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09 本当は本当は本当は、ね


部屋の中から聞こえてくる息を詰めたような切ない鳴き声に脱力感と苛立ちを覚えた。それはエースになのか、ナマエになのか、はたまた自身に対する苛立ちなのかは自分でもよく理解できない不可思議なものだったが、もやもやと脳内を支配していくこの感情の名前を知っていた。ただおれはそれを認めたくないだけなのだと思う。扉に背を預けて煙草に火を点け深く深く煙を吸う。あまりに無意識だった一連の行動に自分でも驚くほど動揺していたのだと気付いて、おれは溜め息と一緒に灰色を吐き出した。薄い木の扉、一枚向こう側でいままさにナマエとエースがセックスをしているのだと思うといますぐこの扉を蹴破り、急ぎの書類をエースのやつに叩きつけてしまいたい衝動に駆られる。けどそんな事はできるわけがないのだ。わずかばかりの抵抗も虚しくなり、背中を扉から浮かし出直すかと歩き出そうとした時、扉の向こうで小さくくぐもった声で喘ぐナマエが、確かに、おれの名前を呼んだ。





09.本当は本当は本当は、ね





苛々する。舌を打つが、ナマエの泣き出しそうな声を聞いた瞬間、床に縫い付けられたみたいにぴくりとも足が動かなくなった。本当に苛々する。いつも浮かべている薄ら笑いから紡がれるようなくだらない冗談とは違う、切迫した声。くそ、と悪態を吐き腹を決めた瞬間、びくともしなかった足は簡単に床から離れた。扉に手をかけドアノブをまわす。心は自分でも驚くほどに冷静だった。



「邪魔するよい」



まず初めに視線があったエースは、ベッドの上で動きを止めておれを見た。驚いた様子がないのはおれが来ていたことに気付いていたからだろう。目を反らしたエースがずるりとナマエのナカから自身の性器を抜き、同時に白濁色の液体がナマエから溢れ出す。静かな部屋に舌打ちが響いた。エースの下、霰もない姿で腹這いになっているナマエは、ぶるりと身体を震わせると荒い呼吸を繰り返しながらぐったりとシーツに沈み込んだ。

どっちの趣味かなんて大体予想はつくが、ナマエの両目は黒い布で覆われていて見えない。しかし、おれの存在にはちゃんと気付いたらしく、彼はシーツに顔を埋めると黙り込んでしまった。しかし、嗚咽を噛み殺しているのは瞭然だ。そんなナマエにシーツをかぶせると苛立った様子でエースがおれを一瞥し、何か用か、と言うから、答える代わりに二人のいるベッドへ近づき、その裸の胸に明日の朝までが提出期限の書類を押し付けてやる。それが気に障ったのか、勢いよく立ち上がったエースはおれの襟首を掴み今にも噛みつきそうな形相を浮かべて唸る。気持ちはわからなくもないが、苛立っているのはおれも同じで、冷静になんていられるわけもなかった。



「こんなもん…っ!」

「…あと、誰かさんに名前を呼ばれたんでな」



シーツに丸まったナマエが布越しに震えたのがわかる。否定のしようもない事実にエースも歯噛みして眉間に皺を寄せた。ナマエがおれの名を呼ぶのを一番近くで聞いたのはエースだ。わずかな優越感と猛烈な嫉妬も抑え込むおれの理性は優秀なもので、掴まれた腕を振り払う。離れていったエースは、おれが、と言葉を詰まらせた。



「おれがあんたの名前を呼ばせてたんだ、ナマエに」

「あ゙?」

「そーゆうプレーだっつってんだよ」



聞き捨てならないセリフに苛立ちが最高潮に達したが、てっきり勝ち誇った顔でもしているのだろうと思ったエースの表情は見えなかった。おれから離れていきベッドに深く座りこんだエースは自身の頭を抱えてナマエの名前を呼んだ。それにも反応を返さないナマエに痺れを切らしたエースは彼の腕を拘束していた紐と視界を覆う黒布を解き、シーツごとベッドから彼を突き落とすと、行けよ、と怒鳴った。そして、それだけ言うとおれ達から背を向け、深くベッドに座り込み何も言わずに黙り込む。シーツで裸を覆い隠したナマエは床から立ち上がると困ったように眉をハの字にさせてエースの背を泣き腫らした目で見つめていた。おれもこの男も自分の恋愛から逃げ回っていた結果が招いた事だ。戸惑うナマエが掠れた声でエースの名前を呼ぼうとする前におれはその口を手で塞いで、部屋から引きずり出した。

そのまま自室へナマエを無理矢理押し入れてベッドへと座らせる。ボロボロと涙を流すナマエは、自分のしてしまったことを嘆いていた。そんな事を言われたらおれだって酷いことはたくさんしてきた。言い出せばキリがない。過ぎた時間は取り戻せないのだから虚しさばかりが募るだけなのだから認めるしかないのだ。自分が最低であること、ナマエを好きであること。すべてを許してくれたエースには感謝以外の思いは見つからなかった。



「なんでお前はおれのところに来ねえんだよい」



シーツ越しに細い身体を抱き寄せると、子供のようにわあわあと泣くナマエに溜め息が漏れる。この男が一体なにを思っていたのかは計り知れないが、一度だってナマエがおれのところに来たことはなかった。おれを好きだという。けれどナマエの相手をするのはいつだっておれ以外の誰かで、最初はからかわれていると思っていたくらいだ。だからナマエを毛嫌いしていた。しかし、おればかりがナマエの事を攻めることはできないのだ。泣き声を漏らすナマエをベッドに寝かせて、涙で頬に張り付いた前髪を丁寧に払う。際限なく涙を生む閉じられた白い瞼に口付けても、ナマエの瞳はやっぱり開かれなかった。






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