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エキサイトモーメント


窓から射す光の少なさが、いつでもこの部屋を薄暗くさせた。そのため、ここにくると普段の何倍もの眠気に襲われるのだと思う。外の喧騒や波の音も聞こえてこない部屋には、ただカリカリとペンを紙に走らせる音だけが響く。煙草とコーヒーの匂い。窓からのわずかな光が、時折部屋の其処彼処に置いてある金属の銃器に反射し、キラキラと光る。一番奥に置かれた大きな机には見たことのない道具や、模型が置いてあり、それから所狭しと紙が積まれている。その机の前で一日のほとんどをナマエは過ごしていた。つまり、ここに来れば大体ナマエの姿を見ることができた。以前、ナマエの見よう見まねで覚えたコーヒーの抽出を、隅に置かれたドリッパーにさせながら、部屋の中央に置かれたソファに腰を沈める。自身の視線の先には作業に集中する背中。あの服の下には、威力抜群のピストルが隠されていることを先日学んだばかりである。鈍く輝く触り心地の良さそうな銀髪。おれが部屋に入ってきていることに気付いているのか、いないのか、最近ではまるで空気のような扱いだ。しかし、それはナマエの秘密基地の共有が許されたかのような、そんな心地良さがあった。

キレてさえいなければ、本来無口で無愛想な彼は何かよくわからない線をひたすら図に書き足していく作業を繰り返していた。時間をかけてドリップの終えたコーヒーを、ナマエがいつも使っているマグカップに注ぎ入れ、静かにその背中に近づく。例えこの黒い液体の美味さがいまいちおれには理解しがたいものだったとしても、おれがこの男と会話をする術と言ったらこれくらいしかないのだ。カップを、広げられた紙の横に置く。本日初めて、動かし続けていたペンを持つ手がぴたりと止まり、目線だけでこちらを確認する金色の双眸。白い睫毛の向こう、薄暗い部屋の中でも鈍く光るそれは、いつ見ても、ため息が出そうになるほど綺麗だと思う。そんな瞳を持つ男に思わず息を飲み、そっと手を伸ばそうとした瞬間。



「触んな、殺すぞ」



カチリと、頭部に冷たい鉛の感触。ナマエはいつでも手の届く範囲に何か愛用の武器を置いている。そして、トリガーを引くその手は今まで一度だって一切の躊躇を見せたことがない。素早く手を戻し、じとりと睨みを利かせる瞳に苦笑いを返す。ふん、と鼻を鳴らした彼はピストルを机の元あった場所へ戻すと、湯気の立つカップに口をつけながら、椅子からゆっくり立ち上がった。習慣となっているのか彼はコーヒーを飲むとき必ずソファへ移動して休憩する。





〔エキサイトモーメント〕





コーヒーを一口飲み、机に置いたナマエは、煙草に火を点けて肺いっぱいに煙を吸い込んだ。おれが隣に腰を下ろしても無反応で、彼は背もたれにぐったりと寄りかかり、恐らくだがいつもより疲れているように見える。しばらくの間どこか空中を見つめていたかと思うと、酷くゆるやかに呼吸数が減っていき、穏やかに胸を上下させ始めた。ナマエが、急激な睡魔に襲われていることは一目瞭然。隣に座る彼は、煙草をくわえたまま、あっさりと意識を手放し、銀の睫毛が並ぶ白い瞼を閉じた。どうやら何日も寝ていなかったらしい。あっという間に夢の中に落ちていった彼の、今にも口からこぼれ落ちそうな煙草をそっと取り上げ、灰皿へ押し付ける。普段のでかい態度とは別に、寝顔は年相応だ。一世一代のチャンスを逃すまいと、少し体温の上がったナマエの体を自分の方へ傾けさせ、膝の上に銀色の頭を乗せる。無防備に自分の膝の上で晒される顔にかかる銀髪をそっと払い、凝視。何故だろう。初めてこの男を見た時から、腹の奥が熱くなるような、切なく締め上げられるような、不思議な体験をした。それが、どんな意味なのか気付いたのはここ最近のことだ。膝の上で静かに眠る銀髪に、この体勢にさせたのは自分の癖に、いろんな意味で身動きが取れなくなってしまった。



「やべぇ…」



好きかも、という思いはとうの昔に決着がついていた。おれはこの男が好きなのだ。それは本能といっても良い。腹の奥の方が更に熱を持ち始め、気付いたら、理性と葛藤している自分がいた。心の中で何度も、たまらねぇと連呼しながら、薄っすらと開いた形のいい唇を見つめる。ジェントルマンシップには反するけれど、一瞬くらいなら、と自分に言い訳をして、男の前髪を払い白い瞼に自分の唇を気付かれないようそっと合わせる。ピクリと動いた瞼の皮膚が唇を伝って届き、しまったと素早く離れたが、ナマエの様子に変化はなかった。寝てる時にしかこんなに距離が詰められないというのも情けない話だが、仕方ない。起きてる時に試みたところで結果は目に見えている。再び、細心の注意を払いながら、静かに眠る顔に近寄る。そこで、寝ている彼に隠れてキスなんかして自分は満足なのかなんて葛藤が頭をもたげた。なんだか男らしくないような、格好悪いような、しかし、起きているナマエを相手にここまでのことができるのか、ともう一人のおれがもっともらしい事を言う。形の良い誘うような唇を凝視し、するか、しないか、ただひたすらその事について考え、固まっている間に何か視線を感じておれは、はっと唇から目を離し、ナマエを見れば、眠たそうな両目が、おれを不審そうに見ていた。手は今にも背中に隠し持っている武器を取り出そうとしている。

しまったと慌てる思考の中で、おれは焦っていることを見せないように冷静さを取り繕い、妙に冴えてる頭の奥で、起きたならいいか、と後から思えば訳のわからない結論を出し、ナマエの唇に噛み付いた。それと同じくして腹を貫き、響く銃声。恐ろしいことに撃たれることに慣れ始めているらしいこの体は物怖じすることなく、ナマエの後頭部に手を回し唇を塞ぎ続けていた。再生する炎に、予測していなかったのか、腕の中で銀髪が身じろいだ。



「てめぇ、熱いんだよ!離せクソ!」

「ナマエが撃ったんだろ」



知るか、と怒声を飛ばすナマエの暴れる体を全身の力を腕に込め、後ろから抱き締めるように押さえ、ソファから彼が逃れようとするのを阻む。ナマエは決して弱くはないが、力比べでは到底おれには敵わない。離せ殺すぞ寄るな触るなと、暴言を並べるのも今だけは聞こえないふり。銀色の後ろ髪がこそばゆい首元に顔を埋めれば、ぎゃあ、と可愛げのない悲鳴が前から聞こえ、上半身が千切れんばかりに暴れていたナマエはそこでぱったりと大人しくなってしまった。顔は見えないが、少しだけカタカタと震える肩に、はっ、として、やり過ぎてしまったと慌てて解放してやる。その途端おれの腕から抜けた彼は瞬く間に、取れるだけの距離を取った。



「ナマエ、悪い。我慢できなくて」



おれの腕から逃れたナマエは、ゆっくりとこちらを振り向いた。震えていた彼だったが、金色の瞳は泣いてなんかも怯えてなんかもいなくて、氷のように無表情でおれを見つめ返した。それは彼の怒りのボルテージが上がっていることを示している。手には例の対能力者用の特性海楼石が込められたバズーカ砲を抱えて。彼の低い呟きがおれの耳に届いた。ぶっ殺す。





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あきゅろす。
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