──22
***

「大丈夫?ナミ」
「ええ。ロビンは?」
LEDライトに照らされた端正な顔は、落ち着いて頷く。

さっきから定期的に振動がきて、洞窟内からパラパラ小石が落ちてくる。
崩れるのでは?と不安だったが、幸いその様子はない。
ゾロに聞いていたお山の危機が今夜来てしまったのかもしれないが、
二匹はもはや引き返す事が出来ない。

「一体、どこまで続くのここ」
分岐が無くて迷わないのはいいのだが、歩けども歩けども暗い点のような奥は何もない。
もう何時間歩いているのだろう。
「もしかしたら…」
百手は立ち止まりポケットから小さな古びた手帳を取り出す。

黄泉の国への入り口、おいそれと簡単に見つかるはずはない。
罠が張ってあるかもと警戒していたが、もしかしたらループの結界が張ってあるかもしれない。
まったく目印もない洞窟で気づくのが遅れてしまった。
「あったわ。これで解けるかも」

オハラは古代の歴史だけでなく、呪術も学問として学ぶ組織だった。
百手は手を8本咲かせ、石で地面に魔法陣を描く。
「…ちょっと手荒な術式だからリバウンドが来るけど…やむを得ないわ」
「大丈夫なの?」
「ええ。ナミは下がっていて」

あっという間に複雑な魔法陣は完成し、両手を絡ませ合いながら呪文を唱える。
呼応するように陣が光り出す。
ロビンの額から、一筋汗が流れた。

固唾をのんで見守っていた猫又は、壁から近づく気配を感じた。
「危ないっ!!」
ロビンに飛び掛かり避ける。
脇を掠めたのは黒い泥。
べちゃりと洞窟の壁に貼りつき、煙と悪臭を放つ。

「何これキモい!」
「不味いわ。黄泉醜女(ヨモツシコメ)を起こしてしまった」
壁から、天井から、奥から…無数の気配と悪臭が漂う。
「何あれ、番人みたいなもの?」
「そうなるわね」
ロビンは両手を構える。
ナミも太ももからタクト状の武器を取り出し、伸ばす。

黒い影達は緩慢に揺れながら二人に迫る。
冷や汗が額を伝う。この数をどう相手すれば──

「──お前達、静まりなさい」
わん…と耳が鳴る。
同時に影達は崩れ落ち、地面に吸い込まれていった。

「…え?何が…」
奥から足音が響いてくる。
まだ油断せず身構えた二人の前に現れたのは、長身の老人。
長い銀髪に、白いローブ姿。
丸眼鏡の奥の眼は優しさを称えているが、底知れぬ威圧感を感じる。
「“彼”に頼まれて来てみたが…上は大変なようだな」

ロビンは条件反射的に膝を付き、頭を下げた。
「助けて頂きありがとうございます。御無礼をお許し下さい」
「え、ちょっとロビン…?」

老人は近づき、ロビンの手を取って立ち上がらせた。
「美しいお嬢さん方、目的は解っている」
「あなたは一体…」
ナミの言葉に、白髪の老人は穏やかに微笑む。

「西洋では冥王──この国では閻魔大王と呼ばれているな。」
「やはり…。冥王、お願いします。私達はどうしても会いたい人が居るんです」
「レイリーでいい。…昔同じように頼んで来た男が居たが…。結果的に余計に苦しめる事になった」

眼鏡の奥が陰りを持つ。
「会うのは容易だ。しかし死者は二度と生き返る事は出来ない。もう一度別れの悲嘆にくれる事となる」
「それでも構わないわ!会いたいの!レイリーさんお願いします!!」
ナミは冥王の袖に縋りついた。

その頬に、小さな光が飛んできた。
奥の方から、金色に光る粒が数を増やしていく。
ひどく懐かしいような香りも漂い始めた。

冥王は、細い肩にそっと手を置いた。
「いつもなら断った。しかし今日から盂蘭盆会(うらぼんえ)。死者が里帰りをする日だ」
光は質量を増し、ロビンとナミはその中で、懐かしい姿を見た。

「門が開く。精霊(しょうらい)達よ、行ってこい」

◇ ◇ ◇

山に駆け上ったオレの目の前に現れたのは、一面の赤──
緩慢に人型に戻り、震える言葉を紡ぐ。

「ロー…ウソップ…チョッパー…ブルック…ルフィ……ゾロ」

誰一人動かない。

「フッフッフ…随分遅かったな。待ちわびたぞ」
上空から声が降る。
絶望そのものの姿──

「ドフラ…ミンゴ…」
体内の血が沸き立つ。
両足が発火し、地面を蹴る!

「無駄だ」
見えない糸が飛ぶ身体を拘束する。
「クソ野郎!!てめェ、殺す!絶対許さねェ!!」
犬歯を剥いて怒鳴るオレを悠々と殺戮者は眺める。

「負け犬、いや負け狐の遠吠えは聞き苦しいぞ。お前が大人しくおれの物になれば、こいつらのトドメは勘弁してやる」
「──それには及ばねェ」

双方の間に斬撃が飛ぶ。
糸が切れ、地面に着地したオレの横に立ちはだかるのは──
「ゾロ…お前、その目…」
「かすり傷だ。問題ねェ」

頬に滴るままの血を、舌でべろりと舐め不敵に笑う。
思わずゾクリと身体の芯が疼く。
血がこんなに映える男を、他に知らない。

「役者は揃った。フィナーレといくか」
まったくの無風状態。
羽のガウンはざわりとも動かず、ゆっくり天夜叉は降りてくる。
掲げた右手には赤く蠢くもの──

「まさか…それは…」
傍らのゾロにも緊張が走る。
「フッフッフ!良い面だ。そそるぜ」
ゾロが斬撃を飛ばす。ブーメラン型の糸に相殺される。
地面を蹴る。手を伸ばす。
寸前──心臓は歪み、握りつぶされた。

血しぶきがオレの頬に飛び散る。

「あ……あ……」

背後で、重く倒れる音。
「そん、な…ゾ…」

うつ伏せに、動かない身体──
ゾロ…ゾロ…

「いやだゾロおおおおおおおお!!!!」

***

狐族先代──ゼフの眼前には、最も恐れていた事が起こった。
潰された心臓、倒れたゾロ。半狂乱で叫ぶサンジの妖気は膨れ上がっている。
以前自分の片足を奪う程の力が、解放されようとしている。

青い帯を握りしめた拳が震える。
自ら頼んだとはいえ──孫をこの手で…。
走馬灯のように、子ども時代のサンジの姿や、喧嘩ばかりしていた日々が浮かぶ。

「ゼフ殿」
肩に手を置かれ、思わず取り落としそうになる。
背後には、息を切らせた狸族先代が立っていた。
サンジを一瞬の隙に逃がし、追ってきたのだ。

「貴方には酷過ぎる。私がやります」
一瞬心が揺らいだが──重く首を振る。
「一族の不始末は、一族で片付ける。かたじけない」
足を踏みしめる。
呪文を唱えると帯が青く光り出した。

「許せサンジ…!!」
稲妻の如く帯は走る。
サンジに触れる瞬間──四つに割かれた。

「…老いぼれが、余計な事をするな」
サングラスの奥の眼が森の方を捕らえた瞬間、先代二匹は見えない糸に拘束された。
ゼフは喉奥で唸る。
「おのれ…天夜叉…お前もただじゃ済まないぞ」
「百も承知だ」

その頬に一筋傷が付き、赤い線になる。
「フッフッフ…見ろよ、最高の見世物じゃないか」

赤い眼光。
伸びた犬歯と爪は鋭く光る。
鬼の如き形相。

「ころ…す」
燃える足を、天夜叉は潰した心臓を持った手で受ける。
「フッフッフ…おれを殺しても、お前の愛した男は帰らねェぜ?」
閃光が断続的に走る。
桁外れの威力に初めて、天夜叉は圧される。

「ウゥ…!強力だ。中々やる…!」
咆哮と共に地獄の火炎が渦巻く。
サンジの怒りに共鳴するように、地響きがおこる。
猛攻を紙一重でかわしながら、ドフラは笑い続ける。

「フッフッフ!いいぞ、もっとだ、もっと狂え!!憎しみで生じる血と死…これが“娯楽”だ!!」
蹴り続けるサンジの耳も尾も炎に変り、その顔に理性はもうない。

コウシロウは倒れたゾロと心臓で、すべてを察する。
沈痛に目を伏せる。
「なんと…むごい事を…」
傍らで、ゼフが皺を悲痛に歪ませる。
「もう…ああなれば周りのものすべてを破壊し尽すまで止まらない。もう終わりだ…」

大岩に叩きつけられた天夜叉に、炎の狐が迫る。
「し…ね…」

ガクンとその身体が止まる。
首に縄が巻き付いていた。

指を伸ばし、荒い息で起き上がる影が一つ。
見慣れた姿に天夜叉は片目を細める。
「ロー…何のつもりだ」
長身の男は帽子を被り直した。その陰から見える両眼は鋭く、戦意に満ちていた。
「…お前を殺すのは、おれの使命だ」

サンジは縄を解こうと暴れるが炎は消えている。
ローの呪縛の縄だ。

「長くは持たない。あとはどうにかしろ!狸屋!」
長剣を抜き、天夜叉へ斬りかかる。

もがくサンジの背後から、太い腕が巻き付いた。
その姿に、前当主達は驚愕する。
「良かった…生きて…」
少し糸が緩んでいる。コウシロウは身をよじり、懐刀を取り出し糸を切った。
ゼフの糸も同様に切る。

「…サンジ、聞こえるか?」
耳に唇を近づけ、訴える。
「俺は生きてる。お前を残して、死んでも死なねェ」
腕に爪が食い込む。血か吹き出す。
ひるまずにゾロは微笑する。

「腹が減った。サンジ…お前の飯が食いてェ」


(19.8.19)


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