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01 少量のサリドマイド



悪趣味な装飾を豪華に施した敵船が派手な火柱によって華々しく沈んでいくのを尻目にマルコは続々と船内へ運ばれてくる戦利品をデッキから見下ろしていた。とても海賊船には見えない豪華絢爛な敵船なだけあり、抱え込んでいた宝物なんかも大層な値打ちになりそうである。こんだけのお宝を積みながら、尚も白ひげ海賊団を襲おうなんてご苦労なことだ、とエースが暴れまわっているであろう船をもう一度確認すると、余程骨のない奴らだったのか、船は既に半壊済み。戦利品を抱えて続々と戻ってくる二番隊に隣にいたサッチは轟々と燃え上がる敵船を見ながら、おー、と感心の声を上げた。久々の収穫のおかげで今夜は例に漏れず宴になるだろう。しかも飛びきりお宝マニアな海賊船だったおかげで、もしかしたら良い酒も飲めるかもしれない、と期待を込めてマルコは甲板へ飛び降りた。それとほぼ同時にストライカーに乗った末息子が帰ってくる。しばらく平和な航海が続いたせいで運動不足だったらしいエースは清々しい面持ちだ。右手にしっかり抱えているのは、ぱんぱんに中身を詰まらせた布袋。十中八九食い物なのは間違いない。問題は、エースの左腕にあるものだった。正確には、ものみたいに抱えられた人間。おいおいそれは食い物じゃねえぞ、とマルコはエースの左腕でぐったりとうなだれている半裸の男を見て顔を引きつらせた。



「なんだいそいつは」

「…捕虜?」



敵船の牢みたいな場所にいたから連れてきた、と悪びれた様子もなく男と食料を甲板の上に置いたエースに、マルコは自然と自身の眉間による皺を押さえた。エースの腕からどさりと甲板に落ちた男は乱暴なエースの扱いに、派手な銀髪頭を床に鈍い音を立てて打ち付けたが、ぴくりとも動かない。マルコは何でもかんでも拾ってくるんじゃねえ、とエースを一喝し、ぐったりとしている男の横にしゃがみ込んだ。仰向けに体を転がすと、少し鬱陶しい前髪の下で死んだように開かない両目。歳はエースと同じか、少し上くらいだろう。男は女好きのする美しい顔をしていた。ガキの絵本に出てくる王子様のような。海の男にしては白い肌は体質だろうが、そうだとしても血の気がない。マルコは本当に死んでるんじゃないだろうかとため息を吐きたいのをこらえて、頸動脈に指を当てた。その瞬間、倒れていた男の冷たい手の平がマルコの無防備だった腕を掴み、彼の額には冷たい鉛の感覚。目を見開くマルコに突きつけた拳銃の引き金を、男は一瞬の躊躇いもなく引いた。マルコは銃声を聞くよりも先に目の前が真っ白になったが、不死鳥の能力ですぐに復活する。心底この能力があってよかったと思った瞬間だ。マルコは男の手にしていた拳銃を掴んで真横へ振り払った。油断していたとはいえ脳天をぶち抜かれたのだから、心中は穏やかでいられる訳がない。



「…ん?」



男のこれまた顔面に負けず劣らずの美しい色素の薄い両目がマルコを視認した途端に見開かれ、形の整った眉を器用に片方だけ持ち上げる。相変わらず青白い顔のまま、頭が痛むのか男はこめかみを押さえながら目の前で渋い顔をするマルコや、見慣れない船をぐるりと視線だけ動かし見回した。そして再び、んー?と確信を持って首を傾げる。マルコの額をぶち抜いたことに関して、どうやら謝る気はないらしい。

男はゆっくり自身の記憶を辿った。ついさっきまで、ちょっと痛々しい性癖を持った海賊船の船長に、独房みたいな部屋へ閉じ込められていたはずだ、と。その証拠に手首には、ロープの痣がきちんと残っている。耳元で一生出してやらない宣言をされてからは、ああ、おれの一生はこの変態おやじに弄ばれながら、ここで幕を閉じるんだなあと落胆したのも割と最近の出来事だ。それからは覚えていない。たぶん飲まず食わずで意識を失っていたのだろう。何日経過したのかすらわからないが、ここは確実に知らない場所だ。目の前には見覚えのない個性的な髪型をしたおっさんが、怖い顔をしてこちらを見ている。首を触られて咄嗟に額を撃ってしまったが、なんだかよくわからない超能力で青色の炎ごと弾痕を消した。そこまで考えた末に、ますます状況が掴めなくなった男は、うーん、と三度目になる声を発した。



「…エース、ちゃんと面倒みろよい」

「え、おれ!?」



エースの肩へ手を乗せたマルコは、珍しく笑みを浮かべていたが、エースにはマルコの額に浮かび上がる青筋が見えた気がした。拾ってきてしまったのは自分だが、男の拘束されたあの状況を見たらきっと自分でなくても助けたはずだ。それが、たまたま自分だっただけで、と文句を付けたいのは山々だったが、恐ろしいマルコの笑顔を前にしては反論の余地もない。エースは渋々マルコの頭をいきなり撃ち抜いたとんでもない男の面倒を不本意ながらもしばらく見ることにした。





〔少量のサリドマイド〕





「とりあえずこれ着とけ」



ナマエと名乗った男を部屋に招き入れたエースは、普段はあまり使われることのないシャツを引っ張り出して男へ放り投げた。細身の彼には少しサイズが大きいが、男の体のいたるところに付けられた鬱血痕を放り出したまま船内を歩かれるよりは何十倍もましだろう。シャツのボタンを閉めていくナマエを見守りながら、エースはことの経緯を説明した。ここは海賊船の上であることと、襲ってきた敵船にナマエがいたことをだ。話の一部始終を聞き終えた彼は、少しこめかみを押さえて何か考えているようだったが、そうかと頷くと口角だけを上げて、困った様子もないくせに、参ったな、と笑った。



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(つーか、何で捕まってたんだよ)(世の中には理解を越えた所有欲を持つ変態がいんだよ)(へー、まあ確かにナマエってきれーだし、蝶みてーだから飼いたくなる気持ちはわかるぜ)(は?ん?え?……あ、寝んなよ)









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