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sabotatore



人のいない方へ静かな方へとおれは一人で歩いた。ここのところずっと一緒だったマルコさんからも離れて、遠くに聞こえる騒ぎ声に耳を傾けながら、静かな方へと。今は、一人になりたい気分だった。次から次へと溢れ出してくる悩み事を、ちゃんと考える時間が欲しかった。やがて、騒がしい街も大分遠ざかり、目前に海の音が広がる。夜の海は静かで穏やかだ。おれは砂の上を歩きながら、ただ、ひたすらに、これからの事を考えた。未来のことについて考えるのは苦手で、やっぱり自分のこれからを鮮明に思い描くことはできない。過去ばかり振り返ってきたおれにとって、それは頭の痛くなる悩み事ばかり。ついさっきまで、本当はリョウの墓を見に自分の故郷へ戻ろうと考えていた。そして、もう旅もやめて、静かに暮らそう、と。けれど、マルコさんを前にすると、そう伝えることができなくなってしまう。心のどこかでおれは甘えているんだ。彼の優しさに。ああ、なんだか答えの見えない悩み事で考えるのは、めんどうだ、と思考を放棄して、ざぶん、と海を蹴り上げる。こういう時、大抵おれは死にたくなるけれど、不思議とそうは思わない。新しい一歩とは、たぶんこういうことなのだろう。清々しい気分だ。

ぼうっと突っ立っていると、不意に背中から腕を引かれた。相手が完全に気配を消していたのか、自分が相当呆けていたのか、まったくその存在に気づかなかったが、どうやら敵意がなかったのも、理由にありそうだ。気の抜けるような脳天気な声がおれの名を呼び、とん、と胸に抱き寄せられた。酷く懐かしい匂いに頭が混乱する。まさか、一体どうして、彼がこんなところにいるのだろう。夢でも見ているのかと思えば再び彼はおれの名を呼んだ。



「相変わらず美人だな、ナマエ」



シャンクス、と呼んだはずが驚きすぎて声も出ない。上から子供のように賑やかに笑った彼の声は、まごうことなく、あのシャンクスだ。一体どうして、と聞こうとしのも束の間で、先に自身の体がふわりと浮きあがり、彼に抱えられたのだと理解した。マルコさんのおかげで、この体勢にはもう慣れてはいたものの、やはり好きになれない。降ろしてくれ、と頼んだが、あろうことかシャンクスはそのまま高く跳躍した。





27.sabotatore(破壊活動家)






「な、どうしてあんたがここに?」

「ん?まあ、話すと長い」



とりあえず呑むか?という言葉と同時に酒瓶のフタが開く小気味良い音がした。どうやら彼の船の上にきたらしい。懐かしい気配がちらほらと感じられた。とくとくと酒が瓶から流れる音、おれの知る限りシャンクスは強くもない癖にいつも酒ばかり呑んでいる。自由で、馬鹿で、それが海賊だと豪語して。別にそういうのは嫌いじゃないが、おれは呆れながらシャンクスからジョッキと瓶を取り上げて、まず説明しろ、とそれを彼から遠ざけた。からからと笑う声。元気そうで安心した、と優しく言うそれには、なにか色々な意味が含まれているような気がした。この男は読めない。何でもかんでも知っているようで、いつもふざけている。きっと今回も何か知っているのだ。例えば、おれの剣のこととか。意図的におれを探していたに違いない。そうでもしなきゃ、この広い海で二人がもう一度出会うなんてそんな偶然、おれにはあるとは思えなかった。



「なあ、説明してくれよ」

「…そうだな、何から話すか」



熱い手のひらが頬に触れ、それはおれの瞳の回りをくるりと指でなぞる。熱は赤、だ。彼の髪は赤なのだと言っていた。炎よりも真っ赤なのだと。赤は、生を表し、情熱を表し、生きる力、血の色を表す、とおれの目が見えないことを知っている彼が教えてくれた。だから、色が見えないおれにとって、赤は、シャンクスを表している。彼の赤髪に手を伸ばせば、屈強な片腕がおれの背中にまわされた。



「ナマエ、おまえの故郷に行ったんだ。そこで、リョウの墓を見た」



心臓が苦しい。リョウは、リョウの墓はどうなっていたのかと聞けば、シャンクスはその質問には答えてくれず、墓だけはきれいに元通り埋葬してきた、と言った。ひとまずの安心と、怒りと、悲しみに力が抜けたが、シャンクスは更に話しを続ける。彼は、おれの剣や瞳を狙っている刺客たちを行く街々で見つけたのだという。だから、おれに会いにきたのだと。心配した、と零す彼に、おれはそんなに弱々しく見えるのかと反論しかけたが、今回の事もあって、ある意味彼の心配事は大正解だったようだ。そして、もしかしたらこの事は彼の耳に入っているのかもしれない。そうしたら、なにかとおれに構いたがる過保護なシャンクスは、きっとしばらく離してくれないだろう。彼の耳には入っていないといいなあと思いながら、なんとなく、いつもよりもどこか頼りなく感じる彼の背中へ腕を回して撫で下ろした。まるで、大きな子供みたいだ、と言えば彼はきっとふてくされるのだろう。



「なんかあったか?ナマエ」



ふと顔を上げたシャンクスが不思議そうな声をあげた。何かあったかと言えばたくさんありすぎたが、一体どうして、と首を傾げるとシャンクスが楽しそうにおれの頭を撫でる。それから、明るくなったな、と笑った。ますますよくわからないが、彼が言うなら自覚はなくともおれは明るくなったのだろう。どうも変な気分だ。それもこれも、ここ数日間に渡る様々なできごとのおかげだろうか。そういえば、自分は確か宴の途中を抜け出していたのだった。たぶん、あの賑やかな状態だからないだろうが、万が一、マルコさんあたりがおれを心配していたら申し訳ないので、そろそろ戻ろう、と立ち上がり、じゃあ、行くよ、と軽くシャンクスに告げて背中を向けようとした。が、しかし、彼に腕を握られて強く引かれそれは叶わなかった。なんだ、別れの挨拶が軽すぎたのだろうかと思い返せば、ぎゅうぎゅうときつ過ぎるほど、回された腕に力がこもる。一体何だろう、と大人しくシャンクスの腕の中にいると耳元で、もう心配するのはごめんだ、と掠れた低い声が囁いた。



「ナマエ、おれの船にこないか?」








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あきゅろす。
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