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05 むずかしい回答



夏休みもあと数日で終わりかけだが、明日は他校との練習試合が控えていた。しかし、相変わらず律儀に朝からやってくるナマエは、今日もいつも通り変わらず部活に顔を出した。夜はほとんど家庭教師のバイトの為に帰るが、どうやら昼間は本当に暇らしい。いつの間にかチームの奴らとも仲良くやっている。夏休みも終わりかけの最近は特に、みんなが溜めに溜め込んでいた課題を教えて貰う為に引っ張りだこだ。バイトがない時なんかはなぜか一緒に学校へ泊まったりして、おれはナマエがいたチームがまだそこにいるようだと思った。

すっかり日も落ち、唯一明かりのついている教室へ足を運ぶ。ミーティングには興味がないのか一人別の教室にいたナマエは、何やら机に向かってひたすら作業をしていた。おれの存在には気づいていないらしい。静かな部屋にペンを走らせる音の中、ナマエ、とその背中に声をかければ、ペンの音は止まり、きれいな金色の瞳がおれを振り向いた。銀髪の下で少し驚いたように見開かれた瞳が、おれを視認したあと柔らかく細められる。びっくりさせんな、と小さく笑っておれに文句を付けるナマエ。おれは昔よくこの人の視線を独り占めしたいと思っていた。それから、今も。ナマエの座っている机に近付いて、手元を覗き込む。器用に片手で赤ペンを回した彼は、おれを見て悪戯っぽく笑った。



「丸付けする?」

「遠慮しとくよい」



残念、とおどけたナマエは、再び答案用紙に丸やバツを付け、最後に右下の四角いマスの中へ86と数字を走らせた。良くも悪くもない点数を見て、ナマエはいたく感動しているようだったが、話が長くなりそうなので、あまり触れないことにした。それより、今日の夕飯はどうするのかと聞けば、手元の答案用紙をまとめ立ち上がったナマエは、行く、と二つ返事で返す。ちなみに今日のメニューは冷やし中華だ、と告げればナマエは、サッチはいちいちおれのツボを抑えている、と嬉しそうに破顔した。細められた両目に飽きもせずに心臓が飛び跳ねる。思わず、砂まみれのおれとは違う小綺麗なナマエのTシャツを引いて、腕の中へきつく閉じ込めた。首元へ顔を寄せれば、ふわふわの銀髪がおれの鼻先をくすぐる。突然のことに腕の中で身を固くした彼は、いかにも困惑した声でおれの名を呼んだ。やってしまった。ゆっくりとナマエの両肩を押して、密着していた距離を空ける。おれを凝視する両目が、一体何だと訴えていた。咄嗟に出そうになる言葉を飲み下して、行こう、と告げれば、釈然としない様子なのは瞭然だったが、これ以上の言及はしないらしい。わかったと一言だけ告げて、薄暗い廊下へ足を踏み出した。おれはナマエの背中を追いながら、やけに良い匂いをさせていた彼の首筋を思い出して腹の奥が熱く熱くなっていくのを歯を食いしばって堪えた。





〔むずかしい回答〕






ナマエは何も聞かなかったし、おれも何も言わなかった。いつもみたいな会話も普通にこなして、さっきの事なんて夢だったのかもしれないと思ったが、おれの鼻先をくすぐった彼の銀髪を見る度に頭の中で熱が生まれる。今日はもうさっさと寝て、明日の試合に備えるつもりだったが、どうも今日は眠れなかった。別に眠くなかった訳じゃなくて、今日はいつもよりやけに騒がしい気がした。用に立つ為にか、合宿所の襖を開け閉めする音もいつもより多いような気もしたし、小さな話し声もたくさんあったような気がした。

さっきの今だから、もしかしたらもうおれの失態が、面白おかしく脚色されて話題に上がってるんじゃないかと、いよいよ疑心暗鬼になり始め、ゆっくり起き上がった時、半分以上の奴がごっそりと部屋からいなくなっていた。当たり前のように、エースとサッチ、それからナマエも。明日は練習試合だというのに、一体どういうつもりだ。おれは合宿所を出て暗い廊下へ出ると、すぐに一つだけ小さな明かりの灯る部屋を見つけた。確かあそこは唯一テレビのある部屋で、他校のプレーをビデオで見る時なんかに使った場所だ。概ね想像がついて、溜め息が漏れる。おれは勢いよく部屋の襖を開けた。



「やべ、マルコきた!」



まず一番最初に声をあげたサッチの言葉を聞き、慌て逃げ出した奴が数名。エースがテレビ画面の下でガチャガチャと忙しなく手を動かして、ビデオを抜こうとしていたが、どうやら壊したらしい。やけにピンクに光っている画面では、不細工な顔をした胸のデカい女が男の一物をくわえ込んだ映像が流れている。やはりこんなことだろうと思った。誤魔化し笑おうとするサッチを睨みつければ、蜘蛛の子を散らすみたいに部屋から逃げていく。ど真ん中に座っていたナマエは、たった一人、あー、と残念そうに既にサッチ達が逃げ出した廊下を見てから、その前に立ちはだかるおれを見上げた。逃げ足早いな、さすが、とどうでもよさそうにぼやいてから、ナマエはまたテレビへと向き直った。いやらしい水音が女の口から、テレビのスピーカーを伝って部屋へ流れ出す。おれは無性に腹が立ったので、ナマエの華奢な背中を蹴飛ばした。

痛い、と大袈裟に声を上げたナマエがじとりとおれを睨みつける。別にエロビデオくらいどうってことないだろ、と抑揚のない文句の声を上げるナマエに、明日もし試合に負けたら責任もとれない癖に無責任なことを言うな、と苛つき任せに怒鳴れば、ひくりと顔を引きつらせたナマエが立ち上がり、おれの襟首をひっ掴んだ。



「だったら、おれが何でも責任取ってやるよ!」



欲求不満だからって八つ当たりしてんじゃねえ、と吐き捨て、ナマエは細い腕でおれの胸を強く押した。頭に昇った熱が急に冷えてくのがわかった気がして、咄嗟に彼の手首を掴んだ。不満そうにおれを見つめる両目を通り抜け、ナマエの背後のビデオへ目を向ける。おれは、彼の細くて折れてしまいそうな手首を引き寄せて、未だ粘着質な音を垂れ流すテレビ画面を指差した。相変わらず女は、不味そうな性器をひたすら舐めている。こうなったらもう、自棄だ。



「明日試合に勝ったら、あれ、やらせろよい」

「は…?」



ナマエはピンクのテレビ画面とおれを交互に見て、さっと顔を青ざめさせた。おれは、ナマエが言葉を発するよりも先に、腕を離して部屋を出て、急いで部屋へ戻る廊下を歩く。心臓がおかしくなる位に飛び跳ね過ぎて、息ができないほどに苦しかった。







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あきゅろす。
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