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02 キルドオンザスパット



朝のうちで何よりも時間がかかるのはこの髪のセットだ。いつもこれのせいで学校はギリギリだが、髪の事に関してサッチは時間を割くことを惜しまない。深く深呼吸。今日も気合いを入れて髪型を作ろうと一人気合いをいれる。しかしその前にこれまた時間を惜しまないもうひとつの日課をこなすことにした。ベッドに放り出された携帯を手にし、電話帳を引っ張り出しクラスメートの電話番号を表示させ、通話ボタンを押す。今となっては目をつむっていても探し当てることができるかもしれない。鼻歌混じりに数コール待つと、今日はいつもよりも早く向こうからのアクションを得られた。といっても、相手は電話に出ずに、ぶつり、と通話を切っただけだけれど。それもいつものこと。もう一度、通話ボタンを押して再び耳に押し当てる。



「グッモーニーン」



サッチがそう言えば、用件は終わったとばかりに再びぶつり、と切れる通話。返事くらいしろよ、苦笑しながら今日も無事にモーニングコールが果たせたことに満足し、髪のセットに取りかかった。





02.キルドオンザスパット





ゆるやかに長い長い坂道を毎朝自転車で駆け上がる。帰り道は楽だが、この上り坂、夏なんかは死んでしまいそうになる。しかし、こればかりは自分の家の立地を呪うしかない。唯一良いことと言ったら…、そんなことを考えているうちに、のろのろと学校までの道を歩く見慣れた後ろ姿を発見した。あんなペースじゃあ、どうやったって学校に遅刻するだろうと苦笑しながら、その背中に近づこうとペダルを漕ぐ足に力をいれる。あとちょっと、もう少し、肺に空気を吸い込み名前を呼ぼうとした時、横の曲がり角からこれまた見慣れた背中がサッチの目の前を横切っていった。マルコだ。珍しく自転車通学をしてきたそいつは、サッチよりも一足先に目的の人物へと辿り着くと、一言二言話しをしている。やっとのことで二人に追いついた時、どうも見慣れないマルコの自転車姿に笑いをこらえ、よおと声をかけると、金色の瞳と青色の瞳が振り返り、サッチを捉えた。一つは嫌そうに歪められ、一つは無表情に。



「ほら、ナマエ、乗れよい」



先に視線を反らしたマルコがそう言うと、ナマエはのろのろと彼の後ろに跨った。いつもならこの坂道でナマエを拾い上げるのはマルコの役目ではない。文句を言おう、と口を開くよりも先にナマエを乗せたマルコは颯爽と坂道を登って行ってしまった。しまった、このままでは自分も遅刻する。再び自転車のペダルへと足を乗せて力をこめ、前方の銀髪と金髪との距離を詰めると、案外すぐに近づくことができた。ナマエは、マルコの腰に手を回しながら器用なことに、今にも眠ろうとしている。かくん、かくん、と揺れる頭。危なっかしい。今朝のモーニングコールの時と良い、どうせ昨夜もあまり寝ていないのだろう。下手したら何日も寝ていないかもしれない。



「マルコ、ナマエを落とすなよ」

「お前と一緒にすんじゃねえよい」

「アレは、たまたまだっつの」



マルコとサッチが売り言葉に買い言葉の応酬を繰り返しながら、校門をくぐり抜けた時、残り1、2分で朝のチャイムが鳴るところだった。急いでナマエを起こし、自転車置き場から教室までの道を走り出す。三年の教室は三階だ。階段を駆け上がり、教室へ飛び込んだと同時に、ちょうど聞き慣れた始まりチャイムが鳴った。半ば引きずるようにして走らされたナマエは、まだ眠たそうにどこかぼんやりとしている。がやがやと騒がしい教室、人と机との間を通りながら一番窓際の一番後ろの席に着く。前からサッチ、ナマエ、マルコの順。席に座るなりその場に突っ伏して寝息をたてはじめたナマエ。あれだけ走っておきながら、よく寝れるもんだとサッチは苦笑した。ガラガラと教室の扉を鳴らし少し遅めの登場をしたのは、このクラスの担任、派手な赤髪だ。



「今日も一日よろしくな」



気だるそうに出席をとり終えたシャンクスは、苦しそうな表情の笑顔を浮かべ、そう言い残すと、急に口元を押さえて教室を出て行ってしまった。彼が入ってきた瞬間、教室の中が酒臭くなったのは気のせいではないのだろう。一年、二年とほぼ毎日顔をあわせてきた仲なのだから、というよりそうでなかったとしても、シャンクスが昨夜飲み過ぎたことは明白だ。そんなことにももう慣れてしまった。この日常をあと一年繰り返したら、嫌でも卒業なのか。そう思うと急にすべてが愛しくなってくる。サッチは一人そんなことを考えながら、机に埋まる銀髪を見た。相変わらず訳もなく撫でたくなるきれいな髪。目を細めてナマエを愛おしげに見つめるサッチに、気持ち悪いと、横槍を入れたのはマルコだった。いつもいつも嫌な性格してやがる、とサッチがマルコに睨みを効かせると、彼はふんと鼻を鳴らして口角をあげる。



「こんの万年バナナ!」

「フランスパンに言われたくねぇよい」

「あんだとっ!?」



こうしてナマエを挟んで始まる売り言葉に買い言葉のケンカもいつものこと。頭の上で飛び交う小学生レベルの口げんかにナマエの沈んでいた頭が微かに持ち上がり銀髪の間から金色の瞳が、目の前にいるサッチをつぶさに観察するよう、じっと細められる。しかしそれにサッチは気付かない。わずかに、他人から見たら変化などわからないほど微弱に上がるナマエの口角。くつくつと揺れる肩に、やっとナマエが起きたことに気づいたサッチは、珍しく彼が笑っていることに目を見張った。一体なにがそんなに面白かったのか、無表情に肩を揺らす様は一種の気味の悪さを感じた。そんなサッチのことなど気にも留めずしばらくそうしたあと再び机に突っ伏したナマエはまた銀髪の間からサッチの様子、正確には彼の髪型を観察し、一人、誰にも聞こえない声量で、フランスパン、と呟いた。







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あきゅろす。
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