──16
昼下がりに店に行くと、スタッフ達が笑顔で迎えた。
「オーナー!心配してたんですよ」
「常連さん達からのオーナーコールを抑えられない所でした」
一人が恐る恐るオレの後ろを指した。
「あの、オーナー。その人は…」
後ろに陰気に立つ長身の男。刀は流石に持っていないが、怪しさ満点だ。

「えーと…こう見えて、こいつは刑事だ。探している犯人がオレの店に来ていると情報が入ったらしい」
スタッフたちはザワザワと、「あの人かも」「いかにもあの人が怪しい」と話し合う。
いかん、輪が乱れる。
パンパンと手を打つ。
「のんびりしてるヒマはねェぞ!今夜は超絶うめェ飯を作ろうぜ!」


フレンチの仕込みというのは時間がかかる。
スープやソースの煮込み、材料の下ごしらえは丁寧に美しく。
皮むきさえも愛情を欠いては美味い料理にならない。

コックスーツに着替えたオレは、自らも調理しながらコック達に指示を出す。
ここがオレのもう一つの舞台だ。
妖も人間も関係なく、ただ美味い料理を食べてもらいたい、喜んで欲しい…その想いが形になった店。

午後18時開店。今日も予約で満席だ。
料理を一通り出した後にホールに挨拶に行く。
「サンジさん…!」
席を立ってキラキラした視線を向けるのは、以前神社で行き倒れて居た所を飯をやった、元ヤクザのギンだ。
「よう、ギン。久しぶりだな。毎日来てくれてたんだって?」
「サンジさん仕込みの味は、毎日食べても最高です。そして今日は極上です!」
うっとりした目がオレの背後に留まり、瞳孔が開く。
「…サンジさん、この男は…」

いつの間にか後ろに立っていたのは、刑事役のローだ。
スタッフ達は、「やはりギンさんだったのか…」と無責任にヒソヒソやっている。違うっての。
ギンは細い目を限界まで開いて、ローを凝視している。
あ、そうか。こいつ霊感が異様に強くて、ローの半妖の気配を感じてるのか。
「…同じ、妖…?…目の隈はおれに似てるけど…けど…長身…イケメン…スタイリッシュ…」
「お、おいギン?」

泳ぐ目でオレとローを見比べている。
「…悔しいが…お似合いだぜ…あんたら…」
微かに呟いたかと思うと、猛烈な勢いで残った料理を平らげた。
「うめェよ!うめェよサンジさん!!ごちそうさま!!あばよ!!」
涙を浮かべてレセプション(受付)へ走り、店を出ていた。

「……あれは病気か」
「……そうかもな。つか勝手にホールに出るな」
「店の周辺までROOMを張っているが、力を持った妖が二匹近づいてくる」
「何」
レセプションを見る。
ベルの音が鳴ってドアが開き、現れたのは──

「予約は無いが、いいな?」
レセプショニストに威厳たっぷりに告げる老人。
その後ろにはパンツスーツを着た美女。

目が合ったオレらの時間は、しばし止まった──

◆ ◆ ◆

最後の幹部を倒した後、ゼフに連れられて来たのは右京区の路地にある、二階建て町屋のダイニングバー。
以前赤鬼のシャンクスや狼族兄弟と宴会をした店だ。

店主のマキノが満身創痍の俺達を笑顔で迎え、鬼族秘伝の傷薬で治療してくれた。
ダイニングバーは隣の町屋と連結していて、一組限定の宿になっていた。
ゼフは数日前からここに泊まっているという。

「屋敷に帰ればいいのに」
鼻に包帯を巻いた天狗が言うと、
「いつまでも子守なんざしてられるか」
ふんっ!と鼻息でよさ毛が揺れた。

恐らく心配させない為だろう。
いくら戦闘は俺達任せだったとはいえ、今日のようなハードスケジュール、サンジは反対するに決まっている。
挙句自ら動きかねない。

サンジ…の三文字が脳裏に浮かぶだけで腹が減る。ナニがあれば反応もする。
トイレと言って場を離れ、ブルックに電話をした。

『ヨホ、ゾロさんどうしましたか?』
「そっちは変わりないか?ちゃんとサンジの貞操は守っているんだろうな?」
『おそらく大丈夫です、はい』
互いに状況を報告した。

京に入り込んだ幹部達を一掃し、コンテナに詰め国際警察へ突き出す手筈だ。
毒ガスは圧縮され、ドフラミンゴに送られた。
サンジサイドは、シーザーを餌に13日正午、宝ヶ池公園にドフラを1人で呼び出す。
あとはローの敵討ちだ。

電話を切り、その事をゼフに報告すると難しい顔で顎を撫でた。
「…どうも、何かが引っかかる」
「順調じゃねェか。あ、おれも公園に行くぞ。ローがやられたら次は俺がヤル」
以前、散々やられた礼もしねェとな!主にヤられたのはサンジだけど。

それからマキノとゼフが料理の腕を振る舞い、酒も出て俺と天狗と大工は夜更けまで飲み明かした。
起きたのは昼過ぎ。
寝室には俺しか居なかった。

隣に行きマキノに聞くと、天狗はとんずら、大工は仕事。ゼフはもうすぐ戻るという。
昨日縛り上げた幹部達を、国際警察に渡しに行ったらしい。

「まだゆっくり休んでいいのよ」
女店主の優しい笑顔に後頭部をポリポリ掻く。
「いや、充分寝たんだが…」
女の身体のせいか、痛みは引いても疲れがまだ残っている。
あのアホ狐がやたら女を大事に扱うのが解る気がした。
こんなもろい身体でよく生きてるな、あいつら。

「ゾロ君、まだ薬切れないのね。そのままでもいいんじゃないかしら?可愛いし」
…薬の件言ったのウソップだな。後でしめる。
「冗談じゃない。不便極まりねェ」
「あら、でもサンジ君、メロリンしたでしょ?」
ふふ、と笑われてケンカの件を思い出し、どーんと落ち込む。
「ど、どうしたの?」

これも身体が女のせいか…珍しく甘えた心になった俺は、全部話した。
ナミや百手は呆れ返っていたが、結局理由は教えてくれなかった。
狐のやつは、恋愛に対して女子な夢を抱いている所がある。
同じ女なら解るんじゃないだろうか?

真剣な顔で聞いてくれたマキノは、だんだん「あちゃー」というように眉尻を下げた。
「教えてくれ、俺の何がいけなかったんだ」
「うーん…私が言ってもいいのかな?あくまで推測だし」
「いいから!頼む!」
がばりと頭を下げた。
マキノはちょっと待ってと、お茶を用意して煎れてくれた。
緑茶のいい香りが広がる。

「サンジ君は、とってもゾロ君が好きなのね」
「…え…」
そうは思わない、思えない日頃の言動。
「ゾロ君のありのままを好きだから、受け入れたいって頑張っていると思うの」
それはー…どっちの意味だ?
心かアソコか??

湯のみを差し出される。
「それなのに…ゾロ君が女の身体を欲したら、サンジ君はどう思うのかしら?」
結局、女がいいんじゃねェか──狐の声が聞こえた気がした。

雄同士なのを何より気にして、組敷かれるのに自尊心を犠牲にして…俺を受け入れようとしてくれたのに。
俺は──

「…お茶、冷めるわよ」
穏やかな声に、一気にすすった。温めで味わい深い。胃の腑に染み渡る。
「大丈夫よ、きっと仲直り出来るわ」
ポンポンと頭を撫でられた。
…姉ってこんな感じか。ちょっといいかもしれねェ。

それから遅い昼食を貰うと、まだ抜けない疲れで寝てしまった。
帰ってきたゼフに起されたのは夕方頃だ。
「行くぞ。それに着替えろ」
中は緩やかなパンツスーツ。
ゼフ自身もジャケットに着替えている。
「なんだ?面接にでも行くのか?」
「あいつの店は一応、軽いドレスコードがあるからな」
「え…まさか」
先代は頷いた。
「サンジの店に行く」


店を持っている事自体も長年隠されていたのに、あいつは頑なに場所を教えなかった。
ナミに大枚を叩いて教えて貰ったのに、辿り着けない。
ナビを使ってもダメだった。
その事を告げると、ゼフは呆れる。
「道に迷わせる幻術は、狐の十八番だろうが」

タクシーを降りると、以前ぐるぐる迷った所に出た。
「…なるほど。狸除けの幻術だなこれは」
狐は俺にどうしても来て欲しくないらしい。
マキノ、やっぱ俺愛されてねェかも…

ゼフが印を結び、少し呪を唱えると、行き止まりだった所に道が出てきた。
これが狸には見えないようにしてあったらしい。

肩を落としたまま路地を進むと、小奇麗な店が見えてきた。

『バラティエ La seconde』

「…店名は変えてもいいと言ったんだがな。聞かなかった」
バラティエはゼフがやっていた店だという。
ならそのまま継げば良かったのに、La seconde…支店を付けると言い張ったらしい。
バラティエは、唯一無二のジジイの店だから、と──
あいつらしいと言えばあいつらしい。

金色の生意気狐を思い出し、はたと気付く。
俺、どの面下げてあいつと会えばいいんだ?
まだ女の身体だし…

「何をしている。行くぞ」
「え、あ、ちょっと待てよ…」

年寄りは自分のペースを崩さない。
しぶしぶ中に入ると、上品そうな受付が「いらっしゃいませ」とお辞儀をした。
「予約は無いが、いいな?」
受付はゼフの顔を見て、ハッとなり、
「もちろんです!前オーナー、ゼフ様」
少し慌てたようにホールの方を見た。

そこにはコックスーツ姿のサンジと、背後霊のように立つ帽子剣士が居た──

◇ ◇ ◇

「狸屋じゃねェか。あの年寄りは誰だ?」
オレはげんなりして肩を落とした。
「…オレの祖父、ゼフだ」

ちょうどギンの席が空いたので、オレ自ら案内する。
女ゾロはせめてもの情けかパンツスーツだが、女性物だから身体のラインが出てよりナイスボディが目立つ。
他の男性客がチラチラ見るくらいには美人だ。
野生動物のように目を反らさない奴だが、今はオレを見ない。

「…ジジイ、来るなら連絡くらいしとけよ」
「抜き打ちチェックだ。味が少しでも落ちていれば看板は変えてもらうぞ」
「へっ…望むところだ」

一応マナーとして、オレは壁際の椅子を引きゾロに言った。
「どうぞ、レディ」
「……どうも」
目を反らしながら座る。心なしか頬が赤い。
畜生、可愛い。
ゾロが入ってこれたという事は…ジジイが狸除けを解いたな。
一体何の意図でゾロをここに…。
「チビナス、何ボサーっとしている。早くもってこい」
「その名で呼ぶなっての!クソ待ってろ」
ローはまたいつの間にか消えている。ほんと幽霊みてェだな。

オレは気を引き締めて厨房に戻る。
「3番テーブル、コース追加だ!」



「…ゼフさんが連れてきた美女…」
「オーナーとただならぬ空気感だったよな…」
「まさか、お見合い相手じゃねェか?」
「だからゼフさんが直々に?ありえるな!」
スタッフ達のこそこそ噂話には耳を伏せ、オレはひたすら料理に集中した。
今はゾロどころではないのだ。

その甲斐あって、
「…ま、合格をやっておこう」
コースを平らげ、コーヒーを啜るジジイが言った。
「抜かせ。当然だ」
オレはチラリと緑頭を見て聞いた。
「…どうだった?」
「……いつもと感じが違ったが、美味かった。ごちそうさま」
どうも気まずい。
たった数日しか会ってないのに、数年会ってない感じがする。

ゼフは素早く目を走らせて、声を潜めた。
「…山の結界は万全か?」
「ああ。いつもより強化しておいた」
「さっきのが、鎌鼬の小僧か」
「ああ。本当はオレも敵討ちすべきなんだろうが…」
頭にばふっとゼフの大きな手が乗せられた。
「お前の記憶を封じたのはおれだ。おれが責を負う。お前はお山と自分を守る事にだけ集中しろ」
「ジジイ…」
そうだ。ドフラミンゴのもう一つの狙いがオレである以上、接触は避けねばならない。

「ゾロ、お前ももう山へ帰れ」
「え」
顔を上げるゾロとオレをゼフは見据える。
「緊急事態に仲違いしている場合か。ゾロ、お前は約束を守る為にサンジの側を離れるなよ」
ゾロの顔色が変わる。
約束…?こいつら何を…
「おれはもう一仕事をしてから山へ向かう。お前ら一緒に帰れ」
「え、ちょっとジジイ…」
待たない年寄りはさっさと店を出て行った。

「……コーヒー、お代わりいるか?」
「……いや、もういい」
「おれは貰おう。コロンビア深煎りで頼む」
突然ゼフの席に座った帽子男に、オレはもう驚かない。

「梅干のスムージーならお出しします、クソお客様」


(18.9.11)



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