ピーっ、と鳴る笛、今のおれにとっては一番すきな音。
「あー……やーっと解放」
 蛇口行って水飲もー。ぐびぐびいこー。別に疲れてもないけどぉー。あー、ポカリ飲みたいポカリ。
 って、とことこ歩ってたら、ぎゃーぎゃーぴーぴー騒いでる集団が後ろから近付いてきた。うっつぁしーなーもー。
「おいおまえ」
 うわまたこの声、さっきのやつじゃね?
 離れて歩こうー、って、歩く速度を速めた、ら。
「おまえだっつのバカ」
「うわあぁっ!」
 後ろから膝カックンされて、気を抜いてたおれはぐだぐだっと暑いプールサイドに沈み込んだ。
 つーかやめてぇー、制服着てるときならまだしもすっ裸で膝カックンって最悪だべおめー。じょりっつったぞおいー。
「……だからさぁ〜バカバカ言わないでよ、初対面でしょ〜」
 起き上がりながら言うけど、それに対する返信は随分と食い違ったものだった。
「おまえ泳げねーんだろ?」
「……だーったらなんですかぁー?」
 散々見てただろおまえ、って睨めば、なぜだかそいつはニッカーって笑って、ぽんっと肩を叩いて来た。
 あ、笑うと全然恐くないなこいつ、って、ちがうわ。
「よしきた」
「はぁ?」
「おまえ、今日から特訓しよーぜ」
「え、やだ」
 プールを見ながら髪にも負けないキラッキラした笑顔で歯ぁ出して言うもんだから、思わず後ずさりして金髪から離れる。
 だって、ぜってーなんか企んでんべ、こういう顔するやつぁー。
「なんで?」
「なんでっていやだよっ、え、逆になんでぇー?」
「おまえ教えるっつったらプール使い放題、イェイ」
 両手でブイサインを作って首を傾げるキンパに、おれの眉間にどんどんどんどん皺が集まる。
 な、な、なに勝手に話つけてんのこいつ、こえくね? イミわがんなくね?
「い……イェイじゃなぐね? 全然イェイじゃなぐねーか!?」
「えー、いやさー、俺んち今エアコン壊れててさ、ねーちゃんの部屋しか使えないのね。あ、もうおれのねーちゃんつったらすっげーこえぇんだけど、あんなとこ入るくれーならプールにずっと――」
「ねぇ!」
「ん?」
 長くなりそうな話をぶった切れば、こてんって首を傾げられた。
 いやいやいやいや、なに、なんでそんなきょとんってされんの? おれがきょとんだべした、ここ。
 なにこいつおれを利用したみたいにさらっと言ってんの? 頭おかしーのけ?
「お、おれたち話したことも無い、よねぇ?」
「喋ってんじゃん、いま。だから、ハイどーぞ」
「ちょっ、いやだよっ!」
 「ん」ってあっさりプールを指差されて、当然の如くその指を叩き折る。
 確かにプールが終われば生徒は各自解散で、家に直帰することになってっけどさ、ありえなぐね? まだ皆いっかんね、着替えでっかんね。
 一人で秘密特訓とか馬鹿でもあっぱい、痛いべした、やーだよ、だったら帰って寝たいよーおれ。
「はー? おまえさー、折角センセーも付き合ってくれてんだからさー」
「寝てますけれども! 監督不行届きですけれどもっ!」
「あーもうっぜぇなぁ、ぐだぐだ言わねーで行ってみろっつの、意外とイケっから」
 腰をツンって押されて、本当にプールに落ちそうになる、いや死ぬ、これマジなに、こいつ本気? はぁ?
「頼んでねぇべした、むり、つぅか泳げなくて良いっつってっぱい!!」
 本当に背中を押そうとしている金髪に向けて両手を広げれば、一瞬驚いたような顔をした後、打って変ってブハハハってでっけー声で笑われた。
 ……は、はぁ? なに?
 からかってんの?
「……な、なーんすか?」
「あー、笑った、いやだーいじょうぶだって、泳げねー奴はたいてーそう言うんだ」
「ちっが、ちょ、だっから、いやだってばぁ〜!」
 全然諦めてねぇー!
 意味不明な言動に、いっそ逃げようと方向転換すると、あろう事か一瞬で水着の端をぐいっと掴まれてキンタマがひやっとした。
「ちょ、おま、脱げっぱい、ちんこ見えっぺした!」
「うはははっ」
 何焦ってんだよ、って肩を引っ張られて、そしてその手が離れない。
 あれ、うん、離れない。

 ……え?

「あ、おまえあれ?」
「……な、に?」
「なんかちっちゃい頃に溺れたとか?」
「え? うーうん」
「じゃーすげー水恐怖症みてーな?」
「いや恐怖症っていうか、なーんか恐いっていうかぁ……」
 うーんって唇尖らせて言えば、更に歪んだ顔が返ってくる。え、なにその訝しんでるみてーな表情。
「は? 風呂入ってねぇの?」
「ちょ、入ってるよっ!」
「じゃイケんべ」
「……むりだばい、風呂とプール一緒にしないでよぉー」
「いけるいける、風呂入れんならイケる」
「ばっ、おま、したらおれ赤ちゃん時から泳げっぱい」
「いやだからイケるって、おまえマジあれだかんね、一番大事なのイケるって思うことだかんねマジで」
「いやあんたかっけーこと言ってるみてーな顔してっけど実際中身ねーべしたそれ」
「……」
「……」
「いける! 」
「むり!」
「いける!」
「むり!」
「……うぜぇ、つーかいけ」
「うわあああ!!」

 バッシャァーン! って大きな音を立てたプールのせいで、漸く起きたらしい先生が「イガラシー!!!」って叫んでるのがうーっすら聴こえた。
 あーなにおまえキンパ……イガラシっつー名前なの?
 つーかおい、えーいやいやちょっとまてよ、手動かねーんですけど、鼻いてーんですけど、キンキンして、つーか、え、あれ?


 おれ、……溺れてね?







 すんごいね。
 おれ、初めて知った。
 永い人生好きと嫌いだけじゃないわ。
 



 大嫌い、の存在忘れてた。









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あきゅろす。
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