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◇ ◇ ◇

父親が不在の時を狙い、ルフィの見舞いに行く事になった。
ウソップが一緒なのは解るが──
「なんでテメェも来るんだよ」
「俺だってルフィとダチだ。来て当然だろ
どーんと言い放つ甚平姿の馬鹿タヌキ。

オレはムッツリと、やたらファンキーな人間の成りに化けた天狗を睨む。
「ウソップ、てめェこいつには教えるなって言っただろ?」
「そうは言ってもだね。ルフィがゾロにも会いたいと言っていたし…」
オレは溜息をつく。
そうなのだ。ルフィの奴、餌付けしているオレは当然として、何故かゾロにも懐いているのだ。

こんな凶悪面で生活能力皆無で、性犯罪者一歩手前の野郎なんかにどうして…
「おいサンジ、なんだその目は」
「べっつに」
狸の視線にオレはプイッとそっぽを向く。

そうこう言ってるうちにルフィの住むマンションに着いた。
555号室のチャイムを鳴らすと、ダダダダと足音が近づき、
「サンジ〜!」
ドアが開くと同時に小さな姿が腰に抱きついてきた。
「うわっ!おい、ルフィお前怪我してんじゃねェのか?」
肩を押し戻すと、額と鼻に絆創膏が貼ってある顔が、ニシシと笑った。

「もう治ったから平気だ!遊ぼう!」
「おーそうか。良かったな」
後ろからゾロが言うが、ウソップがビシ、と刀手で突っ込んだ。

「いやいやいや。ルフィ、カヤが言うには背中の打撲が酷かったそうじゃねェか。安静にしとけ」
「大丈夫だって!ホラこの通り!」
おいっちにーとラジオ体操を始めやがったが、スムーズに動いて痛みに顔をしかめる事もなく、確かに大丈夫そうだ。

「…さすが半妖ってワケか」
「サンジ!それ何だ!?」
すぐに手にした風呂敷に目をつけられ苦笑する。
「もうすぐ昼だからな。弁当だよ」
「やったー!!早くあがれ!飯めっし〜〜!!」
騒がしい少年に促され、オレ達は居間へと案内された。

前に来た時にはあんな事件があってよく解らなかったが、父と子二人暮らしなだけあって、色彩の少ない簡素な室内だ。
合板のテーブルに並べたお重にしばらく箸の攻撃は集中し、
からっと食べ終わった後、茶を淹れ本題に入った。

「大体はウソップから聞いてるが、怪我をした時の状況を、詳しく聞かせてくれ」
ルフィが怪我をしたのは昨日の夕方──忘れ物をした友達に付き合い、理科室に行った時に怪事に遭ったという。

ルフィはうーんと小首を傾げながら答える。
「なんかさ、誰も居ないのに居るような気がしたんだよな。
リカが机の上のふでばこ取ってる時に、リカの側でガルルル…ってライオンみたいな声がしてさ。
おれ、すぐに『誰だ!』って何もない所に飛び掛ったら、凄い力で跳ね飛ばされてたんだ」
その時の衝撃を思い出したのか、ぶるりと肩が震える。

「リカがびっくりしておれの所に来ようとした時に、急に動かなくなって、顔がどんどん青くなって倒れちまった。
おれ必死で叫んだら、近くに居たワイパー先生が来てくれたんだ」

「…そのリカちゃんはどうなったんだ?」
ルフィが眉毛を下げて首を振ると、代わりに天狗が答えた。
「カヤから聞いたんだが、病院に運ばれて今朝やっと目覚めたそうだ。酷く衰弱していて、3日間は入院だってよ。
──これで同じ状況で倒れた生徒が、27人…」
「27人もか?そりゃ尋常じゃねェな」
今更事の重大さに気づいた狸が唸る。

「誰か居るような気配…獣の唸り声…衰弱した生徒達…」
オレは顎を撫でながら考え込む。
「精気を吸い取る妖の類にしては、学校内という狭い範囲で、しかも数が多すぎる」
「だよなぁ…。あと女教師だけに別の被害があってよ」
「なに」
鋭く反応するオレに、天狗はへの字口で言う。
「一人で仕事してる時なんか、尻を触られるって。カヤも被害に──」
「ぬわにいいいい!!!?」

オレはテーブルをバン!と叩いて立ち上がる。
「カヤちゃんの!お、お尻をだとおおお!?クソ畜生め!蹴り潰してコロッケにしてやる!!」
「それ、うまいのか?」
「シッ!ルフィ、触らぬ狐に祟りなしだぞ!?」

一人で怒りに燃えるオレを放置して、天狗はゾロに話しかける。
「でさ、坊さんがお経でも上げてくれたら、心理的に安心すると思うんだ。近いうちにいいか?」
「別に構わんが…俺の経なんざ調伏の力なんざねェぞ?」
「解ってるって。だからお前は表向きで、本当の妖退治は──」

天狗の視線がオレを捉えた。
「サンジ、お前がやってくれねェか?」
「うおおおおお!!任せとけ!レディの敵はオレの怨敵いいい!!!」
「サンジって、お化け退治できるのか?」
ルフィが天狗に聞く。
「うーん、狐は妖力が強いからな。災いを成すモノを見つける事は出来ると思ってよ」
「よく分かんないけど、すっげー!おれもゴーストバスターしたい!ゴースト捕まえて飼うんだ!」
「ルフィお前ナメすぎだ…。虫じゃねェんだぞ」

妖と幽霊の区別がおぼつかない少年に天狗が呆れ、
「おいルフィ、どうやらヤバい相手らしいし、絶対に来るんじゃねェぞ」
オレも冷静になりそう諭すが、
「えー行きてェよ〜!邪魔しねェから」
「ダメだ。相手はどうやら姿を消せる妖だ。何をするか解らねェ」
「やだやだやだ〜!!ゴースト捕まえる〜!!」
床に転がり足をバタバタさせて、聞く耳持たない。

まぁ行く日時とか教えなければ大丈夫だよな。
口の軽い天狗には盛大に口止めをしておかねば。

そして憎きセクハラ妖怪め…。とっ捕まえてひき肉にしてくれるわ!!


◆ ◆ ◆


女が絡むと日頃クールぶってる狐は見境なくヒートアップしやがる。面白くねェ。

ルフィの家を出た後、帰りのバスで何時に向かうか話し合った。

天狗情報によると生徒が倒れた時間帯は、放課後が多いという。
よって明日の午後5時に、三羅小学校に集合する事になった。


あるアニメで、お化けは学校も試験もなんにもない♪という歌があったが、
確かに妖というのは人間のように毎日毎日あくせく働かない。
自給自足はワケないし、金は木の葉でちょいと出来る。

性質は、前ルフィに借りた漫画に出てきた海賊に近い。
基本的にその日暮らしの快楽主義で、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎが大好きだ。

しかしこうも人間かぶれな生活を送っていると、ほぼ人間のように働く妖も居たりする。
その代表は、くれは医院のドクトリーヌ。あのばあさんは人界でバリバリ働き、滅多にお山に帰る事はない。
俺も僧侶として檀家を巡って読経したりするし、
あの狐は──実は不定期に、料理人として働いているらしい。

それを知ったのはごく最近で、いつも大抵屋敷に居る狐が昼夜問わず、不規則に留守にする事があり、
てっきり俺の目を掠めてナンパしに行ったな!?ぐらいに思っていたのだ。
まさか店を構えたオーナー兼料理長だったとは…。

ちなみにこの事はうっかり口を滑らしたお喋り天狗に聞いた。
それで俺は「水臭さいじゃねェか」と狐に詰め寄ったのだが、奴は頑なに店の場所を教えない。
情報屋、猫叉のナミに聞いても、指で金の形を造り、「口止めされてるの。ゴメンね」と舌を出されてしまった。

ただの飯屋のはずなのに秘密にする理由が解らず、気になってしょうがない。


そんなワケで、狐は今日は仕事だったらしい。
待ち合わせが狐の屋敷では無く、東九条の地下鉄前だったのだ。

「よう、バカ狸」
「…おう」
階段を軽やかに上がってきた黒スーツ姿に、俺は笠を親指で持ち上げる。
読経をあげろというので、今日はいつもの僧侶服だ。

サンジはニヤニヤとタバコを咥えて、
「珍しく迷わないで来れたんだな」
「…当たり前だ」
お山からの天狗穴がすぐそこのお堂と繋がってるんだ。流石の俺でも迷わない。
つか、それを知っていてこの待ち合わせ場所を選んだ癖に。

狐は煙草に火をつけ、満足気に煙を吸って吐き、ニッと口角を上げた。
「さ、悩める美女の為に、愛の戦士が馳せ参じますか」
「言っとけ」

夏の日は長いとはいえ、あれだけ忙しなく鳴いていた蝉も静かになり、熱を持つアスファルトに落ちる影もやや長くなっている。

当然のように前を歩く狐の背を見る。
丸い後頭部にぴよぴよ跳ねる髪が愛らしい。
牛のように食みてェ。じゃなくって。

この狐は女尊男卑にみせて、誰にでも優しい。
それでいて、どこか一線距離を置いたようなところがある。

数々の騒動で(貞操面以外は)俺に心を許しているのは解るが──どうしても越えられない壁を感じる。

無理強いしてしまえば、突き破れない事もない。
しかしそうしてしまえばこの狐は──俺の前から消えてしまいそうな気がする。
それだけは…嫌だ。

帰宅途中の人間の波を縫って歩く狐の背は、近いのに遠い。

──ヤキが回ったな。俺も…

そっと自嘲する俺の頬を、煙草の煙が掠めていった。

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