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精神自壊


遠目に見える煙草の煙の主。おれはどうやらあの男に嫌われているらしい。あの男の名前はナマエというらしい。そして、この船の船大工らしい。それくらいしか知っていることはないが、嫌われている理由には自覚があった。別に人に好かれる好かれないを気に病むような人間ではないが、晴れて白ひげ海賊団に仲間入りして、大切なことを一つ学んだ。それはまさしく"船は壊すな"だ。白ひげ海賊団の教訓である。あの目つきの悪い男に、対能力者用の海楼石入りの砲弾が装填された特大のバズーカを真正面から撃ち放たれて、そのまま弾ごと海へと吹き飛ばされたり、戦車でも壊すのかってくらいに大きい鉄の金槌で、モグラ叩きのように、追いかけ回され、ボコボコにされたのは記憶に新しい。それもこれもおれが親父に何度も挑むたびに、この船を破壊していたからなのだけど。おれよりあの男の方が派手に壊していたような気がしないでもないが、この船の重要な守り事は理解した。問題は、理解した上で、いま自分が窮地と言える状況に陥っていることだ。もう一つナマエについて知っている事があったことを思い出した。今更、それに気付いたところで何の意味もないのだけど。あいつはブチギレると、怖い。

今まで自分は強いと思っていた。事実、恐らくそんなに弱くはない筈だが、しかし、この船にいると自信を失うほどにナマエを含め、訳がわからないほど強い奴らが多くいる。




「それで、一人で特訓したってわけね」

「これって不味いよな、サッチ」



はいはい、ヤバいヤバい、と明らかに他人事のように焼け焦げておまけに船の縁の一部は焼失してしまった箇所を見て、あーあ、とこちらを哀れむようなため息を漏らす。この現場状況から判断できるのは、あの男がキレるという未来だけ。しかし、言わないわけにもいかないだろう、と数分前に見事に船を燃やした自分を胸中で罵倒したい思いを抑え、作戦を考える。考えれば考えるほど、記憶ごとすべてを抹消したくなるが、トンッと肩に手を置かれて、横を見れば、サッチは仕方ねぇと、眉尻を器用に下げて、苦笑いしてみせた。短い期間だがサッチが困ってるやつを放っとかない良いやつだということはなんとなくわかっている。しかし、彼の口から出た打開策は何の言い訳のしようもないシンプルな計画だった。



「ナマエのとこに謝りに行こうぜ」



一緒に謝ってやるから、と付け加えて、サッチは肩を落とし、はー、深くため息をついた。そんな彼の姿におれは少しの罪悪感を覚えたが、まだ会話のキャッチボールどころか、罵声しか浴びせられたことのない相手に一人でこの悲しい事実を伝えに行くよりかは、サッチに犠牲になってもらおうと考え、腹を決める。




〔精神自壊〕




こちらの気持ちとは裏腹な快晴の下、気持ちの良い甲板の一画で、お気に入りの銃器たちを拡げて座り込み、黒々と光る鉛をオイルで丁寧に磨き上げる、どことなく楽しそうに見えなくもないナマエの元へと近づいて行く。おい、ちょっと機嫌が良さそうだぞ、と小声で話すサッチに、少しでも男の怒りが緩和されるならと、数日前にあの黒光りする武器たちに吹っ飛ばされたことを思い出し、胸を撫で下ろした。



「なんか用か?」



煙草をくわえ、慣れた手つきでガチャガチャと武器の動作確認をしながら、顔も上げずに男はそう言った。そこで、こんな風に普通に話したりしているところを間近に見るのは、そういえば初めてだと気付く。あの手に負えないキレてる状態が通常運転なのかと勝手に思ってしまっていたが、案外、落ち着いた静かな声と、目つきは変わらず悪いが、どこか海賊さに欠ける端正な顔立ち。容姿だけを見れば粗暴な印象は受けない。更によくよく見れば、でかい態度に似合わず、意外にも年は少し上か、同い年くらいに見えた。

思わずじっと男を観察するおれに、金色の瞳は不審そうに細められ、こっち見んな気持ち悪ィと、吐き捨てた。この可愛げのない口の利き方にサッチは慣れているようだったが、もし初対面の人間が彼に、何も知らずに話しかけようものなら、酷くショックを受けるに違いなかった。現におれも、こいつに殺されかけていたのかと思うと、複雑だ。そして、これから、再びあの惨劇を繰り返さなくてはならないと思うと、気分は重い。おれは痒くもない頬を手持ち無沙汰に指先で掻いて、普段あまり使うことのない頭を、最初に切り出す言葉を絞り出すために、フル稼働させた。横からサッチの視線を感じながら、そろそろ様子がおかしいことに勘付いたらしい金色の瞳に鋭く射抜かれ、らしくもなく変な汗が出てくる。



「えっと、悪ィ…ナマエ」

「…なにが」



すっと立ち上がったナマエは、たった今綺麗に磨かれたばかりの大口径銃を片手に持って、リボルバーに弾を淡々と装填し始める。隣にいたはずのサッチは、いつの間にかその場から忽然と消えて、狙いは完全におれに定められていた。前言撤回で、サッチは面倒見の良いただの薄情者に格下げだ。弾を込め終わった目の前の男は小気味良い音と共にリボルバーを仕舞うと、それを躊躇いもなくおれに向け、もう一度、なにが、と繰り返した。声は落ち着いているが、それがまた恐ろしい。どんな屈強な海賊相手にも物怖じしたことがなかったが、この圧倒的な蛇に睨まれた蛙状態は何故なのだろう。銃だって、効かないのだから怖いはずもないのだけれど、嫌な汗は止まりそうにない。無表情のまま何の合図もなしにトリガーに手をかけたナマエに慌てて謝る。しかし、船を壊しましたと言う言葉は続かず、それよりも先にピストルの弾はおれの頭を貫通していった。暗転。






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