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protagonista



彼のお墓はありませんよ、と男が笑う。唯一聞こえる男の声に目を見開いたナマエの瞳からはやがて、こぼれ落ちる無色透明。あの男は死んだ弟から声帯を奪ってきたようだ。本当性質の悪い。おれの手を握るナマエの手が力なく脱力した。にんまりと薄ら笑いを貼り付けた男はおれたちを見回して、それから氷点下の笑顔で、舌を打つ。

暗闇に今にも溶け込みそうな黒いスーツ。その背中にかけられていた二本の剣を抜き去り、両脇へと突き刺す。ざっくりと地面へ埋まった二つの刀身。確かに、ナマエの持っているものと同じだった。あれが、竜の剣か。ナマエが言っていた通り、剣には宝石のようなものが埋め込まれている。確かに竜の瞳のように見えなくもない。もう一方は、壊れて空洞になっているようだった。竜の瞳、恐らくだが、男はあそこにナマエの瞳をはめ込むつもりだろう。随分といやな趣味だと零せば、男は酷く呆れたように溜め息を吐き、わざとらしく頭を振った。



「これだから、海賊は馬鹿で困る」



この男の価値も知らないで、と続け、愛おしげにナマエを見つめる。しかしナマエの顔は俯いて見えない。隣でエースが何か叫んだような気がしたが、おれは彼の方が気になって、銀髪頭に手を乗せた。ピクリと震えたナマエが顔を上げる。その瞳はこの間の夜のように涙で濡れてはいない。しかし、すぐにその異変に気づいた。いつも虚ろな金色の瞳は獣のように瞳孔が開いている。ゆらりと前を見たナマエが男を見る。その目で睨まれた男は一歩も動けないのか、固まって、しかし表情だけは恍惚とし、歓喜に満ちていた。

そうか、このぎらついた瞳が本来の姿なのだろう。剣にはめ込まれたものと酷似している。あれは、瞳孔の開いた瞳だったか、と納得していると、耳も、目も使えないはずのナマエが真っ直ぐと男に向かって走り出した。やはりというべきか、キレている。サッチをおとりにする作戦は一晩かけてちゃんと説明したつもりだったが、いまのナマエには何をしても届かなそうだ。それよりも、落胆している暇さえ惜しくて、おれ達はナマエから少し遅れて男へ向かって走り出す。



「とりあえずあいつぶっ飛ばせばいいんだよな?」

「それしかねぇだろ」

「じゃあ、おれは上からいくよい」



足に力を込め、地面を蹴り上げる。早速男のそばに辿り着いたナマエは、地面に刺さっている剣の柄に手をかけて、助走をつけると勢いよく男に向けて回し蹴りを繰り出した。そういえば、初めて会ったときもスピードと身軽さは、うちの海賊団の誰よりも凌ぐものだった。しかし、それをもう一方の剣を素早く抜いた男が刀身で、ナマエの蹴りを受ける。少しずれていたら、足がお陀仏だったかもしれないというのに、ナマエの勢いは衰えるどころかどんどんスピードを増していった。

緊張で息を飲む。普段のナマエからは考えられないほど、思っていた以上の動きだ。しかし、なかなか蹴りは当たらず。そこへ、炎となった腕を纏ったエースが飛び込むが、男が何か言葉を叫ぶと同時に、突然脳内に突き刺さるあの音が聞こえた。かろうじて、空中に留まりながら下を見ると、エースとサッチが膝から崩れ落ちている。唯一動いているのは、耳の聞こえないナマエだけで、なんとも情けない状況だ。しかし、エースとサッチを振り返った彼に男が剣を振り上げた。まずい、と音にぐらぐらとかき回される脳内で、一気に下降する。おれは両手でナマエの体を包んだ。



「…ッ…マルコさん…!?」



おれの背を剣が切り裂く。ナマエの切迫した声。そういえばナマエには自分の能力を話したことがなかった。大丈夫だ、と頭を撫でれば、混乱気味にナマエは眉を寄せる。しかし、それより耳障りな音に頭が痛み、おれは、さっきから背中に何度も剣を突き立てている男を力任せに蹴飛ばす。男は派手に吹っ飛んでいき、どういうわけだか悪魔の悲鳴のような音も途切れた。なるほど、どうやら、この能力は集中力を要するらしい。思わぬ弱点だ。

ゆらり、と背後でエースとサッチが立ち上がり、どっちが敵かもわからないような人相の悪い顔で、にたりと笑みを浮かべた。反撃だ。サッチが自身の剣を抜き、エースが構える。起き上がった男は苛立ちを隠せない様子で、剣を拾い両手に構えた。暗い奥の谷には、一体どこに隠れていたのか数百人の手下らしき男たちがずらずらと恐ろしいくらいの沈黙でやってきた。まるで死人のように一言も喋らない様子は、気味が悪いとしか言いようがない。恐らく男の能力に呼ばれでもしたか。風体は海賊に負けず劣らず粗暴そうな出で立ちの賊。サッチが茶化すように口笛を吹いた。いくら多勢に無勢といっても、とても負ける気はしなくておれ達は一様に口角を上げる。大暴れできる、とまず特攻していったのはもちろんエースだった。そのあとに続きサッチが敵へと向かっていく。



「さて、おまえの相手はおれだよい」



両手に剣を構えた男の方へと向き直ると、その顔からすっかり笑顔は消え失せていた。それを鼻で笑ってやれば、ピクリと片眉が持ち上がる。そんなやり取りも知らず、横にいたナマエがシャツを引いて、一緒に闘わせてください、とおれを見上げた。それはいい。しかし、正直言ってナマエが闘うには随分と不利な状況で、大丈夫なのだろうかと考えていると、それを言わずとも察したのだろう、ナマエは静かに凛とした声で、大丈夫です、と言葉を続ける。酷く研ぎ澄まされた瞳が男を見据えていた。澱んだ空気にただ一つの光を放つ。

男よりも何よりもその美し過ぎる殺意におれは粟立った。痺れを切らした男が剣を両手に走り出す。速い。空気を裂く鈍い剣の音。リーチの長いそれをおれは上に避けたが、ナマエは低く屈んで避けた。そのまま足のバネを利用して勢いよく前方へと飛ぶ。また、ナマエの蹴りの応酬と男の攻防戦。おれは上から男の頭目掛けて蹴りを飛ばした。倒れはしないものの、距離を開けた男は舌を打ち、邪魔だ、と呟く。



「ボリュームマックスに耐えられますか」

「……ッ!!?」



途端、鼓膜を破りそうな大音量が、聴覚を襲った。膝を突き、頭をおさえ、吐き気と眩暈に耐える。嫌な汗が吹き出した。ナマエが心配そうにおれを探していた気がしたが、今にも吹き飛びそうな意識に、答えることはできない。その時、呆けているナマエに向けて男が剣を振り上げた。おれの心臓が恐ろしいスピードで脈打ち、世界が酷くゆっくりと見えた。咄嗟に逃げろと叫んだつもりが声にならない声が上がって、おれをちらりと見た男が口角をあげる。そしておれの目の前は真っ赤に染まった。





24.protagonista(主人公)









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