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◆ ◆ ◆

「きゃ〜〜!!かわいー!!」
「ほんと、予想以上に似合うわ」
「………」
どうしてこうなった…。

鏡の前には和風柄のドレスで派手に着飾った女。
花の髪飾りに化粧までしている。
もはや俺という原型を留めない。
「この生地、西陣の若手の職人さん達に織ってもらったのよ。立体感が違うでしょ?」
黒髪長身の女がニッコリ微笑むが、あのバカ狐じゃあるまいし、俺は騙されんぞ。
「あら、その目はまーだ疑ってるの?あんたも大概しつこいわよね。ゾロ」
右隣で腰に手を当て高飛車に言うのは、猫又のナミだ。
そもそも何故俺がこんな所でこんな目に遭っているかというと…。

あの夜──狐の家を出てから自宅に戻り、適当な服をベルトで縛って少しの荷物を持って人界へ降りてきた。
お山ではすぐ見つかってしまうからだ。
深夜徘徊していたら、野郎どもにやたら声をかけられる。
「お嬢ちゃん、家出かい?おじさんちに来ないかい?」
「君、綺麗だね〜。うちの店で働かない!?君なら即日トップだよ!」
もちろん、鋭い睨みと覇気で追っ払ってやった。
女という生き物は見目が良いだけで、蝿が煩くて大変なんだな。

とりあえずヨサクとジョニーの寺にでも泊めてもらおうかとスマホを取り出し…ない。
…忘れちまった哀しみに。
この時点で迷子確定。
野宿は慣れているとはいえ、このナリじゃ色々とやべェかも…と繁華街をウロウロし続けていたら、
「あら?その緑の髪と背中の包み…ゾロ?」
リン…と鈴の音がして、人間に化けた猫又のナミに会った。
どこのキャバクラのナンバー1だ、というような露出だらけのワンピースを着ている。
「ナミ、どうしたの?」
後ろからもう1人、黒のロングドレスを着た女が現れた。こちらも負けじと夜の女仕様だ。
だがその顔に見覚えがあった。
「お前…!」
忘れもしない、七武怪の鍋事件…!
この女の通り名は『百手のロビン』
文字通り神出鬼没の手を無数に咲かせる事が出来る女妖だ。
捕らえられたサンジに対して、あーんな事やこーんな不埒三昧を…!
「あら、覚えていてくれたのね狸さん。嬉しいわ」
「あの時は羨ま…いや、よくも(狐を)やってくれたな。この恨み晴らさでおくべきか!」
背中の刀を取ろうとしたら、ナミにチョップされた。
「その単細胞っぷり、ますますゾロね。あんた女に化ける趣味があったのね」
「違う、これはちょっとした手違いだ」
「へェ…何か面白そうね」
ナミの目がすうっと半眼になる。
やべ、これは好奇心と野暮と悪知恵がミックスされた時の目だ。

「急いでるからまたな」
踵を返したが、何故か百手に行く手を阻まれる。でけェなこの女。
「やるならやるぞ」
睨み上げたら、
「あら怖い事いうわ。大丈夫よ。私はもうボスの所は抜けたから」
そういえば、七武怪のクロコダイルは裏の犯罪が明るみに出て、捕まったと噂で聞いた。
「部下のお前だって同罪だろ。何のうのうと表歩いてんだ」
「私達、基本的に契約関係にあったのよ。危なくなる前に手を切ったから、私は綺麗なままよ」
ワザとらしくひらひらと手の平を振る。

「まぁ、久しぶりで積もる話もあるし、オススメの店で一杯やりましょうよ」
強制的に腕を組まれる。
「いいわね。三人で女子会しましょう」
百手も腕を組んでくる。
これがあの狐だったら両手に花〜!!と鼻血で飛ぶんだろうな。
どうせ行くあてもない。
「誘ったんだから奢れよ」
「もちろん〜♪」
という言葉に乗ったのが間違いだった。

ぼったくり・バーという露骨な名前の店で、俺はすべてを洗いざらい吐かされてしまった。
「お山のピンチは一先ず置いといて…あんた女心…というか狐心分かってないわよね!」
「あの可愛い狐さん、落ち込んでいるわね。可哀想」
「ほんと、最低ね。身体だけが目的だと思われても仕方ないわ。もげればいいのに。あ、もう無いわね」
弾丸のように責められ、眉間にシワを寄せる。
「俺は、あいつが跡継ぎ跡継ぎうるせェから…」
「どちらかかが女になればいい、なんて単純な話じゃないでしょ?曲りなりにも女の身体を抱こうとしたあんたに、サンジ君はどう思ったのかしらね?」
「──それは……わからん」
呆れたため息が両サイドから聞こえた。
「サンジ君の苦労が偲ばれるわ」
「おしおきが必要ね」

そして俺はしこたま飲まされた後、ナミのマンションに百手と泊まらせて貰えたが──おしおきというのはコレだった。
ナミは副業でデザイナーをしていて、百手はショップオーナーらしい。
二人で京の工芸品のみを使った、ブライダルプランナー事業を立ち上げたそうだ。
この一等地に立つ煌びやかな店内は二人の店で、試作の和風婚礼ドレスを着せられているのは──俺。

「ちょっと、もっと笑顔になりなさいよ!」
カメラマンもこなすという「お前盛り過ぎだろ」な猫又から怒られる。
「いえ、ナミ。クールビューティーを売りに、むしろ無表情で流し目の方がいいかもしれない」
「そうね。さすがロビン」
つかお前ら仲良すぎだろう。
「もういいだろ、いい加減にしてくれ」
起きた途端に車に乗せられ、この店に連れ込まれ、モデルまでさせられているのだ。
「あら、あんたうちに泊まった上に朝食いただいたわよね?一宿一飯の礼って知らない?」
「朝食って、持ち帰りのモフバーガーだったが…」
「私の奢りは倍返しが基本なの」
こんなに腹立つウインクも珍しい。
あのバカ狐なら、
「そんなアコギなナミさんも素敵だ〜♪」
と人工台風をおこすだろう。

狐…あの姿を思い出し、胸が締め付けられる。
俺の何がいけなかったんだ。
中身が入れ替わらず、俺が女であいつに抱かれてやれば良かったんだろうか…。
パシャリと光が来て我に返る。
「今の表情、良かったわよ狸さん」
「ほんと、じゃあ休憩ね!」
「休憩…終わりじゃねェのかよ!もう3着目だぞ!?」
ナミはカメラの蓋を閉めながら、ニッコリ笑う。
「あんたに似合いそうなのが、あと5着あるの。よろしくね♪」
「────」

その日、結局俺は一日中女共の着せ替え人形として弄ばれたのだった…。

◇ ◇ ◇

お山に住む種族は、大体3大勢力だ。
天狗族、狸族、そして狐族。
あと河童を含めた魚人族、猫又、イタチ、他様々だ。
中には妖力が高いにも関わらず、人界を選ぶ妖も居る。ナミさんもそうだ。

夜7時…刻限ピッタリに現れた各種族長達に、まず酒膳をふるまった。
妖というのは例外なく酒好きだ。
次第に騒がしくなる中、狸族元当主、コウシロウがオレに話しかけてきた。
「ゾロ君は人界に行って帰って来ないみたいなんです。困った鳩が私に手紙を届けましたが、いいだろか?」
「もちろんです。むしろあのバカ狸より断然いい」
先代は眼鏡の奥の温厚な目を、細く開けた。
「喧嘩でもしたのかい?」
「…いつもの事ですよ」
とはいえ、蹴られても蹴られてもお構いなしで毎晩来る狸が、お山すら飛び出したのだ。
聡明な先代には気付かれているだろう。

「正直に言うと、私は君達の仲には反対だったよ」
反対も何も、そもそもデキてません。
といいかけて手の平で牽制された。
「私に娘が二人居るのは知っているね?」
「ああ、双子のキューティーちゃん、くいなちゃん、たしぎちゃんですよね?」
「そう。たしぎは海外に行ってたんだがね。そこで素敵な人が出来たんだよ」
「え!?彼氏出来たんですか?残念だな〜」
「相手も妖らしくてね。つまり、跡継ぎの心配は要らなくなったんだよ」
「跡継ぎ…」
昨日の喧嘩で何度も出てきたワードに、思わず耳が揺れる。

「ゾロ君の次は、うちの孫になるかもしれない。だから、狸族の方は君達を反対する理由が無くなったんですよ」
「……先代」
笑顔で肩をポンポンと叩かれた。
「さて、そろそろ本題に入らないと、本格的に宴会になりますよ」
「あ、やべ、ほんとだ」

静粛にと何度か声を張り上げ、ようやく話せる雰囲気になった。
「堅苦しい挨拶は省くぜ。書状にも書いた通り、お山の危機だ。七武怪のドンキホーテ・ドフラミンゴが毒ガスを撃ち込むらしいと情報が入った」
場がざわつく。当然だ。
江戸時代までは術者達の攻撃はあったらしいが、現代兵器の攻撃など初めてなのだから。
挙手をしたのは、天狗族当主ヤソップ。ウソップの父親だ。
「その情報、確かなのか?どこから耳にした?」
「それは、こいつからだ」
隣の襖を開ける。黒コートを着て長い刀を肩に置いた帽子男が立っている。
どよめきが起きる。
妖力の高い族長達には、こいつの妙な気が解ったのだろう。

「こいつの名はトラファルガー・ロー。ドフラの部下だった」
「妖とも人とも知れない匂いだが…裏切り者を信用できるのか?」
魚人族の王は病気なので、代わりに来た長男のフカボシが痛いところを突く。
ローが前に出る。
「信じようと信じまいと自由だ。大切なお山とやらに居座ったらいい。その後は知らん」
不遜な態度に周りがざわつく。
睨んでいる族長も居る。

「して、狐族当主としてはどうお考えか」
イタチ族の古老、ガン・フォールが冷静に問う。
オレは沈黙し、周りが静かになってから口を開く。
「道は二つだ。避難か、戦うか。避難すれば犠牲は無いが、お山は二度と戻っては来ないだろう」
「じゃあ戦うか!」
待ってましたとばかりに声が上がる。
オレは頷き、
「被害は最小限に留めたい。今から作戦を立てる」
そう言ってローを横目で見た。
察したローは部屋を出て行こうとする。
その時、
「そこの若いの。ワシはどこかでお主を見た気がする」
ガン・フォールが声をかけた。
「他人の空似だろ」
背を向け行こうとするが、
「いや…遥か昔、我が眷属には刃物を身に宿らせた一族が居た。医学を学ぶ為に渡独した男がおったが──」
「"ROOM"」
ローの姿は忽然と消えた。
周りがどよめく。
あいつとイタチ族に何か関わりが…?
気にはなったが、まずは本題をやっつけなければならない。
「静粛に!今から作戦会議に入る!」

妖というのは基本的に好き勝手生きているので、協調性という言葉すら理解していない。
ゼフから跡目を継いだ直後は侮られていたオレだが、どうも野郎には(不本意すぎるが…)好かれるようで、
あげく胃袋まで掴んだのでジジイ・おっさん達は真剣にオレの話に耳を傾けた。
会議が終われば後は宴だ。
庭でディダラボッチのドリーが鳥族のペルを「手乗り文鳥!」と言って腕に乗せる芸を尻目に、オレはそっとその場を離れた。

(18.8.17)


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