[通常モード] [URL送信]
oltre oltre




「マルコッ!!!!」



若い男の声に、キィンと耳が痛くなった。身体中が焼けるように熱くなっていく。この刺すような熱は、火、だ。

とにかく、炎で皮膚が火傷してしまう前に、シャツを脱ぎ捨てる。血を洗い流すはすが、布の焼け焦げる臭いに溜め息が漏れそうだった。そして新たに登場した人物に気取らていたせいか、いつの間にやら足元にいたはずの能力者に、振り下ろしかけた剣はなぎ払われ、ブーツの裏に感じるのはやわらかな砂浜だけ。彼が言っていた仲間というのは突然ひとを火炙りにしようと登場した不躾な男のことだろうか。いや、そうに違いないのだが、だとすれば、状況は最悪だ。能力者であろう二人を相手にするのは、どう考えてもこちらの分が悪い。おれはあまり慣れない戦闘にらしくもなく動揺して、その一瞬の油断に足下をすくわれたようだ。背中にかかる強い衝撃と同時に意識はそこで途切れた。




03.oltre oltre(もっと先へもっと先へ)




夢をみた。昔の夢。ゴミみたいな治安の悪い町で、おれがまだ子供のとき、小さな診療所を営んでいる先生が、おれと同じように捨て子だった産まれたての金髪で天使みたいな赤ちゃんを拾ってきた。リョウと名付けられたその赤ちゃんに、おれは弟ができたと大喜びだったけれど、リョウは産まれたときから目が見えない病気で、開かれた瞳はきらきらと輝いているのにいつまで経ってもおれを映し出すことはなかった。

その時から引きこもりがちで、外の世界にも関心を持てなかったおれは、先生に頼み込んでリョウと自分の目を交換した。先生は片目で良いと言ったけれど、おれは両方ともいらないと言った。手術のあと、おれの目は見えなくなったけれど、代わりにリョウの目が見えるようになり、おれの目は金色、彼の目は銀色に。その時初めてリョウはおれをその瞳に映し出してくれたのだろう。昔の記憶は曖昧でリョウはもちろん、おれもその時のことはよく覚えていないけれど、自分のしたことに酷く満足していたような気がする。それから、おれは人の顔や、世界の色すらも忘れていった。

そして不幸にも、海賊に街を襲われたあの夜から生き残ってしまったおれは、いまになってリョウと目を交換したことを後悔していた。おれの目が見えないからか、見る、ことに執着したリョウの夢は世界をすべて見ることだった。そして、その見た世界をおれに聞かせること。けれどあの夜リョウは弱いおれを庇って死んでしまった。おれの手元に残ったものといえば、リョウに助けられた命と、この金色の瞳だけ。必然的に道はひとつだけに絞られてしまった。リョウの瞳をもっているおれが、彼の兄であるおれが、彼の代わりにこの目に世界を焼き付けるしかない、と。このなにも見えない目に世界を焼き付けて、もう一度あの世でリョウに会おう。それが、おれが彼にできる精一杯の償いだった





「目、覚めたかい」



瞼を持ち上げると、開いても閉じても変わらない真っ暗闇のなかで聞き覚えのある声がした。それから、懐かしい薬品の匂いに、横になっている体のしたにはさらさらのシーツ。医務室だろうか。声のしたほうへ意識を集中させると、悪かったよい、と謝罪を述べる声。やはりさっき一戦交えた海賊の声だった。そういえば、身体の下から空間全体がゆらゆらと揺れている気がする。おそらく波の揺れだ。どうやら、船のなかに連れ込まれたらしい。おれは思わず歯噛みした。大切なものを何もかも奪っていった非道な海賊は大嫌いだ。片っ端から殺してしまいたくなる。事実、海賊という名を耳にすると我を忘れることは多かった。

身体を起こして男の方へ向く。仮にも敵の目の前で寝ているなんて危険だ。見えなくても、声のする方で大体の位置はわかる。この医務室のような部屋も物音がしないから彼とおれだけ。外は海と風の音しかしない辺り、おそらくこの海賊船は出航してしまったのだろう。



「武器は預からせてもらったよい」



いつも背中にかけている剣の重みがない。おれの仕草に気づいたか、偶然か、そこにいる男がそう言った。あれは妖刀だから、この部屋にあればその位置は感じることができるが、どうやらここにはないらしい。まったく、何もかもが面倒くさくなってきた。ここで殺されるのかもしれない。すぐに諦めるのが昔からおれの悪い癖だったけれど、それは今なお直ってはいなかった。

もう、なんでもいいや。とりあえず誰もいないところに行きたくて、ベッドを降りようとすると、不意に肩を抑えられて再び座らせられた。大きくて熱い男の手だ。気持ち悪い。敵意があろうとなかろうと、触られるのは好きじゃない。おれにとっては不確定要素が多すぎる。触るな、と肩に乗った手を掴んで下ろすと、なにも答えず手を引いた男は、なんとなく、じっとこちらを見ている気がした。五感というか、こういう勘の類はよく冴えるほうだ。確かめる術はないけれど。不意に、空気が揺れた。



「おまえ、名前は?」







[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!