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terna


まさに地獄絵図。大の大人が揃いも揃って酒に酔いつぶれるのはある意味壮観だ。男が倒れたあと、静かだった街の人々に活気が蘇り、おれ達は手厚く歓迎された。どの人も男の恐怖に脅えていたらしい。こういう街はいくつも見てきたから不思議ではない。街の人たちは作るのを禁止されていたこの土地の世界でも有名な酒、一体どこに隠し持っていたのか、それをどこからか大量に持ってきて、おれ達に振る舞ってくれた。それで冒頭に至るわけだ。例によって開かれた宴会は、ナマエの声明はまだ聞いていないが、既に彼の歓迎会のようになっている。しかし、当の本人は泣き疲れたのか、おれの横でぐっすりと眠っていた。その隣には酔っ払ったエースとサッチ。



「かーあいいなー」





26.terna(三人一組)





だらしない顔でサッチがナマエの白い頬に触れる。隣でエースもナマエから一切目を反らさず無言のまま頷いた。顔が赤いのはアルコールのせいだけではないだろう。確かに、ナマエの寝顔が同じ男とは思えないほどかわいいのは認める。しかし、おれは眠っているナマエにぺたぺたと触れる二人を目の前にしてため息を吐き、そっとしといてやれないのか、と白い目を向けた。それを見たサッチのやつが、にやにやと嫌な笑みを浮かべる。この馬鹿には、いくら隠したところでおれの嫉妬心は見透かされているようだ。それなら気を利かせろと内心で悪態をついのが聞こえたのだろうか、サッチは嫌な笑みを浮かべたまま、エースの肩を叩くと半ば無理矢理に覚束ない足取りで自分たちの隊が集まっている方へと連れて行った。認めがたいが、こういう点において、あいつとの付き合いが長くてよかったと思う。思ったのは今が初めてだが。

おれは隣で静かな寝息をたてているナマエを見下ろした。目にかかる銀髪を払えば、晒される無防備な寝顔。まだ頬に残る涙の跡。歓迎会という口実でどんちゃん騒ぎをしているが、本当にナマエは仲間になるのだろうか。確証は持てないが、仲間になるのは難しいのではないかと考えていた。もちろんおれは大歓迎だが、ナマエは弟の墓のことを酷く気にしているようだったから、また、来た道を戻るのかもしれない。弟のことばかりを考えて苦しむのはもう止せばいいと思ったところで、口には出せないし、おれには彼を引き止める言い訳も思いつきそうになかった。そう考えると、やはりナマエとこれからも一緒にいるのは難しいのだろう。



「マルコさん」



金色の瞳が下からおれを覗いていた。目が覚めたのか。ゆっくりと起き上がったナマエは、おはようございます、と言ってぺこりと頭を下げる。おはようも何も、まだ時間は夜だが、おれはその銀髪を撫で返した。もはや、癖みたいなものだ。一瞬気持ちよさそうに瞳を細めたナマエは、ふんわりと小さく笑った。本当に表情豊かになったものだと感心していると、ふとした拍子にその笑顔がとてつもなく儚く見えて、おれは思わず目を反らす。別れを示唆するような儚さと、湿度のある憂いを帯びた顔に、いろんな感情がぐしゃりと歪み、胸からこみ上げてきた。思わずその小さな体を抱き寄せて、肩口に頭を預けると、ナマエはおずおずとおれの背中に腕をまわして、不思議そうにおれの名を呼んだ。



「酔ってる…?」

「いや、酔ってねぇよい」



頭を離し、ナマエを見れば困惑気味に眉をハの字にさせている。別に困らせるつもりはなかったんだけどな、と自嘲しながら、涙の跡が残る頬を指で拭った。そして、不思議な魔法に吸い寄せられるように、その頬へと唇を寄せていた。ぴくり、と硬直するナマエはほんのりと頬を赤く染めてぱちぱちと瞬きを繰り返し、おれが触れた部分を手で押さえる。そんな反応を返されたら否応無しに自惚れてしまう。キスなんていくらでもしてきたはずなのに、頬にしたくらいで妙な恥ずかしさに襲われて自分の頭を抱えたくなった。本当おれはどうしてしまったのだろうか。

ナマエは自身の頬を撫でてから、おれを見上げた。金色の瞳にはなにも映らないはずなのに、やはりすべてを見透かされているような感覚。けれど、もう目は反らすことはしないようにその瞳を見つめ返す。澄んだ金色の中にはおれが写っていた。白い腕が伸びてきて、おれのシャツを掴むと、ナマエはおれの心臓に耳を寄せて、銀髪頭を擦り寄せる。スピードをあげる心音は十中八九ナマエに届いているのだろう。いま、ナマエは誤魔化しきれないおれの事実を体感している。心音を聞くなんてある意味反則技だ。離れていったナマエがじっとおれを見つめていた。



「マルコさん、おれ、は、」

「ナマエ」



最後まで聞きたくないが為に思わず遮ってしまった言葉。聞かなくたってわかる。ナマエは今にも泣き出しそうな優しく悲しみに満ちた瞳をしていた。何度も見たことがある、別れを惜しむ人の目だ。ナマエが弟に逢いに行くのは、当然のことだとわかっていても、おれは惜しまずにはいられなかった。情けない。けれども、いまここで彼を離したらおれは一生後悔するんじゃないかと思う。だから、行かせたくない。言葉を続けられずに黙ってしまったナマエを抱き寄せて、まわした腕に力を込める。



「ナマエ、どこにも行くんじゃねえよい」



ナマエは、やっぱり困ったように眉尻を下げるだけだった。おれは、ずるい。いま彼を酷く苦しめているのだろう。それでも、これ以上ナマエに弟の影を追ってほしくはなかった。まるでおれが駄々でもこねてるような感覚を覚えて、自己嫌悪したが、ナマエの冷たい手のひらが覚束ないたどたどしい動きでおれの頭をくしゃりと撫でるから、なんだか子供扱いをされてるようでおかしい。おれの頭を撫で続けるナマエは、途方に暮れたように瞳を揺らして遠く、ずっと遠くの世界を見ていた。



「おれは、どうすればいいですか」







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あきゅろす。
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