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01 絶望を奇跡と呼びかえて



「今日も一段とやる気なさげだな」

「うるせえよい」



教室へ入ってくるなり、開口一番にむかつく言葉を投げかけてきたサッチは、隣に座った。この暑い中、クーラーもない教室にいたら誰だってやる気はなくなる。グラウンドで行われている野球部の試合を眼下におさめながら、真夏の暑さも今日まででしょうと告げた、今朝の天気予報士をぼんやりと浮かべた。こんなに暑いのに明日からぱったりと涼しさが戻ってくるなんていうのは、あまり考えられなかった。サッカー部に夏休みなんていうのは名ばかりで、ほぼ半分以上の休みを学校に合宿で泊まり込み、ミーティングやら練習に費やしている。机に行儀悪く頬杖をついて、サッカー部の顧問が何やら熱心に話しているのを聞きながら欠伸を噛み殺した。高校に入って三度目の夏も、もう終わる。地区予選、県大会を勝ち抜いた我らのサッカー部は無事数名が全国大会の選抜チームに選ばれ、おれにとってはこの全国大会のどこかが引退試合となるわけだ。うちの高校から、関東選抜チームに選ばれたのは、三年のおれとサッチ、それから二年のエース。夏休みが終われば、毎週土曜と日曜に指定の国内最大級の練習グラウンド場へ足を運ばなくてはならない。色々な期待を背負って行くのだから、そりゃあ部にとっては大イベントだ。

おれが一年の時、三年に天才ストライカーがいた。夏のこの時期にはよく思い出す。それくらい、あの男はおれに強烈な衝撃を与えた。毎年恒例の夏合宿初日で、初めて二年と三年の練習試合を見た時、噂にだけ聞いていた天才と呼ばれているナマエのプレーを目の当たりにした。誰よりも体の小さいナマエは、力が強い方ではなかったけれどコートの中では一番速くて、ボールを持った彼にですら誰も追いつけなかった。一際存在感を放つ銀髪を揺らして、風のように駆け抜けていく。今でも鮮明に思い出せるくらいだ。おれが今まで見てきた中で、彼のやるサッカーが最高だった。





〔絶望を奇跡と呼びかえて〕





体力的にほとんど限界を向かえ始めていた後半残り十分のところで本日初めて失点を許した。点数は一対一。ここで俺たちのチームが勝たなければ、全国大会への切符は奪えない。それは強豪高校である相手も同じだった。状況は相手側のコートにばかりボールが回り、有利とはとても言えない。緊迫した空気が漂う。いつまでもボールを奪えないようなので、中盤から離れおれも行こうかと芝生を踏み出した時だ。相手の攻撃の名手が槍のようなスピードのボールをゴールに向けて打ち込んだのを見て、息を飲んだ。しかし、ジョズによって跳ね返されたそれに、再びチームの集中力が蘇る。ゴールが入らなかったことに様々な反応を返す外野などまったく構わず、コートの中は再びざわめき出す。

試合時間は残り五分、絶望的だった。しかし、つぎの瞬間うちのチームのユニフォームが、ボールを奪った。小さな体に派手な銀髪。おれの背後にいた攻撃選手のはずのナマエが、一番最後尾、いつのまにかゴールの目の前に移動していたのだ。陣形を無視するにも限度があるだろう。背後を振り返れば、案の定おれ以外に二人ほどしか立っていなかった。これじゃあ、ボールが奪えても攻撃ができない。そう思った時、ナマエと視線があった。



「死守しろよ、マルコ!」



残り二分、コートに響く大声と共に、ナマエはとてもロングパスとは思えないようなスピードでおれにボールを寄越した。それを受け取りゴールへ走る。コートの真ん中を突っ走るおれの前をナマエに置き去りにされた攻撃選手が走っているのが視界に見え、どっちにもディフェンスが張り付いているが、おれも限界が近いのでパスを出そうかと思った時、マークを振り切って一人ゴール前を走っているナマエが視界に飛び込んだ。どんだけ足が速いんだよと思わずにはいられないが、ナマエへボールを蹴る。それを受け取った彼は、地面に触れるより先に勢いよくゴールへ放った。まるで格闘技みたいなナマエの蹴り方だったが、ボールはキーパーの手をやすやすとすり抜け、ネットにぶつかった途端終了のホイッスルが響いた。結果は二対一で、おれたちは後半たった五分で奇跡の切符をもぎ取った。ナマエはおれの所へやってくると、いつものように笑いながらおれの胸を叩いた。



「マルコがいたから、ぜってー勝てると思ったんだ」



それはこっちのセリフだ。ほぼ希望を捨てていたおれにとって、ナマエの言葉はなんだか少し、居心地が悪いものだった。



「おい、マルコどうすんだよ!」



背後のエースの声に我に返って、もうナマエのいないコートを見た。残り十五分、一対一、相手側が優勢気味。状況はあの時と一緒だ。ナマエが卒業し、彼のポジションには血気盛んなエースが入った。一つ下のエースの代はナマエのことを知ってるやつがいない。最早、伝説の人間と化している説もあるが、ナマエがいた時に負けず劣らず、骨のあるチームがここにはある。そして、確かにおれはナマエがいた時にいつも感じていた風を、今もなお感じていた。勝てる、という言い知れぬ自信が湧いてくるのだ。



「諦めてんじゃねえだろうな、エース」

「…諦めてねえよ!」



ムキになるエースを置いて、おれはポジションを外れ、相手側のゴールへ走った。ナマエのいたチームのつぎの代から、やたら陣形を無視する型破りな奴が増えたのは、十中八九あいつのせいだと思う。相手側からボールをもぎ取り、遠慮なくエースへ向かって蹴り飛ばす。ちょっと速かったか、と思ったが、エースなら取れるだろうという自信があったから、あいつに投げた。きっとナマエもあの時こんな気持ちだったのだろう。もちろん期待を裏切らず、ボールを受け取り、ゴールへ走り出したエースの背中を見守る。追い風が、おれの体を通り抜けた。これは勝てる流れだ。そう確信した時、歓声とホイッスルが重なった。








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