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04 エポックメーキング



小さい時なりたかったのは子どもの頃よく見ていたサンダーバードの操縦士。百五十トンものロケットが時速二万四千キロで突っ走る夢の乗り物。今でもできるなら乗ってみたいくらいだ。おれが昔サンダーバードを華麗に操縦するトレーシーの長男坊を夢見ていた時と、サッカーの試合をしている時の感覚はよく似ていた。何よりも速く速く突き抜け、風よりも速いスピードで大気圏を突破しようとしていたあの時と。おれは、サッカーをしている時は何にも負ける気がしないと思うほどだった。おれは確かにあの時、サンダーバードの操縦士だったんだ。



「サンダーバード?って何だ?」

「…信じられない」



おれは耳を疑った。男の子のロマンと言えばサンダーバードだろう。そんな根本的なことを知らずにエースはおれの長い話を聞いていたのだとわかると、まったく悪気のなさそうなその横っ面を叩きたくなった。知らないなら知らないで先に言えばいいのに!脱力するおれの肩をサッチが同情するように叩いた。聞いた話によると、どうやらエースはおれと同じポジションで、おまけにこのおれを越えるなんて言い張っていたらしい。それなら当然、サンダーバードという道は通らずにはいられないはずだ。必ず誰もが通る道をエースは、まだ拝んですらいない。つまり、今はサッカーどころか人間として半人前状態だ。ポートガスではなくガスだ。そんな奴がおれを越えるなんて、断言しよう。できるわけがない。よし、とおれは早急に決断し、エースの胸を軽く叩いた。今から帰って一緒にDVDを見よう。そう言うと、エースは嫌そうに唇を尖らせておれの手を振りほどいた。



「ダンサーバンドだか、バーガーサンドだか知らねえけど、おれはサッカーがやりてえんだよ」



ロケットの操縦士なんて興味ねぇ、とエースは言い切った。おれはサンダーバードをバーガーサンドと聞き間違えるやつは初めてだ。そんなにサッカーがやりたいなら、やらせてやってもいいが、世界最高峰のロケットも知らない生意気なガキに、上には上がいるということを叩き込んでやろう。たまには、本気を出さないとな。

おれはエースにゲームを提案した。ルールは簡単。おれからボールを奪うだけ。もしエースがおれに万が一にでも勝った時はこのままサッカーを続けてやってもいいが、もちろんおれが勝ったら大人しくDVD鑑賞会だ。どうする、とからってやればエースみたいな激情型はチョロい。案の定、やってやるよと乗り気なエースに、かかったなと内心でほくそ笑んだ。事の成り行きを見守っていたサッチからボールを一つもらう。サッチは哀れむような視線をエースへ送っていた。それもそのはずだ。このゲームでおれからボールを奪えた奴は今までたったの一人だっていないから。おれは勝算のない博打は打たないのだ。またやってんのか、と呆れ顔で近づいてきたマルコがおれとエースを交互に見た。マルコは既にサンダーバード鑑賞会という道を通ってきた強者だ。がんばれよ、とエースの肩を叩いた彼は同時に前々から思っていたんだが、とおれを振り向いた。



「ナマエのその妙な基準はなんなんだよい」



まあまあ何でもいいじゃないか、と実はただのおれの暇つぶしであることを隠して、笑って誤魔化す。鋭いマルコは訝しげな視線を送りつけてきたが、エースに早くやろうと急かされて、おれ達二人はグラウンドへ出た。リフティングしながら久々の感覚を取り戻すように体を動かしてみたが、ぎこちない。それでもやっぱりサッカーは染み付いているせいか、体は勝手に動く。この高校でまたこんな事をする日が来るなんて思ってもみなかった。

サッチの告げたスタートの合図と同時に、エースは真っ直ぐおれに向かって走り出した。攻撃の花形ポジションなだけあって、足は速いらしい。しかし、直球で向かって来るだけでおれからボールを奪えるはずはない。突き出された右足をすり抜け、リフティングで頭上へ球を運べば、彼は下を見ていた眼球を上に動かしおれを捉えると黒い瞳を鋭く光らせた。獲物を目の前にした捕食者みたいに。なかなか筋はいい。けれどまだ動きが雑で、次にどう動くのか、おれには手に取るようにわかった。





〔エポックメーキング〕





「っだあ!取れねえ!」

「エースは雑すぎんだよ、全てにおいて」



かれこれもう一時間以上はずっと同じことを繰り返したが一向にボールがエースの方へ転がることはない。本人は本人なりに頭を使っているみたいだけれど、状況は良くも悪くもなっていない。休憩しようと促せば、彼は渋々頷いてベンチへ水を取りに走った。小さくなった彼の背中をのんびり追いかけながら、ポジション別に分かれて練習に励むチームを見た。均一にバランスの取れていたおれ達の代に比べるとディフェンスに特化していそうな奴は見受けられないが、守り攻め関係なく、もれなく全部のポジションに血の気の多そうなやつがいる。マルコが、今年のチームには癖があるが、良いチームだと自信ありげに言ったのを思い出した。あれでマルコも、実はサッカーのプレーはかなり熱い方だ。きっと毎度面白い試合を繰り広げていることだろう。ベンチにだらしなく腰を下ろしたエースの横に座って、水を手に取る。エースは、おれからボールが奪えないのがショックだったのか、ずっと考えごとをしているようだった。エースは背が高いし、パワーもある。フォワードには良くいるタイプだが、おれはこのチビチビ言われる体でそういう奴らを相手にしてきたのだから、そう簡単に負けてやるわけにはいかない。



「エースはボールを目で追いすぎだな」



思い当たる節でもあるのか、エースは目を反らした。こういう素直さがプレーにも時々出ている。ボールを目で追うと、体のフリだけでなく視線だけでも次にどうしようとしているのかわかってしまうのだ。呼吸をするみたいに意識しないでもボールを蹴ることができるようにならないと相手の動きは読めないし、自分の動きは読まれる。ガリガリと頭を掻いた彼は休憩もそこそこに立ち上がると、再開だ、とおれの腕を強引に引いた。手のひらから伝わる体温が皮膚を熱くさせた。二年間ほとんど運動をしてこなかったおれの体力をあまり見くびらないで欲しい。もうあと20分位は休んだっていいんじゃないか、と言いかけた時、いつの間にいたのかマルコがエースの手首を掴んで、おれの横に立っていた。青い瞳がおれを見てから、エースに向けてにやりと笑う。



「どうだい、調子は?」

「全然ダメダメだよ、な?エース」

「なんでナマエが答えんだよ!」



くっと喉を鳴らしたマルコは、やっぱりな、と笑った。どうしてそんな事を聞きにきたのかと思えば、マルコは大きく大きく伸びをして、あの青い瞳に挑戦的な笑みを浮かべておれを見た。こいつこんな顔もできるのか、なんて悪戯を思いついた子供みたいなマルコを見つめ返した。しかし、嫌な予感しかしない。面倒くさそうだし逃げよう、と背を向けた瞬間勢いよく襟元を掴まれ首が締まる。薄れそうになる視界で、マルコの不似合いに可愛らしい唇がにやりと歪んだのを、おれは見た。



「じゃあ、おれとも一勝負してもらうよい」







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