─十二
◇  ◇  ◇

狼兄弟は先に病院を出たらしい。
オレとゾロも赤鬼にせかされ、タクシーに乗った。

…なんつーか…このおっさんにはホトホト参った。
救急車の中では肝心な質問は「あとで雁首揃ってから言う。2度手間めんどい」と突っぱね、

今タクシーの中では「やっぱり出来てんの?どこまでいった?挿った?」
と助手席からシートベルト伸ばして聞いてくるもんだんだから、
運ちゃんに「すいません、お客さん困ります」ってたしなめられるし…

人間(鬼だけど)歳取りすぎると子供に返るってホントだな。


車は右京区の路地にある、二階建て町屋のダイニングバーに着いた。
日が沈みかけて青みがかった空に、黒く堂々とした佇まいだ。

中に入ると銘仙の着物姿が優美な、黒髪の女将が迎えた。
「いらっしゃい。久しぶりねシャンクスさん」
「よぉマキノさん、急に悪かったね」
「それはいつもの事じゃないですか」
クスクス微笑む姿はえ!?吉祥天女!?と見紛うほどの美しさだ。

メロメロリン浮かれていたら、赤鬼が「おれの古い仲間なんだ。怒らせるなよ〜一番怖いぞ〜」と耳打ちしてきた。
って事は…この素敵なレディも鬼!?

「人は見かけによらねェな…」
ずっと黙ってたゾロが、後ろでボソリと呟いた。


マキノさんに案内され、二階の座敷に上がると──
「サンジ!!」
「サンジィ〜!!」
「わっ!?」
風のように黒い姿が二つ張り付いてきて、後によろけたオレをゾロが支えた。

「ぐぉら!エース!つかルフィ、お前まで何しとんじゃ!」
狸がぐわっと威嚇すると幼い顔が上がり、
「なんとなくだ!」
ニシシと笑った。すべてそれで許されそうな笑顔に、オレは苦笑する。

「二人とも、もういいのか?」
「ああ、お陰さまで。ありがとうなサンジ」
「ありがとうな!サンジィ!」
「あ、こらヤメ…」

兄に首筋を、弟に胸を額でグリグリされて、くすぐったい。

ゾロが鬼の形相で引き剥がそうとしたら、パンパンと手を鳴らす音が響いた。
「まずおのおの方、席について乾杯しねェか?」
シャンクスがそう言うと、マキノさんが酒器とグラスを持ってきた。
狸がじゅるりと口を鳴らす。

漆塗りの見事な大テーブルの前にシャンクスが上座。ゾロとオレが隣で前に狼兄弟が座った。
色合い豊かな前菜と、ルフィにはお子様ランチが配膳される。
そして陽気な赤鬼の音頭に、杯を合わせまずは一献。
華やかな香りの大吟醸が、疲れた身体に染み渡り、思わず身を震わせた。

「──さて。まずは何から話そうか」
赤鬼は杯を置き、ゆったりとオレ達を眺めた。

聞きたい事は山ほどある。だがまず…
「あのティーチとかいった黒ひげの野郎、一体何者なんだ」
オレを押して、ゾロが低い声で問うた。

「ふむ。…悪役」
「っておい、一言かよ!ンなの言われんでも解るってんだ!」
ゾロが手刀で突っ込む。
まぁまぁとオレが押さえ、次いで聞いた。

「結界を壊すとか四皇とか言ってたが…どういう事だ?」
赤髪は説明すると言ったくせに、面倒くさ気に襟元に手を突っ込み首を傾げた。

「うーん。まァ簡単に言うとな、この国は四方結界によって守られてるんだわ。
それを守るのが、西のニューゲート、南のおれ。あと北と東な。
それを合わせて四皇って呼ばれてる──って知ってるの、齢(よわい)100を超える一部の妖しか居ないけどな。
このうちの一つでも結界が破られたら、この国は大地震でドンガラガッシャーンなっちまうワケ」

…あっさり言うな、んな大層な事。

「そんな…てっきり、西の地だけかと…」
エースが少し蒼ざめて呟く。
「だから力ある妖が守護をするんだ。白ひげのおっさん、もう歳だしな。
ティーチの奴、闇石を盗み出し力を蓄え、再び期を狙ったんだ。
エース、跡目のお前を殺せば、結界を守る力が手薄になるからな」

どんな執念だ。そうまでしてこの国を滅ぼしたいのか。
白ひげの命を狙い、酒呑童子に傷を負わす程の力の持ち主──あの時、赤鬼が現れなければ…

恐ろしさにぶるりと尾を震わせ、ふと疑念が沸いた。
「そうだ。何故タイミング良く助けに現れたんだ?」
赤鬼はよく気付きましたというように、両目を細めて視線と親指をルフィに向けた。

「あの麦わら帽子な。実はおれのなんだわ」
「えっ!?」
お子様ランチに夢中だったルフィが、チキンライスの粒をつけた顔を上げた。
「これ、おっさんのなのか?」
「ああ。その赤いリボンにおれの髪が編み込んであってな。
だからお前がどこに居るのか、どんな状態なのかすぐ分かるんだ」
「うーん…つまり、不思議帽子だな!!」
ルフィは無邪気にそう言うと、再びランチに夢中になった。

「ちょっと待て。そんな帽子を何故あんたがルフィに?」
エースが眉を潜めて聞くと、シャンクスの真紅の眼は微かに伏せられた。

「…お前達の母親に、頼まれたのさ」

赤鬼は、狼兄弟の母について語った。
その妖力は鬼族たるシャンクス達に匹敵する程で、しかも予見の力があったらしく、
シャンクスは本気で彼女を自分の山に勧誘したそうだ。

「まぁ、ぶっちゃけ惚れてたんだけどもさ。あっさりフラれちまった」
カラカラ笑う。
かの酒呑童子を、あっさり振るって…すげェな。

「困った時はいつでも頼れって言って別れたんだがな。ウン10年経って、まさか京に来るとはなァ。
今度こそチャンスと思ったら、あっさり人間と結ばれちまって。おれ涙目よ」
そう言うわりには、清々しい笑顔だ。だがその表情が、すっと沈んだ。

「彼女は自分の死期も、この騒動も予見してたんだろうな。
だから事故に遭う二週間前に、おれに頼みに来たんだ──ルフィを守ってくれって」

「そうだったのか…」
顔を伏せるエースに、赤鬼は「おっと」と、人差し指を向けた。
「弟ばっかり、とか思うなよ。お前のその首飾り、それはお前の母のものだ」
「え…?」
狼の視線を、赤鬼は優しく受け止める。

「自分の妖力をありったけ込めた玉を、繋ぎ合わせたんだとよ。
お前がおれの所に来たら渡してくれって、頼まれてたんだ。
お前達がティーチの力を食らって無事でいられたのは、その首飾りのお陰だよ」

──あの時の声…空耳じゃなかったのか。

エースは首飾りをぎゅっと握り、目を閉じて呟いた。
「母さん…」
「それだけじゃねェぞ!」
いつの間にか、黙って話を聞いていたルフィが、麦藁帽子のリボンをゴソゴソ探り、小さな紙を取り出した。

「これ、エースの命の紙ってヤツだろ?母ちゃんがずっと持ってたんだけど、死ぬ前にここに入れてくれたんだ。
兄ちゃんに見せたら、おれが弟って解ってくれるからって」

命の紙は、妖族が生まれた時に髪や爪の一部を練り込んで作る、特殊な紙だ。
持ち主の方角を示すだけでなく、紙の状態でその者の安否が解るという。

肌身離さず持っていたという事は…

「母親ってのは、どんなに離れていても子供を案じてるもんなんだな。やっぱり、良い女だったぜ…」

シャンクスが瞼を閉じ、静かに呟いた。
エースは古びた紙を受け取り、ぎゅっと握り締めた。
俯く兄に弟が「エース、またどっか痛いのか?」と心配したように覗き込む。
それに首を振り、狼は弟の頭をポンポンと撫でた。

「大切に持っててくれて、ありがとうな、ルフィ」
「当たり前だ!ししし!」

無邪気な笑顔に、オレ達にも笑顔が広がった。

◆  ◆  ◆

畜生、良い話じゃねェか。
サンジのやつも、しんみり耳を伏せている。
その雰囲気を掻き消すように、パンパンとシャンクスが手を打った。

「よし!説明終わり!!あとは宴だ!!」
「うたげ!?おれ、知ってるぞ。海賊が毎日するやつだ!こうするんだぜ」
ルフィがぴょんと立ち上がり、ジュースの入ったグラスを掲げて叫んだ。

「野郎どもー!!うたげだぁ〜!!!」

甲高い声を精一杯野太くして叫ぶその姿に、俺達は思わず吹き出した。

それから、くれはとチョッパー、どうやって呼んだのか猫又のナミと天狗のウソップまでやってきて、
呑めや歌えやの大騒ぎとなった。
どうやらチョッパー以外、みな赤鬼とは懇意だったらしい。

美味い牡丹鍋と酒に酔いしれ、ウソップの鼻芸に腹を抱えて爆笑する。

狐は女将を手伝って動き回り、酔ったふりでセクハラをかます俺を蹴り上げた。
なんでェ!シャンクスにはすんなり触らせたくせに!
──まさかあいつ…年上が好みとか…
狼兄弟羨ましそうに見てたから、兄貴的存在に弱いとか…!

うおおおお!あと数10年早く生まれてればよかった!!

背中も痛むので、部屋の端に座り手酌でヤケ酒を煽る。
ちらりと見たエースは、笑いながらも何か考えている様子だった。

宴は東の空が明らむまで続き──やがて静かになった。


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あきゅろす。
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