ケンレン(名無しさん)1
※ケンレン恋人設定




 本当に静かな夜のことだった。偶に大通りを車が通る程度で、他に音がない。
 気温は低いが天気は良く、澄んだ空気の中で空には星がいくつも見えた。東京の空なんかじゃ、星なんか殆ど見えたりしないから、何だかあの場所を思い出して、少しだけ懐かしい気分になったりする。

 年明けから始まるドラマの撮影の為、北へとロケに来ていた。

 まだ冬本番とまではいかないが、東京と比べると外は驚くほどに寒い。ただ、一度室内に入ってしまえば、中はとても暖かくて、このギャップにどれほど耐えられるかが勝負所だろう。
 室内での撮影は殆ど別撮りで東京のスタジオ内での撮影になるから、キャスト、スタッフ共々、暫くはこの寒空の下での戦いとなる。
 勿論、寒いからといって風邪なんて引いていられないが、衣装が思いのほか薄かったり、上着も着ないで外でのシーンの撮影もあったりで、なかなか過酷な内容だ。
 まあ仕事だと思えば仕方ないし、そこまで辛いとも思わなかったが、蓮の側に居られないことはやはり寂しい。東京に居たってその事実は変わらないのだけれど、それでもアウェイの空気感からか、いつもより強くそれを感じた。
 それでもこのドラマのロケに入って北へと来てからは、蓮とも頻繁にメールを交わしている。
 休憩中に届いたメールに返信していると、ついつい顔がにやけてしまった。気を引き締めようとは思うのだが、直ぐに返信されてくる文章が嬉しくて舞い上がってしまうのは仕方がないと思う。
 携帯電話がメールを受信して点滅するのが分かると、直ぐに確認したくなり、特別に区画されたフォルダを開く。一応は周囲に見られていないかも確認して、ゆっくりと蓮からのメールを目でなぞった。一番下まで下ると一枚の添付画像がある。

「………あァ?」

 何だこれは、と思わずいつぞやと同じ様な低い声がでた。周りの目がなくて本当に良かったと思えるくらい、怒りで地の自分が出ていたと思う。
 画像は蓮と、見覚えのある蓮の友人達が映った、所謂プリクラの画像。狭いフレームの中にぎゅうぎゅうとくっついて映る彼らと蓮。許せないのはイタズラにされている頬への軽いキスだ。
 過去にもあったが、蓮が体育でサッカーをしている時だったか、あの時もそうだった。あの時の場面を思い返すとついつい舌打ちしてしまう。今回もそれと同じだろうが、形に残ると尚一層腸が煮えくり返るというものだ。
 そもそもなんでわざわざこんな画像を送ってきたのか。側にいれば少なくとも現状よりかは容易くその真意を問い詰められるのに。
 ロケ地で唯一の楽しみの時間が脆くも崩れてしまったような気になる。
 健悟の腹の中で渦巻くのは醜い嫉妬心と怒りだ。もしこれで蓮が近くに居たならば、押し倒して嫌がる蓮に無理やりにでも聞いてしまいそうだから、離れているのはある意味では正解なのかもしれなかった。

 苛立ちは収まらないが、仕事は待ってくれない。スタッフに呼ばれて、上着を脱いだ。このくそ寒い中で上着を脱ぎ撮影だなんて普段なら冗談じゃないが、今この場合ならば、頭が冷えて丁度良いい。
 昼間にうっすらと降った雪を踏みしめて、撮影が再開された。


 今回の撮影で健悟が演じるのは恋人を奪われ怒りのままに復讐をする男だ。正に今の心境に憎らしくなるくらいぴったりきてムカつく。勿論、ドラマは最後にはハッピーエンドが最初から決まっていてストーリーは完結しているから、ここから先どうなっていくのか分からない自分と蓮とは格段に違うのだけれども、ただ、今ならいい演技が出来そうだ。いや、演技なんかじゃなくて、本当に嫉妬のままに復讐する男そのものだろう。


 撮影が一段落つき、今日はここまでと皆で引き上げる。役者、撮影陣共にホテルに戻って、後は各自バラバラに行動だ。共演者達にこれから一杯やりに行こうと誘われたが、明日も早くから撮影が入っているのだと言って断った。正直なところ面倒だし、飲んだところで気が晴れる気がしなかったので断ったのだがそれはまあいいだろう。

 割り当てられた部屋に戻り、携帯をベッドの上に放り投げた。あの休憩から携帯を開いていない。怒りの収まらないままに蓮と連絡をとりたくなかったからだ。寒空の下での撮影に、身体は充分冷えたが頭の方はそれ程冷静になどなってくれていないようだった。そんな中、携帯が着信を知らせる為に点滅を繰り返した。順番に色を変えるそれは明らかに蓮からの着信を示していて、どうしようかと一瞬迷ったが、流石に蓮からの電話を無視することなど健悟には出来ない。携帯を開き通話ボタンを押し、狭いホテル内の部屋にピ、とボタン音が響いた。

「……もしもし」
「あ、もしもし…なあ、あのさ、メール見た?ていうか、画像のやつ見た?」
 伺うようにおそるおそる尋ねてきた蓮の声を聞いた瞬間、また頭が沸騰したような気がしたけれど、努めて冷静に返事をしなければと携帯を握りしめたら、思いの外低い声が出て一言しか返せなかった。

「見た」

 健悟の返答に僅かにでも思うところがあったのか、蓮が息をのみ沈黙した。

「見たよ。で?どういうつもりで、」「あれは!昼間にみんなで遊びに行った時にプリクラ撮ろうってなって、おれはいやだったんだけど羽生がふざけただけで……、それを、武人が目ぇはなした隙に俺の携帯から送ったんだよ!」
 最近の蓮の携帯のメールの送受信履歴は健悟ばかりだ。名前が入って無くたって蓮と一番仲のよい彼がそのやりとりを見れば一発で蓮が誰とメールをしているかなんてバレバレだったろう。電話帳など調べなくても、その履歴からあのメールを送ったとそういうわけか。あのプリクラ画像が自分の知らないところに在るよりは、今その事実が知れてよかったのかもしれない。なるほど、と頷いた。しかし、だ。当然許せないこともある。

「でもキスされたのは頂けないんだけど?」

 少々冷たく返してしまったかもしれないが、事実あのような行為を当たり前に受け入れられてしまっては、これから先が思いやられるし、蓮が誰かにキスされて、その度に喧嘩だなんてことになるのは嫌だ。

「金輪際こういうことがないように」「お前だって撮影ですげー綺麗な姉ちゃん達としてんじゃん…しかもほっぺたなんかじゃないし……」

 蓮に不満気な声でそれをいわれてしまえば、健悟としてはぐうの音も出ない。それはあくまでも役の話であるが、実際唇と唇がくっつく行為であることは間違いがないからだ。

「それは仕事だよ。特別な感情なんか湧かないしなんとも思わない…蓮じゃないと意味がないから、」

「なんだよ!そんなん俺だって一緒じゃんか。…別に羽生のことは友達としか思ってない」

「…そうだね」

健悟は電話の向こう、しょぼくれた蓮を思い描いて目を細めた。結局のところ、この話は平行線にしかならない。健悟が今このタイミングで役者を辞めることは二人の本意ではないし、羽生のことだって蓮が悪いわけではないからだ。
 お互いが好きだから嫉妬することもあるのはそれこそお互い様なのだし、その感情をコントロール出来なければ長く続かないのも承知している。ただその感情のコントロールというやつが、こんなにも難しく自分を苦しめることを、健悟は今まで知らなかった。蓮のことを好きになってから健悟は全く余裕がないし、常に独占欲みたいなものがある。いっそ二人だけしかこの世界に居なかったら、こんなにも思い悩むこともないのになあと、随分とロマンチストみたいなこと思った。

「ごめんねー、羨ましかっただけだよ。じゃあ今度俺ともプリクラ撮ろう?」
「えー…」
「『えー』じゃないでしょ!つーか、まだ遊んでんの?いま何時だかわかってんのかな、」
「じゅういちじにじゅうさんぷんです……」

 健悟の声が若干低くなったのを聞き取り、蓮は気まずげに返答する。

「それに!早く中に入りなさい。外からかけてきてるでしょ?風の音がピューピューしてるし……風邪ひくよ」
「引かねーよ、母親かおまえは。つうか、どっちかっていうと、そっちの方がさみーだろぜったい。……風邪ひくなよ?」
「……どうかな。蓮が暖めてくれたら引かないかも」
「はァ?あほかよ…」
「今日の撮影すっげー寒かったんだよなあ。しかもコートも着ねえで雪降る中死体埋める穴掘っちゃったしー」
「……おっかねーな」
「でしょ?でも今日の蓮からのメールのおかげですごい臨場感溢れる撮影が出来たから放映日は楽しみにしててくれていいよ」

 電話の向こうの彼にも伝わったであろう弾んだ声は、暗に、あのプリクラ画像のせいで凄い焼き餅妬いちゃって最高に気分が悪かったから、あのドラマの復讐男が生き生きと演じられたよ、とそういうことだ。健悟の怒りに触れて寒気がしたのか、蓮からは渇いた笑いが返ってきただけだった。

「とにかく!ドラマ終わって、次逢うときは、二人で、すっごいプリクラ撮ろうねー!」
「まじかよ…ていうかおとこ二人でそういうのって、キモくね?」「じゃあハメ撮りすんのとどっちが「やっぱ撮りに行こう!すぐ行こう!早く帰ってこい!」

「はーい」

 くすくすと笑う健悟にもう怒りは残っていない。それを確認した蓮はほっとしたようにそれじゃあと言って通話を切った。最後に聴いたおやすみのお陰で、今日もよく眠れそうだ。

 健悟は携帯を充電器に繋ぎ、ゆっくりとした動作で寝支度を始めたのだった。



おしまい。




何が云いたいかといいますと、二人でプリクラとったらかわいいっていうだけのはなしです。むだにいちゃいちゃしたやつを撮ろうと頑張ると思います。しかし男同士でプリクラってお断り対象…ケフンケフン
もういっそけんごくんが女装してくry

きっとけんごさんはベタに電池パックに貼ると思います。
お粗末様です。





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