋肉に力が入らなくなる。まだ一度もイってないローは、もう少しがんばれ、とおれの耳元へ囁く。おれの腰は、支えるようにその大きな両手のひらに包み込まれた。その首へ腕を回し顔を埋めれば、安心するローのにおいに包まれる。


「んん、ロー…」

「あぁ、」


ゆっくりとした律動で、腰を持ち上げては、熱いモノで体内を擦り付けられる。そのたびに、結合部からは耳を覆いたくなるようないやらしい水音がした。もう気持ちいんだか、なんだか訳がわからないけど腹の中の熱は、ローの性器が出入りするたびに脳へ甘い物質を送り込んでくるような感覚。ぶる、と腕の中の黒髪が震え、余裕なくため息をこぼす。ローも気持ちいいのかとわかると少し嬉しい。こいつがおれの中でイったら、悪魔の実のコピーを作れるようになってしまうことは気がかりだったが、最早、体の疼きはローの吐精されたものが肉体に吸収されることをおれは望んでいた。それは、人間としてのおれの欲望なのか、植物としてのものなのかはわからないが、それを受け入れられたら体の疼きはきっと収まる。確信に近い思いで、速度の緩むローの両手に上から手のひらを合わせ、もう入らない力を振り絞って腰を擦り付ければ、おれの耳に息がかかり、ローの低い唸るような声。快感を拾って気持ちよくなっていく体は、脳と肉体の神経が切り離されたかのように、ただ快楽を貪るため、腰を押し付けた。

強い腕に押さえつけられ、背中にベッドシーツの感触。両脚を拡げられ、足の間でローは眉間に皺を刻み、こちらを挑発的に見下ろし、下唇を濡らすように舐めた。


「……てめーの望み通り、種付けしてやる」

「その言い方やめっ………っ!」



すべての終わりと始まりを



ナマエからは日の下に晒される大木のような、もしくは丘の上の風のような、そんな懐かしく柔らかなにおいがする。初めて会った時からずっとそうだ。自身の横に沈む銀髪の顔にかかる前髪をゆっくり払えば、露わになる白い瞼と隙間なく埋まるまつ毛。死んでいるのかと思うほど静かな寝息。誘惑するような不思議なにおい。この容姿や、香りもまた、花屋という種族の遺伝するものなのだろうか。夕べ、愉悦に歪んでいたとは思えない端正な顔立ち。あの表情は人間らしさがあった。おれの下で見せたその顔を思い出し、優越感を覚えながらナマエの頭を包むように胸の中へ閉じ込める。無意識なのか、ナマエは緩やかに腕をおれの背へ回した。この男が、オペオペの実を創造できるようになったとは、その外見からでは想像もつかない。髪から漂う香りに、再び瞼が落ちそうになる。すっかり夜は明け、日は昇っていたが、もうひと眠りするのも悪くない、と腕の中で丸まるナマエの眼下の瞼へ唇を寄せる。もぞ、と微かに身じろぐ体。唇の下の瞼がぴくりと動き、離してやれば、瞼を薄く持ち上げあの鈍い金色はこちらを認識。おれを見つめ、おれの名を呼び、おはよう、と細められる瞳。首の後ろへ回される腕。唇を寄せられ、ちゅ、と小気味良い音を立てて離れていったナマエは、気怠げにゆっくりとその体を起こした。

体には、行為の最中につけた紅印が、体のいたるところで、白い皮膚に滲んでいる。その身体を眺め、自身の中が征服感に満たされていくのがわかった。ナマエは腰をさすりながら、よく晴れた窓の外をしばらく見つめたあと、幼い笑顔でおれを見下ろした。再び降り注ぐキスの雨。


「おれ、今日、船をおりるよ」


乗せてくれてありがとう、と。唐突に切り出された言葉に胸の奥がキリ、と痛む。忘れていたわけじゃない。そういえば、こいつを拾ったのは海中だったかと随分前に感じる記憶を振り返る。キスをするたびに良い匂いを漂わせるナマエ。おれの頬へ添えられた手を握り返して、離れていかないように、後頭部へ手を回し長い長いキス。華奢な手の指に自分の指を絡めて体を起こし、昨日散々抱きしめた身体を抱き寄せ、背中へ手を回し肩へ頭を預ける。おれの後頭部をふわふわと行き来する手。ナマエはくすくすと肩を震わせ、芸術的な寝癖だなぁ、と気の抜けるような笑い声をよこした。それら全てが苦しいほどに心地良い。


「……行かせる気はねぇな」


体を抱きしめる腕に力を込めれば、ええ、とナマエは大して驚いた様子もなく声をあげた。配達途中の手紙があるのに、と。不満を漏らす声とは裏腹に、その表情はどこか嬉しそうに笑みを浮かべ、あげく、おれに向かって、かわいい、なんて言葉まで寄越してくる始末。背中に回される腕は、あやすかのように優しく往復し、まるでおれが駄々でもこねてると言いたげだ。ナマエは、おれの机を指差した。ローの手紙も届けてやるよ、と。その指の先には、確かにすでに封を閉じた、数少ないおれが書いた手紙。それでも、だ。ダメだ、という意味を込めて、抱きしめる腕に更に力を込める。こちら側を覗き込むナマエは、困ったように笑みを浮かべた。そして、おれのベッドの横に置いていた花瓶へ手を伸ばし、枯れかけているあの青い炎の花へ、細い指をかざす。花は、うなだれていた頭を、命が吹き返すかのように再び、茎を真っ直ぐと立て直し、立派な花弁を咲かせた。何度見ても、見惚れてしまう美しい能力だ。


「配達終わったら、戻ってくるからさ」


この花が枯れる前に。な、とナマエはおれの腕の中で、その金色の双眸に笑みを浮かべた。



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(ローが手紙ってたぶん珍しいよな)
(情報収集のためだ)
(トニートニー・チョッパー?変わった名前だな)
(麦わら屋のところのたぬきのような船医だ)
(ふーん………、たぬき?)
(…ワノ国のサクラを好んでいる)
(サクラかあ、いいね、了解)






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あきゅろす。
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