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Avveleni mela



「なぁ、ナマエってどーすんだ?」



エースの問いに、おれはさあな、と適当に返事を返す。彼がこれからどうするかおれは聞かされていないし、こっちが知りたいくらいだった。普通に考えれば、このまま島に到着したら、また、ナマエは自分の生きていた日常を繰り返すだけだろう。心配だ、とは思う。つい先日のこともあるが、儚くて危うい、この広い世界に一人で放り出すには弱々しすぎる、そんな存在。今まで一人で生きてきたのが不思議なくらいだ。引き止めたくない訳ではない。しかし、彼の海賊が嫌いだという言葉が脳裏を掠め、それはできなかった。さっきまでの騒がしさはどこへいったのか、ぼーっとしながら次の島を眺めているエースは、十中八九ナマエのことを考えている。ナマエは、少ない朝食を済ませたあと部屋へと戻ってしまった。





14.Avveleni mela(毒林檎)





目の前に広がる島へ目をやる。悪魔の血、その名の意味が示唆することを理解できる。赤い土に覆われた真っ赤な島だった。純粋にきれいだと思う。けれどナマエの瞳はやはり無感動な光を称えるだけだった。剥けた山のゴツゴツとした岩肌の中心に街が見える。それなりに人は多く住んでいるようで、街並みは立派だ。しかし妙だ。こういう場所には大抵、海賊船の二隻や三隻はいるものだが、港には船ひとつ見当たらない。それどころか、ほとんど港も廃れて使われていないようだった。ただの偶然だろうか。

長い航海だったせいで、船員たちは陸に降りたいとうずいていた。それぞれやりたいことも多くあるのだろう。けれども不思議なことに、降りたがらないやつらもいた。この島が見えてくる前に聞こえ謎の音に気味の悪さを訴えている。悪魔、という言葉がそれほど的を射ているのだろう。ナマエは何も言っていなかったが、もしかしたら彼も同じようなことを感じ取っていたかもしれない。そうか、それなら、と考えて頭を振った。それなら、なんだ。こんな事は彼を引き止める理由にはならない。できたとしても一時的にだ。どうしても彼を惜しいと思ってしまう自分に苦笑がもれた。しかし時間はいつでも変わりなく進む。あまりにもあっさりと船は島へと到着してしまった。



「マルコは降りんのか?」

「いいや、おれは留守番だよい」



そうかー、とやはりどこか呆けているエースは人に質問をしておきながら、あまり関心はないのか、港の赤い砂浜を見ていた。いつもなら真っ先に船を飛び出すくせに、今日は続々と船をあとにする船員たちを見送るだけ。とうとう、ほとんどの人間がこの船から降り立っていった。そうして、人がいなくなるのを見計らったように、いや、実際見計らっていたのだろう。ナマエがいつものようにゆっくりとした歩みで、甲板へ登ってきた。顔を上げたエースが、元気よく手を上げナマエの名を呼ぶ。変わらない虚ろな金色の瞳がこちらを振り向き、やがてこちらへと歩み寄ってきた。酷く静かな船内に響くブーツの音。そういえば、初めて彼に出会ったとき、あの海楼石入りのブーツに踏まれて首を吹っ飛ばされたなあ、なんて思い出していると、やっとおれたちの元に辿り着いたナマエに、エースが、なあ、と声をかけた。



「また旅に出んのか、ひとりで」



なんでそんなことを聞くのかというような風体でナマエは静かに首を縦に振った。くしゃり、と歪むエースの顔。無表情なナマエの腕を掴み少しだけ屈むと、じっと金色の瞳を見つめ、彼が困ったように腕を強張らせている事にも気づかず、そのまま言葉を続けた。仲間にならないのか、と。それは、話しかけているというよりは、どこか独り言のようで、願望のようでもあり、諦めを含んでいるようにも感じた。どちらにせよ、ぽつりと落ちた呟きは、どうやらナマエにも届いたようで、彼は腕を掴むエースの手に、自分の手の平を重ねる。

ごつごつとしたエースの手と比べるとやはり彼の手は女のように細くて白い。折れてしまいそうだ、と思った。そして重ねた手の平で、ナマエはエースの手を優しく撫でた。子供をあやすように穏やかに。初めて自分から触れてきた彼に、エースは目を見開いて固まる。下を向き伏せられていた睫毛が持ち上がり、ナマエの瞳はエースを写し込んだ。それから、薄い唇がほんのわずかに笑みを浮かべる。やっぱり男の癖に、女どころか人間も超越している、と思ってしまう。天使が本当にいたら、きっとこんな風に笑うに違いない。ある意味、破壊力抜群のその笑みに釘付けになったエースはみるみるうちに頬を赤らめた。しかし、ナマエの手はエースの手の平を握る。



「ごめん、エース」



エースは、ばっとナマエから手を勢いよく離し、顔を腕で覆う。たぶん、名前を呼ばれたことが予想以上の破壊力を催したのだろう。そんなエースにどことなく不思議そうに見えなくもないナマエだったが、風に揺られる銀髪はおれの方へと向き直った。ナマエの少し目にかかる前髪のせいで瞳が隠れてしまうのが惜しくて思わず前髪を彼の耳にかけ、その白い頬に手を寄せる。ほとんど無意識下のおれの行動にどこかぎょっとしたようなエースの気配を感じたが、そんな事はどうでもよかった。ナマエはやはりふんわりと小さく笑みを浮かべたからだ。テノールの声がおれの名を呼び、らしくもなく、どくん、と心臓が跳ね上がる。それから、すみません、と言いかけた彼の口が言葉を言い終える前に、途切れ、言い含む。そして、すこし考えるように黙り込んだナマエは、やがてぺこりと頭を下げた。



「ありがとうございます」








「…どういたしまして」



赤い砂浜に降り立ち小さくなっていく背中を見送る。赤の中に銀髪がよく映えていた。どくどくと心拍数が速い。どうやら、それは隣のエースも同じようで、さっきとは違うように呆けていた。けれど、すぐさま我に返ったエースは船の縁から大声でナマエの名を呼んだ。そして振り向いた彼にいつでも戻って来いと叫ぶ。やはり素晴らしい聴覚には、ちゃんと声が届いたらしい。随分と小さくなったナマエは遠くで、また頭を下げた。








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あきゅろす。
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