でもさー宗像さん、おまえだけじゃねーわ。
 おれも、いま、マジ殴りたいっす。


「羽生ほらここまで、こっぢさ来てみろカナヅチー」
「さすけね(大丈夫だ)って、おめ一回泳いだからこーしてイケっからほんとに」
「……はあ」
 あーもううっつぁしーなーおめマジいい加減ぶっつくぞおめ。
 泳げねーから静止してんの、ほっとけやボケー。
 つっても、さー。いやね、こういう直接的に言ってくるのはまだ良いんだけどね。いや良くないけど、良くないけどさぁー、まだマシっていうかさー。それよりもそれでバレて周りに同情されるほうが辛いよね、えー泳げないんだってーみたいなね、男の子なのにーとかね、さすがの俺も心折れるよね、英語わかんないけどなんとかハートだよね、ぶーなんとかはーと? わっがんないけどさぁー。
 ああ昨日の巨乳チャンもすごい見てるすごいカワイそうに見られてる。気がする。
 こっちのがやだーあーもう。いーじゃんこんな授業ねぐてー。夏はずっと保健でいーべしたぁー。くっそあぢー教室でゴムがどこまで薄くなれんのかのけんきゅーでもしよーよー。
「あーあー……」
 ……まー、しょうがないけどさぁー、事実だし。
 からかってくる馬鹿にハイハーイって笑って流して、かわいいーってクスクス見てくる女子(からかわれてる?)にもひらひらーって手ぇ振って。いまはちょーと戦意喪失してるからムリだけどさー後でナンパ出来たら儲けもんだなー。
 適当にちゃぷちゃぷ浮いて、笑ってるおれってマジ無害だべ、誰にもめーわくかけてねーべ。
 なのに騒いでくるガキはなんなのーこのチェリーたちなんなのーさすがのおれもぶっつきたくなっちゃうよねそれねー。
「おいはにゅー、俺と競争すっぺよ、あっちのへりっこ(端)まで〜」
「ばっかおめやめろよ〜」
「……あーはいはい今度ねー」
 やめろよーって笑うくらいなら止めんなよーほっとけよーあーうっざぁーい。
 とか、てきとーに流してたときだった、突然、聞き覚えの無い声が聞こえたのは。
「あーもう、っせぇなー」
「?」
 プールの水音で掻き消されたけれど、舌打ちもオプションでついていたかもしれない。
 誰に言ってんだろ、って思って振り向けば、きっと張本人だろう金髪は寸分違わずおれを凝視してた。
 え、ていうか、おまえ、あれ?
「うっせーっつってんの」
「え、おれ?」
 えぇ〜? なんも言ってないじゃーん、静かに水ん中流れてただけじゃーん。なにこの横暴人間ー。
「ちっげーよ、オメーなんも言ってねぇじゃん、オメーらだよ、うっせぇ」
 って、あれ? おれじゃねぇの?
 良く見れば金髪はおれの後ろにいるチェリー組を睨んでて、異端児の証拠でもある金髪はそれだけで充分過ぎるほどに恐かった。
 だってありえねーべした、こんな田舎でこんな色。ありえねーってーの。
「はぁ? なんだおめえっ」
「べつにうっつぁしく(うるさく)ねーべした、おめのがうっつぁし!」
「いや、つーかうっせぇのはいっぱいいっけど、あんたらは耳障り。どっちかっつーと」
「んだぁてめっ、このキンパが!」
「ああ、褒められちゃったー。綺麗っしょー」
 チェリーを鼻で笑って自分の髪をくしゃくしゃと擦るキンパは本当に気に入っているようで、どっからその自信が湧いてくんですかって訊いてみたいほどだった。
 初めて間近で見る金は、水に浸って所々茶色混じり。どっちかっていうと金光りしてるそれだけど、でもやっぱり、型に嵌った黒ばっかよかぜーんぜん綺麗だった。くやしーけど。
「褒めてねーべした!」
「キンパっつったじゃん」
 うっつぁしー! って叫ぶ相手に「だからおまえらがうるさいじゃん」って溜息を吐いたキンパは、水を盛大にぐわっと浴びせてから、くるっと方向転換した。あれ、つーかおれもびしょぬれなんですけどおいこらおまえー。
「知るかバーカ。つーか三対一ってないよねこれね、逃げまーす」
「……言ったそばからぁ!?」
 背中を向けて去ろうとするキンパに言葉を返すと、くるっと振り向いた顔は「何?」とでも言いたそうに飄々としているものだった。
「だってうっせかったんだもん」
「じ、自由人デスネェー……」
 呆れるわおれも、ていうかあんたに一番近かったおれが一番びしょぬれだけっちょ、いやプールだから当たり前っちゃ当たり前だけどさ、一番の被害者おれでね?
 イミわかんねー人とはかかわらんどこ、ってあっそーっておれも背中を向けると、話はまだ終わっていなかったらしい。
「つーかおまえ」
「え?」
 背中から軽く水を掛けられて、その感触に振り向けば更に顔面にバシャっと水をふっかけられた。
「……ええ? はぁっ?」
 右手で顔を覆ってからぶるぶると頭を振って水気を飛ばすと、漸く見えた視界に現れたのは歪んだ眉を持つ金髪。
「悪口叩かれて笑ってんじゃねーよ、バァァーカ」
「……えぇー……?」
 ばぁーか、っていうよりも、「ん」ばぁーか! みたいなね、ちょう溜めて言ったよねこいつね、え、なに、なんで矛先おれ?
 余りの意味不明さにぽかーんと動けないでいると、ふん! って鼻息荒くキンパは泳いで去っていった。
「逃げた!」
「追え!」
 いや追わないよっていうか追えないよ泳げないから。
 えーいみわかんねぇー……。
「……なぁーにいまのぉー……?」
 同じくぽかんとしてキンパを眼で追う宗像に訊けば、しっかりと首を傾げられてしまった。いやそうなるよ、なるよね。おれなんもしてねーべした。
 身体で追えないから眼で追えば、綺麗にクロールで離れていくキンパをチェリーが鈍泳で追ってってる。
 しかも待てーだの逃げんなーだのもんのすげーうっつぁしぃ、ぜってーさっきよか今のがうっつぁしーわこの状況。
「余計うっつぁしーべあれ」
 溜息を吐いた宗像に今だけ本気で同意、だからーって首を傾げれば、もうひとつわかんないことが出てきた。あれぇー?
「ていうかさー、バカっつーのは悪口じゃないのけ?」
「立派な悪口だべ」
「……」
「だがら笑ってんでねーってことだっぺした」
「……そー言われてもねぇ〜」
 べつに怒るほどの事ではないっていうかどうでもいいっていうかさー。なんであの金髪がムキになってんだべ。おれあんな知らねーやつ怒らせるよーなことしたっけー?
 なーんだあいつ。頭おかしーんじゃねぇのけ、って金髪を見れば、変わらずチェリーを引き連れて泳ぎ回ってる。
 ていうかさー、あれもー鬼ごっこ的なあれじゃなーい? 楽しんでっぱいあいつらー。だってほんとに追う気あんならプールサイド走って追い詰めんべ。でもさー、あれおれの中学と緑中でなんかもー戦争っぽぐなってね? つーか笑いながら水掛け合ってっぺ?
 知り合いくさい雰囲気もねがったし、追ってった先で友達でも見っけたのかな、じゃれてるだけぇ? 矛先変わったってこたー……なに? 庇われたの、おれ。あいつに?

“笑ってんじゃねーよ”

 ……だってさー、笑っときゃ済む話じゃないですか。
 泳げるあんたとはちがうんですー。


「……あー、おれ、やっぱキライかもしんねぇー」


 燦燦と陽に照らされる中、ひとつだけ仲間外れの色を見ながら呟けば、宗像は「知ってる」と呟いた。
 だーからプールのことじゃなーいって。


 ばぁーか。





あきゅろす。
無料HPエムペ!