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最後まで一緒にいるために




長かった冬の海域を抜け、水面に浮上した船。久しぶりに降り注ぐ太陽の恩恵の下、まるで光合成をするかのように、船員たちは思い思いの時間を過ごしていた。

甲板の真ん中では、鈍った運動不足の体を動かそうと、腕慣らしに能力禁止の組み手をする数人のグループで盛り上がっていた。中央で組み合うシャチとベポを囲むように、わいわいとギャラリーが盛り上がる。体格の割に、身軽な動きで飛び回るベポに対し、余裕で応戦するシャチは、繰り出されるペポの素早い攻撃を交わしながら、着実に打撃を与えていく。さすが、前線をいく戦闘員の実力である。一瞬の隙を見せてしまったベポは、次の瞬間、勢いよく甲板の端へ吹っ飛んでいった。無事戦績をおさめたシャチは、ふふんと得意げに鼻を鳴らした。

つぎは、ナマエと、おれか。
ペンギンはトーナメント表を片手に、隣同士に並ぶ二人の名前を指差した。トーナメント表の最上部にはローの名前があり、勝ち残った者は彼と手合わせができる仕組みである。思いがけず突然呼ばれた自分の名前に、ナマエは自分の頬が引きつるのがわかった。遠巻きに試合を楽しく観戦していたはずが、周りにいたクルーたちに、津波かのように体を押されて、抵抗も虚しくギャラリーの真ん中へ飛び出す。目の前には、腕を伸ばし柔軟をはじめたペンギンが立ちはだかっていた。最初から逃げ腰の自分相手では試合にもならない。参加表明をした覚えはないと、相変わらず入念にストレッチをするペンギンへ抗議を申し立てるが、ナマエとペンギンを取り囲むギャラリーからは、ノリが悪いと言わんばかりに、ピーナッツ、ピーナッツ、野次を飛ばし始める。逃げ道はない。厄日だ、と胸中でひとり呟いたナマエは、すぐに逃げることを諦め、覚悟を決めた。そんな彼の様子を見て、心境を汲み取ったペンギンは、その顔に同情の笑みを浮かべた。すぐに楽にしてやる、と。

試合開始の合図。
早々に、素早く繰り出された拳をナマエは条件反射的に、一歩後ろに下がって避けた。取りすぎるほどに間合いをとって。しかし、ペンギンは間髪いれずに、後退したナマエとの距離をつめる。差し迫る殴りに、低く腰を落としたナマエは、左足を軸に右足で蹴りを入れようとするも、それはなんなく飛び越えて交わされてしまった。ペンギンの次の手が来る前に再び後方へ素早く飛び間合いをとる。やはり、ペンギンに自分が勝つにはかなり厳しい。一発ぐらい蹴りでも入れれば、周りの観戦組もとやかく言ったりしないだろう、と志低く、機会を狙う。跳躍し上方からナマエに接近をはかるペンギンは、体を回転させるように蹴りを繰り出した。なんとかその蹴りは避けるものの、体勢を崩したナマエは、さらに間合いを開けるために、後退しようと地面を蹴る。逃げの一手だ。しかし、それを上回る速さでペンギンがナマエの腕を掴んだ。かかる圧力。ナマエの体は呆気なく、ペンギンの込めた力に抗うこともできず、甲板の床へと倒れた。結局一発もお見舞いすることは叶わなずに。



最後まで一緒にいるために



無事、トーナメント戦に勝ち残ったペンギンは、只ならぬローの雰囲気に恐れを感じていた。能力禁止のルールを我らがキャプテンが理解しているかは怪しい。お互いに構えるも、今まで戦績を残してきたペンギンが、今度は蛇に睨まれた蛙のように、逃げ腰に。そんな彼の様子に、ローは不敵な笑みを浮かべた。

「見張りをサボっていたらしいな、ペンギン」

ああ、ナマエと見張りをした日のことか、とペンギンは絶句した。船長はナマエを気に入っているとは思っていたが、よもやこんなにもか、と。ROOMと、聞き慣れた地を這うような低い声と共に、目には見えないオペ室が拡がり、自分の体が円の中へ飲み込まれるような気がした。能力禁止!と咄嗟に叫ぶも、気づけば斬撃は自分を通り過ぎ、身体は空中で解体された。見慣れた下半身は意思の疎通を試すも虚しく、遠くへ吹き飛んでいく。瞬殺とはまさにこのとこと。離れ離れになる体は、重力に従い、床へ転がり落ちる。満足に受け身も取れずに、ダンッ、と派手な音を立てて落ちた下半身。おれの下半身を見下ろすナマエの瞳は不憫とでも言いたげに細められた。この惨劇の当事者といっても過言ではないのだが。

その瞬間だ。突然、刺すような殺気がこの船を覆った。間抜けにも、分離している体で、上半身のみを船長へ向ける。さっきまで確かにそこにはなかったはずの大型船が、音もなく現れ、行く手を阻むようにここ船の目の前に立ちはだかる。太陽の光を覆い、甲板が影になるほどの巨大な帆船は明らかにこちらに敵意をもっていた。あまりに突然の奇襲に唖然とするなか、真っ先にキャプテンは能力の円の範囲を拡げるが、勢いよく、敵船から鎖が飛んでくる。しまった、と自分の下半身が走り出した時には、すでに遅く、その大きな鎖に絡め取られた船長は、まるで釣り糸に掛かった魚かのように、ぐん、と体を宙に浮かせ船へ釣り上げられる。キャプテンの舌を打つ音が聞こえた。あの鎖は海楼石製だ。

「キャプテン…!」

なに油断してるんですか!と叫ぶも、またしてもそれは、一瞬だった。船長を釣り上げた、船は、ぐにゃりと歪み、その場から空間に飲み込まれるかのように船が形を変えてみるみるうちに小さくなる。先程まで日の光を遮っていた巨大船は、跡形もなく幻かのようにその姿を消した。我らがキャプテンを攫って。




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