「見でアイツ、だっせー」
「ええ? あれどうなってんだべ、進めねぇのけ?」
「んなわけあんべおめー。ほら羽生こっぢさ(こっちに)来てみー」
「……」
 だーがらさぁ、いみがわがんないんだってば。
 きらいなことをわざわざする、意味がわがんね。
「言い返さねーのけ」
「……さなーい。むだむだぁー」
 陰口を叩く馬鹿を見た宗像が訊いてきたけど、ツンと横を向いて歩いていった。
 あーもう、歩くのもしんどい。うっざい、ほんとうざーい。もーやだまじでぇー。
 進まないし纏わり付くしで、歩くたびにちゃぷちゃぷと揺れる水面が気持ち悪い、ぜってーあっちいったら足つかねーべあれ。
 まじこええ、最悪帰りたいはやく。
 あーーーーーー。うぜえ。
 いらっとして壁を蹴っけど、結局痛いのはおれの足で、気持ち悪い事には変わりない。
 顔を歪めて眉間に皺を全集合させていると、突然、頭からバシャっと盛大に水をかけられた。
「泳げば?」
「…………」
 そういってさっさと逃げたのは勿論背が高いだけが取柄の坊主で、こっちが壁から離れられないのを良いことに手でバシバシ水鉄砲を打ってくる。くっそ、てっめぇ……!
「だから。言い返さねーのけ?」
「……聴っこえねぇー」
 言い返したって、だったら泳いでみろよと眼が言ってる。
 水をかけ返して水中に引き込まれでもしたら勝敗なんて眼に見えてんじゃねぇかくっそばかしねばか。ばぁーかっ!
 ああそうだよ、だいっきらいだ。だいっきらい、なーんで水泳の授業なんかあんの? ねぇ、なんのイミがあんのよ、この時間に!
 くっ、と唇噛み締めて宗像から眼を逸らせば、プールサイドで未だに体操している女子が何人か居るのが視界に入った。
 ちっこい田舎だから、中学校毎にプールなんてついてない。
 隣の緑中(みどちゅう)との唯一の合同授業、増える女子、それだけだ、この授業の良い所なんかっ!
「あっ!」
「あ゛?」
 宗像への怒号を抑えるべく、別世界のようなプールサイドを凝視していると、思わず嬉々とした声が漏れてしまった。
「あの子めんごい(可愛い)。ちょーおっぱいでっかぐない?」
「……」
「すんげ、タメに居たっけ? 緑中?」
「……知るかよ」
「ひひっ、むっつりー」
「…………」
 両手でにぎにぎとすれば、一転、はあ、って溜息吐いた宗像が呆れたように壁に肩肘を付いた。
 温泉じゃないんだからさ〜って、まぁ、おれも同じポーズなんですけどー。
 ナンパしよーにも水泳っつーのが不利でもあっぺ、自由時間に一緒泳ごうっつっても泳げねんだからー、だーめだこりゃ。
「あーーーやだぁ、ちょうやだー、もーずっと歩いてるだけでいいのにぃ〜」
「授業でもなんでもねぇだろそれ」
 続々と人が増えて行くのは後から来た緑中のヤツばっかりで、そろそろ合同授業が本格的に始まる事を意味していた。
 今日もどーせタイムとか取るんだべー。わーきゃーわーきゃー言ってる中ぽつーんなんだべー。はいはい知ってまーすよもう。
「あー……おれ、ほんっときらいなんだっけこれ……」
「……知ってっから」
 がっくり項垂れれば、水泳帽の上からパチンって叩かれた。水を含んだ攻撃はさらに痛いって知ってっかおめー。
 もうまーじで涙目、エイチピー残り僅かで癒しを求めてプールサイドに視界を戻せば、今度は、その女子に話し掛けられながら通り過ぎていく一人の男が眼に入る。
「うっわー、出た出たー」
「……」
「……シっカトですかぁ〜?」
 今度は見向きもしない宗像の脚をゲシゲシと水中で蹴り付けると、地味だった攻撃が回数で功を奏したのか、弁慶に踵が入った瞬間に宗像の顔がくしゃりと歪められた。
 あはっ、やべ。やりすぎたぁー。
「てんめぇ、泳げねんだから水中ぐれぇ静がにしてろコノ、沈ませっぞ!」
「やーだー!!」
 拳骨で水面を叩けば噴水のように水が破裂するものだから、触らぬ宗像に崇り無し、急いで壁を伝って移動する。
 すると。
「……追う気も失せる……」
「……ふん!」
 宗像ならば一瞬で来れそうな位置までちまちまと進むものだから、怒りから一転し更に同情し呆れたような視線だけが突き刺さるのが分かった。
「……で、んだよ」
 ぱしゃ、と揺れた水面が穏やかだったからこそ、「ん」と一言告げて、先程女子軍をすり抜けてきた男を指差す。
「あーなに、いつものけ?」
「そー」
 嫌でも噂になる男が今日も入ってきたと宗像に告げれば、何を思っているのか「あー」と言いながらただじっとその姿を見ているだけだった。
 喋った事もなければ、名前も知らない。
 でも、唯髪色が目立つからこそ、たったそれだけの理由でコッチの中学でも噂の的だったのは確かだった。ていうか女子がキンパキンパ言ってただけなんですけどー。
 今もちらっと視線を変えれば、水泳帽すら被らない彼の姿は探さずとも分かった。
だって金髪ってありえねぐね? 中学っすけど。なにからなにまでよー、なーんでんな自由な事しちゃってんのー。先輩ボコんねーのーけー。
「あー……おれ、やっぱきらいかもー……」
「だから知ってっから」
「うっそだぁー」
「あぁ?」
「……なんでもなぁーい」
 わげわかんね、って溜息吐いた宗像を横目に、嫌でも視界に入ってくるキンパを見つけた。
 だって、プールじゃねーもーん、おれが言ってんの。
 名前も知らねー緑中のヤローで、ひっとりだけのキンパ。違反じゃん。不良じゃん。なのにせんせーなんも怒んねーしさーぁー、なーんなの? やーなかんじー。
 ……って、まぁ、別にカンケーないんですけどー。
 一人裏切って泳ぎに行った宗像と離れてちゃぷちゃぷ浮きながら適当に徘徊してると、女の子に「泳がないのー?」ってクスクス笑われて困っちゃーうってね。あれ、知ってる? これバレてる? からかってんのか逆ナンなのかどーっち?
 うーんって笑いながら誤魔化してる内に、集合が掛かって、タイムとりまーすから始まる俺の悪夢。
 あーあ、勘弁してよーって内心思ってるのはきっとおれだけで、みーんな楽しそうに泳いでる。
 おれもねー、そらねー、バスケやらサッカーだったら声出して死ぬほどはしゃぐんだけどねー。ねー。やだやだ言っても始まる悪夢に掛かる声は二通り、「だっせー」と「かわいー」の両極端の意見、ハイハイ根底は一緒ですねはいはいはい。んなん一番おれが分かってるっつーの、って自棄になったころ、漸く、スピーカーから聴こえるでっかい声。
「はいあがってー!」
 ピー! っていう凄まじい音が、漸く授業の終わりを告げてくれた。
 あーあ。この笛の鳴る瞬間が、一番すき。
 授業とか今だけだし、別にいーやぁっておもうんだけどさー、さすがにちょーっとコンプレックス抉られてる気分になんだよねこれね。まぁ気にしすぎてんだろーけどさ。
 それでも、別に良いやって。

 そう、おもってたんだけど、さ。










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