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斯くして世界は彩られる



気候の穏やかな新境地の春島に降り立つ前。徐々に盛り上がりを抑えられなくなった船では恒例の大宴会。おれはいつも食い物の集まる中央に真っ先に向かって飲んで食って話してを楽しんでいたが、不意に見つけてしまった。というより自分には恐らく高感度な感知器が付いているのだと思う。目に飛び込んできたのは、端の方で、楽しそうに笑っているマルコとサッチのおっさん組に挟まれて酒を飲みながら、珍しくいつもの仏頂面に笑みを浮かべているナマエの姿。彼を目にすると頭の奥が熱くなり、自分には似つかわしくないほど緊張するようになってしまってからというもの、上手く接することができないでいた。それでも、自分以外と楽しそうに笑っているのを遠目に見ていられるほど大人でもなくて、おれはありったけの肉を持って、中央を抜け、一つの樽を囲みながらマイペースに酒を飲み談笑するナマエたちへ近づいた。

おれの存在に、一番最初に気付いたのはサッチだ。いま思えばこの時、片手をあげたサッチの顔には意味深な笑みが張り付けられていたかもしれない。そんな彼の呼び声で、おれに気付いたナマエはいつも通りの仏頂面に戻ってしまう。しかし、おれを映した金色の瞳は、反らされることなくただこちらを見つめていた。あんなことをしたのに、拒否されるわけでもなく、逸らされるわけでもないそれに、無意識のまま、にやけそうになるのを堪えて、腕に抱えた料理を樽の上に広げると、おれの飲みかけのジョッキにマルコがなみなみと酒を注いだ。サッチは、たった今面白い昔話をしていたのだと嬉々としてこちらに話し始める。おれが白ひげに入るよりもずっと昔のことだ。む、と不機嫌になったナマエは二人の話を制そうとしたが、マルコとサッチはにやにやと茶化すように話を続けた。



「ずっと昔のことだよい」





〔斯くして世界は彩られる〕





噂には聞いていたが、実際にこの場所を訪れるのは初めてだった。かつてモビーディックが生まれた場所である美しき水の都ウォーターセブン。数字の振られた各ドックの重厚感ある扉が並ぶ様は圧巻である。昔は幾つもの競争し合う造船所からこの島の造船技術は成り立っていたらしいが、何年か前、ガレーラカンパニーという一つの会社にまとまったというのを耳にはしていた。それが今では船を作るならガレーラと謳われるほどに有名になり、その素晴らしい技術を認められている。そんなこの島の市長、兼ガレーラカンパニーの社長である男がどれ程の器の持ち主かがうかがえるような気がした。

その船大工集団の中でも、最も腕利きの大工たちが集まる1番ドックの入口、マルコはそこで修理中のモビーの進展を見に来た筈だったが、ここまで案内してくれていたカンパニーの人間と逸れてしまったところだった。恐らく大工たちの作業場なのだろう。あちこちに海賊にも負けない、体のでかい男たちがこちらに気付く様子もないほど、忙しなく作業をしていた。飛び交う怒号や指示の声、自分の体よりも大きな木を加工していく姿。そしてそんな男たちよりも更に遥かにでかい船が、ゴロゴロと後ろのほうで鎮座しているその光景に、思わず圧倒されたが、その中にあの愛らしいクジラの姿は見えなかった。どうしたものかと、造船ドックへ足を踏み入れる。



「おい、勝手に入るな」



どこからともなく現れた人影。おれの目の前に立ったのは、しっかりとした口調とは裏腹に、まだ青年と言うには年端のいかない、少年のような男だった。恐らく12.3歳だが、体格のせいかもう少し幼く見える。目立つ銀髪に、意思の固そうな金色の瞳。ここの船大工なのだろう、小さな体には不釣り合いな大きい金槌を肩に抱えたまま、こちらを不審そうに睨みつける。むっとへの字に曲げられた口と、汚れた作業着のせいで、妙な貫禄を放つ少年は、面倒くさいと言わんばかりに、不機嫌丸出しでこちらを威圧していた。それがマルコが数年前に出会った幼き日のナマエだ。

少年は海賊を目の前にしても物怖じすることなく、むしろ値踏みするかのようにこちらを上から下まで見ると、おれの胸の刺青をじっと凝視した。どうやら記憶を辿っているらしい彼に、おれが客であることを認識させることに成功したようである。これでも白ひげ海賊団の一番隊を任されて久しく、それなりに世界に知られていると自負していたつもりだが、おれもまだまだらしい。小さな体に偉そうな態度の少年は黙って背を向けると、ついて来いと、一番ドックの職人たちの間を縫いながら、ゆっくりと歩き出した。

昼時だというのに、作業する手を止める様子のない職人たちを横目に、どこにそんな力があるのか見当もつかないが、軽々と馬鹿でかい金槌を抱えている目の前の背中へついていく。この一番ドックで手伝いをしているということは、それなりどころか、職人として一人前の腕があるということだ。作業をしていた屈強そうな男たちは、すれ違う少年の姿を見つけると一様に手を休め、笑顔でナマエ、とその名を呼び、一言二言、茶化すような挨拶を寄越した。今日も小せぇな、と右から笑い声がしたかと思えば、たくさん牛乳飲めよ、と左から声が飛んでくる。どうやら、職人たちからは可愛がられているらしい。声の主たちに、うるせぇ!と顔に似合わないドスの効いた怒鳴り声を上げる少年に、大の大人たちは蜘蛛の子を散らすように笑って逃げていく。ナマエ、と呼ばれた少年は、むすっと眉間に皺を寄せながらしばらく歩き、入口からは目の届かないドックの最も奥にやってきた。そこには、少しばかり離れていただけにも関わらず懐かしいと感じる、あのモビーがいた。海とは比べ物にならないほど窮屈な生け簀の中は、つぶらな瞳の巨大なクジラに占拠されている。



「パウリー!」



ナマエが大きなモビーディックの船内に向かって何者かの名を呼ぶと、生返事と共に、すぐにロープを伝って、くすんだ金髪の青年が降りてきた。パウリーと呼ばれた男は、おれとナマエの目の前に立つ。彼もまた同様にこちらをじろじろと見つめたあと、胸の刺青を確認し、客か、と呟いた。例え相手が海賊であろうと、この造船所では客は客。いざという時には、無法者たちの相手をしなければならないこの商売で、ましてや若い二人だ。警戒心が強くなるのも頷ける。燻んだ金髪の男は、上着から葉巻を一つ取ると口にくわえ、火をつけた。



「いま丁度最後の点検を終えたとこだ」



いつでも出港できるぜ、と男は葉巻をくわえたまま満足そうに口角を上げた。しかし、船を明け渡してからまだ数日だ。てっきり修理にはもっと時間が掛かるだろうと思い、今日はただ進捗状況を確認しに来ただけで、もちろん船を回収する用意もしてこなかった。思ったよりもずっと早く船の修理が終わったことに驚いているおれを知ってか知らずか、ナマエとその青年は慣れた様子で、結局、後日になる引き渡しの話を始めた。さすが腕利きの船大工たちが集まるガレーラだ。しかし、助かった。大所帯の白ひげ海賊団にはいくつか船があるが、一つ船が欠けるだけで船員たちを収容する場所が確保できなくなってしまう。そのため一隻分のクルーが各船に分配される訳だが、その生活は想像するよりも大変なことだった。やっと、元のゆとりある環境に戻れるのか、と安堵の息を吐く。ただ、こんなにも早く視察が終わるとは思わず、このままオヤジの元へとんぼ返りするのも、すっきりしない。美しい水の都を散策しながら、飯屋にでも行こうと考えながらおれは二人に見送られ、ガレーラの造船所を出た。

活気溢れるウォーターセブンの街を見物しながら、いくつかの珍しい本屋を物色したあと、飯屋を訪れた。カウンター席の端の方にでも座ろうと、賑わう店内を無意識のうちに見回せば、お目当てのカウンターには、数時間前に目にしたあの二人の姿があった。さっき別れたばかりだが、せっかくなら船の整備の事でも聞いて行くか、と二人へ近づき、銀髪の隣にある丸椅子へ腰を下ろす。よ、と片手を上げれば、頭一つ分くらい小さなその少年は、一瞬金色の瞳を見開くと、すぐに無表情に戻りこちらをじっと見つめた。ナマエを挟んだその隣でパウリーと呼ばれていた男は、葉巻をくわえたまま、むすっとおれを睨みつける。この短時間で嫌われるようなことをした覚えはなかったが。どっちも可愛げのないガキだ、と思いながら、おれは近くにいた店主を呼び、適当に何か作ってくれるよう頼んだ。



「あんた、すぐ発つのか?」

「おいナマエ、てめえ…」



唐突に投げられた質問。出てきたピラフを口に運びながら、怖いもの知らずの若い二人を見る。一回りくらい年下に見える少年はおれをあんたと呼び捨てて、もう片方にいたっては、どうやら機嫌が悪いらしい。明らかに敵対心を剥き出しでこちらを睨み続けている。怖いもの知らずも行き過ぎれば、ただの命知らずだな、と口の中の米を咀嚼しながら、んーと生返事を返す。出港するのはできるだけ早いに越したことはない。幸い、船員たちを乗せた船もこの近くまで来ている。明日か明後日中には出港の準備をするかもしれねぇ、と、小さい割にしっかりとした物言いの少年へ、思わず大人にするかのように返事をしてしまう。そうか、と空を見つめる彼はなにか考えているようだった。その向こうでは、苛立った様子で、パウリーが、変なこと考えてんじゃねぇ、と少年を嗜め、葉巻の煙をため息と共に吐き出した。あぁ、もしかして、と隣で無表情に考えを巡らせているナマエの横顔を見る。彼は、向こう側で文句を垂れている友達の話など聞いている様子もなく、前を見つめる金色の瞳は妙に頑固そうだった。ふ、と口角が上がる。近くにあった水を飲み、頬杖をつきながらその少年の端整な横顔をもう一度確認してみるも、やはり意思の強そうな瞳は、迷っている様子はなさそうだ。おれの視線に気づいたのか、目線だけをこちらに向けた彼の、少し長い前髪を耳にかけてやれば、彼は人を見透かし暴くかのような、美しい瞳をすっと細める。こういう若者は嫌いじゃなかった。



「おれ達の仲間になるかい?」




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(おいオッサン、ナマエをそそのかすんじゃねぇよ!)(オッサンじゃねぇ、オニイサンだよい、クソガキ)(…絞め殺すぞ!!)(大体ナマエを口説くのにてめぇの許可は要らねぇだろうよい)(ナマエを呼び捨てにしてんじゃねぇよ、破廉恥バナナ野郎!)(ふたりともうるっせえよ!)((…………))







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