[通常モード] [URL送信]
12 世の中モンスター


「お、ナマエ!一緒に…」



帰ろうぜ、と言いかけるのをサッチはすんでのところで言葉を飲み込み、少しの恥ずかしさと寂しさに乾いた笑いをこぼした。ナマエの行く先、昇降口には既にあの女子が待っていて二人がこれから一緒に帰るのは明白だったからだ。のろのろと振り向いたナマエに、サッチはなんでもない、と苦笑をしながら手を振る。ナマエに彼女ができた。一人の親友として、一人の人として好きだった彼に彼女。自身でもマルコにでもなく、ナマエにだ。それは、サッチにとって不思議で現実味のあまりない現実だった。これから遊んだり一緒に帰ったりできなくなるのかと思うと、一人ふられたような心持ちになる。並んで歩く二人の見慣れない後ろ姿にサッチは溜め息を吐いた。





13.世の中モンスター





次の日の朝、学校までの上り坂をのろのろと歩くナマエの背中にサッチは声をかけた。どうやら朝は変わらずひとりで登校らしい。ナマエの隣に並んでブレーキをかければ、彼は当然のように自転車の後輪へとまたがると、サッチの腰に手を回す。ナマエからすれば当たり前の行動は彼に彼女ができたと身構えていたサッチにとって意外なものだった。しかし、案外変わらないこの関係に、少なからず安堵しながら、ペダルに乗せた足に力を入れる。もちろん話題は例の彼女のことだ。いつものように無口なナマエに、昨日はどうだったの、手は繋いだかだの色々質問を浴びせると、背中にいる彼はぽつぽつと単語を落とすだけの言葉で答えた。気の利く、優しい、可愛らしい子だよ。へえ、そうなんだ、と返したサッチにはどこかその話は現実味に欠けていた。まるで、ナマエが第三者のような話ぶりだったから。しかし、そのことを追求する前に、ずっと前方を歩いていた変な頭との距離がつまり横に並んだ。おっす、とその肩を叩けば、変な頭は振り返りおれとナマエを見ると、よぉ、とポケットから片手を出す。なんだ、いつもと変わらないじゃねえか、とサッチは一人笑った。



「なに笑ってんだよ気持ち悪ィ」

「うっせ」



背中でナマエがかくんかくんと船をこぎ始める気配。どうせ昨夜もあまり寝てないのだろう、とサッチとマルコは顔を見合わせる。マルコは呆れながらもナマエの手にある今にも落ちそうな鞄を奪いとるとよくこんなに不安定な場所で器用に寝れるもんだと感心しながらサッチの自転車カゴの中へ放り込んだ。こんな姿を見ているとつい一体あの女はナマエのどこが好きなのだろうか、と思ってしまう。顔は良い、口は悪いが案外優しい、けれどナマエのその性格はあまりにもわかりにくいものだ。長年いる自身ですらよくわからない時がある。だからこそ、マルコにはナマエが一人の人間に固執することが理解できなかった。と、いうより彼にとってはただの暇つぶしなのだと言われた方が納得がいく。ナマエは、ずっと昔から一人の人間に縛られていたから。



「おいナマエ、起きろ」



駐輪場に自転車をしまい、未だに後輪でぐーすか寝ているナマエの肩を揺する。今日は一段と眠りが深い。マルコのやつはおれを裏切り先に教室へ向かってしまった。まったく面倒ごとを押し付けるのが上手い、と文句こぼしながら、すーすーと呼吸を繰り返すナマエの頬をぺちぺちと叩いてみるが、起きない。そもそも座りながら寝ること自体難しいだろうに、とサッチはあまりに気持ち良さそうに眠っているナマエの寝顔を凝視した。いつもだったら、机に伏せて見えない寝顔は光を反射するきれいな銀糸の下で子供のように白い頬や赤い唇、閉じられた瞼から伸びる長い睫毛が無防備に晒されている。寝顔はかわいいんだけどな、と苦笑しながらもサッチはその顔から目を反らせないでいた。静かに木々のざわめく音と、駐輪場の屋根の隙間から規則的に漏れだし差し込む光。学校の始まりを告げるチャイムの音。辺りを見回しこの場に二人だけしかいないことを確認したサッチは、そっとナマエの赤い唇に自分のものを重ねて目を閉じた。



「ん、サッチ」



どれくらいキスをしていたのか、ほんのニ、三秒かもしれないし、何十秒かもしれない。目を覚ましたナマエに腕を掴まれ、慌て離れたサッチは、悪い、とバツが悪そうに眉間に皺を寄せて謝るとナマエから目を反らした。いや、とそれだけ言った彼は別段気にした様子もなく自転車から降りると自分の鞄を手に取り、今日も遅刻だなあ、と慌てた様子もなく呟く。あまりに普通なナマエの様子に戸惑いを覚えたサッチは、彼の細い腕を掴んだ。言っておくがナマエにキスをしたのなど初めてだし、この感情の名を教えたこともない。というより、気付いたのはさっきだ。おまえなんともないの、と眠たげな瞳を凝視すれば、ナマエは不思議そうにサッチを見ながらなんともない、と返事を返す。唖然とするサッチへ代わりに、ナマエは、なんで、と頭を傾げる。

唇と唇を重ねるだけの、そんな行為。ナマエはそう言った。変なやつだとは知っていたし、人よりもどけか抜けているということも知っていたが、よもやここまでとは思いも寄らず、サッチは自身の顔が引きつるのがわかった。ここまで淡白だとは、ナマエの彼女に同情すら覚える。ただし、本当に同情はしていない。少しの背徳感に良心が痛みを訴えたが、突然ナマエを浚っていったどこの馬の骨とも知れない女に、はいどうぞと彼を渡すのは釈然としなかった。サッチはへらりと笑いながら開き直ると、なんならもっかいしてもいい、とナマエの耳元に囁いた。







[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!