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sospensione temporanea



「そんなに気になるなら探してくりゃあいいだろう」



もうあと数日したらこの島を発たなくてはならい。だからか、ここ最近は連日連夜に渡って宴会を繰り返していた。しかし、今日はいつものように楽しく騒いで呑むことができない。近頃、酒も呑まないナマエを宴会に無理矢理連れてきては、おれのそばに座らせていたものだから余計に気がかりで仕方ない。一人で飛び出していってしまったナマエだったが、今まで一人で旅をしてきたのだから、そう心配する必要もないはずなのだ。しかし今頃どこかで死んでいるなんてこともありえそうで笑えない。おかげでまったく酒が進まない。何度目かもわからない溜め息を吐いた時、先に痺れを切らしたベンがおれを小突いた。

その通りなのだが、あの時ナマエは、見えていないはずの双眸に確かに拒絶を称えていた。あいつがおれに心を開いていないことも、海賊が嫌いなことも、何より大切な弟がこの世にいないことも知っている。その上で、あの瞳は殺してくれと訴えていた。あれは生きることを拒絶した目だ。まだそんなに年も重ねていないであろうナマエのその瞳に見つめられた時、おれは一瞬動けなくなった。これ以上彼を傷つけるようなことは何もできないと思った。悲しみに世界を覆われたような、希望の光を幻に霞ませるような、明日などこないかのような人の心を折る瞳だった。真っ直ぐに純粋にこの世へ生きる意味を失わさせるようなそんな色。



「お頭はそういうのをこじ開けるの得意だろ」



ヤソップが酒を煽りながら、おれに向かって指を指す。別にそんな荒療治が得意なつもりはないが、結局おれは探しに行くことにした。考えたところでおれの心が満足する訳もなく、後悔だけはしないように、と思い立ち上がる。せめて最後に海賊が決して悪い奴らばかりではないということを説明してから行こう。そしてあわよくばナマエを仲間に引き込んでやろうと目論んでマントを羽織る。たった一度だけの人生をナマエはあんなに生き急ぐ必要はないのだ。





04.sospensione temporanea(一時的な停止)





海岸で夜闇に溶け込む銀髪を見つけ、ナマエはまだ気付いていないであろう距離で何気なくその姿を遠目に観察する。月明かりをほんの少しだけ反射する髪は昼間よりもくすんでいるように見えた。ぴくりとも動かず身の丈に合わない大剣を背中にかけた彼はただひたすらに海を見ている。やわらかな砂浜へ足を踏み入れ月明かりの下に浮かび上がる銀色への距離を詰めれば、ゆっくりと振り向いたナマエはおれを咎めるような瞳を向けた。彼を取り囲むよどみのない空気はおれや海賊の強欲なそれを暴くように研ぎ澄まされ、おれのことなど見え透いているとでも言いたげな光を通さないはずの金色の瞳は心の奥を無遠慮に覗く。隠した場所すらも見つめられているようなそんな居心地の悪さを覚えた。しかし、だからこそ、欲しい、と思う。孤高の彼を手に入れたいと思う。これは片思いだ。

雲の影に遮られ灰色く濁り始めた月。雲の隙間から漏れる光が時の流れを鈍らせる。小さく絞り出すような声でナマエがおれを拒絶する言葉を吐き出したが、構わず彼との距離を詰め、目の前に立つ。視界に映らなくともこれくらいのことがナマエにわからない訳がない。肩を掴もうと手を伸ばせば、あまりにも正確に叩き落とされる。それほどにナマエはいま気配に敏感になっていた。手負いの獣のように毛を逆立て、温厚な彼には似合わないほどの殺気を纏わし、手にはあの大剣を握っていた。見た目はいつも通りの無表情だが、完全に頭に血が上っているのだろう。張りつめた空気に溜め息を吐きたくなるのを堪え自身の剣を抜く。その刹那大きく剣をなぎ払ったナマエの攻撃を避けて、剣をその華奢な手から弾き飛ばした。砂浜に沈みこんだ彼の頭の横に落ちた大剣。おれの下で荒く呼吸を繰り返しながらも逆上した金色はぎらぎらと怪しく輝いていた。おれに勝てると思ったか、と冗談まじりに笑ってみせれば、ふとナマエの纏っていた空気が緩み、ついにはくしゃりと歪んだ目下のポーカーフェイス。見られたくないとばかりにそれを両手で覆い隠した彼は、やはり一人にするには弱すぎる。



「殺してよ、シャンクス」

「生き急ぐな、ナマエ」



ナマエの上から退き、その細い腕を引けば大人しく立ち上がった彼は絶望の色をした瞳で海を見ていた。ここで死ねないことに落胆でもしているのか。だとしたら、それは見過ごしてやることはできない。よろよろと大剣を拾うナマエの華奢な体をそっと抱き寄せれば、今度はさっきのように腕を叩き落とされることも、拒絶を口にされることもなかった。代わりに小さく啜り泣く音が波の音よりも微かに静かに聞こえた。案外泣き虫な彼のやわらかな銀髪を撫でながら、もう一度おれが海賊であることを説明する。海賊にも色々いるけれど、おれ達は決してナマエを傷つけたりはしないと約束するから信じてほしい、と。

すっかり力もさっきの覇気も抜け落ちたナマエはおれの腕の中で、静かにいつまでも泣き続けた。生きることを辛いと思うことは誰にでもある。未来を描けない時、過去を後悔する時、自分を恨みたくなるような時。それでも生きてれば人は人と出会い、生きてる意味を見いだせるような生き物だ。ナマエは死ぬには早すぎる。単純にもったいないと思う。しかし、暗闇の底にいる人間にとって自分自身でその事に気付くのは至極困難なのだ。だから、そのためにナマエとおれは出会ったのだろう。



「さ、帰るぞナマエ」

「な、に、言って」

「その剣の腕で旅に行かせることはできねえ」



心配すぎる。これは事実だ。眉間に皺を寄せて困り顔のナマエ。細い腕を無理矢理引いて暗い砂浜を歩く。洞窟までの道を辿る途中、背中で小さな声がありがとう、と呟き、おれは胸中で苦笑した。ナマエでなければこんな慈善をすることはない。単なる下心なのだけれど、彼はそんなこと思ってもみないことなのだろう。ドウイタシマシテ、と背中に向けて返事を返せばナマエの冷たい手の平がしっかりとおれの手を握り返した。







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あきゅろす。
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