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01 攻撃チャンス


日も暮れ始めたころ、エースは学校からの帰り道、ひとり踏切が開くのを待っていた。ここの踏切は下りている時間が長く、開かずの踏切なのは近所では有名で、いつもだったら電車がこなそうならば、踏切をくぐって先に行ってしまう。しかし、今日はそうもいかなかった。ほとんど日も暮れ、辺りは暗く、はっきりと点滅する赤い信号。踏切近くのスピーカーから流れ続ける不協和音はいつになっても好きになれない。

エースがこの踏切をくぐっていかない理由、というより原因。それは、妙な銀髪の男が、踏切と白線の前に座り込み、未だ何も通らない線路をじっと凝視しながらぶつぶつと独り言を言っているからだ。正直言って気持ちが悪い、とエースは思った。いつまで経ってもやってこない電車。なかなかここの電車が来ないということを知っている住人たちは、男とエースに関心も持たず、せっせと踏切をくぐって小走りにこの場を去っていく。謎の男は相変わらずその場を動く様子はなかった。変なやつだ。エースは、弟や友達もさることながら自身のクラスの担任に至るまで学校全体を通して奇人変人には見慣れているつもりだったが、だからこそ学校外で妙な人間を見るのには違和感があった。

未だに俯き気味に線路を凝視している男の横顔は髪に隠れて見えない。自分も早くこの踏切などくぐって、家に帰りたいと思う。思うのだけれど、こんな奇行見たことがなくて、もしかして、もしかしなくても男は、電車が来た途端、線路と電車の間に向かって飛び込むのではないかという一抹の不安を覚えた。赤の他人とはいえ、毎日通るこの道だ。死なれては後味が悪い。そんなことを考えながら、再び、しゃがみこんでいる男に目をやってみたが、やはりピクリとも動かない。仕方ない、話しかけてみるかと思い至った時、遠くから重金属を転がしたような轟音が近づいてきて、小刻みな地鳴りが足の下のコンクリートをわずかに揺らすような感覚。電車がきた。

強い風が髪を巻き上げる。咄嗟に男へと目をやると、しゃがみこんだままの男の銀髪も後ろへ風と共に流れてやっとその横顔があらわれた。きれいな両目が轟音を立てて過ぎていく線路とタイヤを凝視している。やがて、あっても困るが、何事もなく電車はあっという間に過ぎていった。のろのろと持ち上がる踏切。これを渡らないと次の電車まで、また数十分も待たなくてはならなくなる。しかし、男は一向にしゃがみこんだまま。エースは溜め息を吐き、自分よりもはるかに低い位置にある男の肩を叩いた。



「おい、あんた」



きれいな金色の両目がこちらを振り向く。無表情からか、男は無愛想で、なんだ、と言わんばかりのその視線に、こっちのせりふだとってしまいたいのを堪え、一体こんなところで何をしているのかと問いかければ、男は何も言わず、再び線路の方へと視線を戻した。気にかけた自分の方が悪かったのかもしれないが、このやろう、と自身の顔が引きつる。辺りはすっかり暗くなっていた。腹が立ったので、これ以上男に関わるのはやめて、そのまま踏切をくぐり抜けて、急いで家までの道を辿る。あんまり遅くなると、夕飯を食い損ねる可能性が大いにあるからだ。無駄な時間を過ごした、と背中を振り返れば、男は未だ踏切の前にしゃがみこんでいるようだった。





01.攻撃チャンス





エースは家に帰って夕飯を食べ終えたあと、早速ルフィとサボに変な男のことについて話した。春になると、どうも変態が増えるというのは噂で聞いていたが、あの男もその類なのだろうか。今年高校一年になるルフィは部活のせいか話の途中ですぐに眠ってしまったが、同じクラスであり、今年で高二になるサボはソファに深く腰掛けながら、自分もまったく同じ人物を見た、と告げた。エースと同じように、電車が来るまで男の様子を見てみたが、やっぱりピクリとも動かなかったと。春だから頭のネジがいくらか緩んだ人もいるのかもしれない。そんな結論に強引に至る。サボはお茶を飲みながら、何時間あそこに居たんだろうなあと呟き、考えるようにソファへと背中を預けて黙り込んだ。サボが考えていることは、エースにもなんとなくわかった。あの不協和音を奏でる踏切、吸い込まれそうになるほどのスピードで過ぎ去っていく滑車、暗い通り道。踏切の不思議な力は意味もなく不安感を作り出してしまう時もある。そんな場所でじっと動かない男。口火を切ったのはサボだった。



「あいつ、飛び込んでたりして」

「そんなことっ…」

「ないって言い切れるか?」



いや、と押し黙ったエースは、くそ、と悪態を吐くと立ち上がり、上着を取った。それに続いてサボもて立ち上がる。もしかしたら、もしかするかもしれない。そんな可能性に二人はルフィを起こさぬよう、こっそりとアパートを出て、さっき通ってきた道を逆走した。春といってもまだ少し肌寒く、夜中となればそれは尚更だ。暗闇の中でぼんやりと緑色に光る踏切へ足早に移動する。この開かずの踏切が、開いている瞬間に立ち会えるなんて、毎日通っていてもほぼ無いに等しい。けれど、今夜はその瞬間に丁度踏切の前に辿り着いた。だからだろうか、いつもと世界が違ってみえる。妙な薄ら寒さを感じながら、サボは踏切を渡り男がしゃがみこんでいた辺りに目を向けた。



「あれ?」



男はいなかった。代わりにそこにはひとつの時計が落ちている。随分使い古されてはいるが、まだちゃんと動いていた。あの男のものかもしれない。なんとなしにそれを拾い上げて、踏切をくぐりエースのいる線路の向かい側へと戻る。どうも男が、飛び込むなんていうのは考え過ぎだったらしい、と二人は帰り道を辿った。








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あきゅろす。
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