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almeno



おれはこの船に戻ってきてからというもの、すっかりマルコさんのそばにいた。彼はどこか行くとき、いつもおれの腕を引いてくれるから、きっと一人にしておくのは心配なのだと思う。そんな優しさにおれは甘えながら食堂をあとにした。久しぶりに胃に食べ物を入れたせいか、少し体が重い。随分長く食堂にいた気がする。いまの時間は、どれくらいだろうか、と考えながらマルコさんに腕を引かれて歩いていると、足元からこちらに誰かが走ってくる振動を感じた。そして、唐突にマルコさんの腕が離れていき、おれは横から誰かにぎゅっと覆うように抱きしめられる。熱い体温に、すぐにそれがエースだとわかった。気のせいだろうか、彼の心臓はいつも速い気がする。力の強くなる背中に回された腕に、おれはどうしたらいいのかわからなくて苦し紛れに彼の頭を撫でてみたら、腕には更に力がこもるばかりだったが、なんだか甘えられてるみたいで、かわいい。



「エース」



彼の名前を呼んで、自分の耳が聞こえないことを思い出した。彼はおれに何かを言ったかもしれないけれど、それは聞くことができない。そればかりか、更に強まる腕の力に胸が圧迫されて息ができず、意識が遠のきそうだった。もう一度、彼の名前を呼ぼうとした時だ。エースの腕の力が抜けて一気に酸素が体中を巡っていく感覚に襲われる。肩に乗る手は、マルコさんのもので、おれからエースを引き剥がしたみたいだった。それから、なんだかおかしなくらい遠慮がちにエースの手の平がおれの頭を撫でる。彼にこんな風に扱われるのは変な気分で、おれもエースの頭に腕を伸ばして、癖っ毛のあるその髪を撫で返す。きっと端から見たらおかしな光景なのだろう。

それから、マルコさんの指が慣れた様子でおれの手の平へと丁寧に文字を滑らせていく。なんだか背中にいる彼が昨日よりも近く感じるのは気のせいではないはずだ。首に息がかかってくすぐったい。エースがそこにいるからか、自分が意識し過ぎているのか、少し恥ずかしくて、そのせいで散漫する集中力の中で手の上の文字を曖昧に読み解いていくと、どうやら彼らは今からおれの音を奪った男の元に行くのだという。だから、待っていろ、と言うマルコさんの手を思わず掴んだ。こんな自分では足手まといになるのは目に見えているが、自分の為に危険に飛び込んでくれる彼らを大人しく船で待っていることなんて、できそうにない。何よりそばに感じていたかった。だから、連れて行ってほしい、とマルコさんにお願いすると、悩んでいるのか、彼は少しの間、手を握ったまま固まっていたが、やがて、ゆっくりとおれの頭に手を乗せた。それは苦渋の決断とでも言うように。





23.almeno(少なくとも)





「エース、ごめんね」



返事はもちろん聞こえない。この年にもなって自分と同い年くらいか、それよりも年下の男におんぶしてもらう日が来るなんて、まさか思いもしなかった。緩い振動に、なんだか彼がおんぶをし慣れているような気がして、海賊の癖に、少しおかしいと笑ってしまう。エースを囲んで数人の気配が移動している。近くにはマルコさんとサッチの匂い。他にも何人かが一緒に歩いているみたいだった。五感のうち二つもなくなったおれの、研ぎ澄まされた感覚器官は、更に別の気配を感じとった。第六感的なそれに、妙な確信を持って、おれは咄嗟にエースの耳を両手で塞いだ。空気の振動。直後に周りにいた数人が倒れていった。やっぱり、音だ。いくら日々鍛練や戦闘を繰り返している海賊でも、聴覚なんて鍛えようがないのだから仕方ないといえば仕方ないが、それにしてもとんでもない破壊力。

倒れた仲間に駆け寄るためか、ひざを突いてしゃがみこんだエース。しかし、どういうわけだかガクリと彼の体が傾き、途端に足場を失ったらしい。ガラガラと地面の崩れる震動からすぐに体が浮遊感に包まれて、空気抵抗を受けながら重力に従い自由落下。なんだか覚えのある感覚ではあるが、いまの自分では受け身すらも満足に取れないだろう。どうするか、と妙に冷静な頭の片隅で考えていると、不意に、地面とは違った何かふわふわなものの上に落ちて、体はそれ以上浮遊感を味わうでもなく宙に留まった。冷たい風が頬を掠めていく。おれは空を飛んでいた。この感じは少しだけ覚えがある。たぶん、マルコさんのなにかの能力だろう。そのふわふわの背中に捕まりながら、ひんやりとした空気の溜まっている崖の下に着いた。

隣にはエースとサッチの気配。ほかの船員たちは崖の上で待っているのかもしれない。その時、頭の中で、リョウであり、リョウではない声がおれを誘うように名前を呼んだ。隣にいたマルコさんの手の平を握る。声のする方へと歩いていこうとそれを引いた。握った手の平だけが妙に熱かった。今は酷く冷静で恐怖心は少なく、それよりもずっと気になっていたことがあったのだ。男が弟とどこで出会ったのか、いつ声を奪ったのか。リョウは確かに最期の日まで声があったはずだからだ。すると、おれの心を読んだかのように男は鼻で笑った。



「僕が出会った時、彼は既に死んでいましたよ」



男の笑い声にとても嫌な感じがした。呼吸が上手くできなくて、胸が苦しい。しかし、拍車をかけるように男は自分の苦労話を始める。海底に落ちている剣を見つけたと思ったら、竜の瞳は抜け落ちていて、瞳の持ち主を見つけたと思ったら、その瞳は銀色だった、と酷く落胆した声。確かに、リョウの瞳はおれのもので銀色だ。竜の瞳?剣?なんのことだかわからない。けれど、そんなこと、瞳のことなどどうでもいい。あの日の嫌な記憶が頭の中で鮮明に蘇っていく。おれは泣きたくなった。



「リョウの墓、は?」








「もちろん」








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