10
「……してないよ。してないから。ごめんね」
「…………」
 あー、負けた。と、思うだけに留めておく。
 ぽんぽんと頭を叩いて、男の癖に細い腰を抱き締めれば、右肩に押し付けるような顎の感触を感じて、正直どうでも良くなってしまったからだ。
 怒っているふりをして蓮から甘えられることは楽だけれど、折角逢えた貴重な時間がもったいない。それ以上に、これだけ傷ついたような瞳をされて、黙っていられるほど馬鹿ではない。
「あー……じゃあさ、俺もしないから、蓮もしないでね。未成年は飲まないの。ハイ約束して」
 十数年前から変わらぬ意志には蓋をして、あたかも今考えたとでも云うように取って付けた言葉を雑ぜる。今更他の人間になんて興味は湧かないというのに、その事実は伏せておきながら。
 しかし。
「…………やだ」
「なんでよ」
 こら、と流れで突っ込めば、つつつ、と目を逸らされてしまった。
 「んー」と適当にはぐらかされて話題が終わると思っていただけに、眉を寄せてしまうのも仕方の無いことだろう。
「それと、これは……ハナシ、違うだろ」
「同じでしょ。だいたいコレだって今すぐ着替えて欲しいんだよ、俺は。服持ってきたからそっちに……」
「いーやぁだ、あっちぃ」
 先程から微かに香る他の家の香りに苛立ちを隠していたものの、あからさまな拒否に頬が引き攣ってしまった。
「……おまえね……」
「いやだっ」
 ばん、と一度背中が叩かれる。先程までの可愛さ全開、たった数秒後の現在我侭全開、果たして酔いが覚めた時、彼がこの事実を覚えているのだろうか、と溜息を吐く。
 すると、その溜息に対して、蓮の肩が怯えたように小さく動くことが分かる。
「……ヤダヤダばっか」
「だってやだ、しょーがねえじゃん、」
「仕方なくないでしょ。んな酒くらい飲みたかったら100本でも200本でも買ってあげるから」
「……わーけんごくんおっとこまえー」
「……おまえねー。だから、いくらでも買ってあげるから、外では飲むなってことでしょ」
 さらっと言い放ち、金の髪を撫でれば、わざとらしくコテンと首を傾げられた。
「だから、俺以外の人の前で、んなトコ見せたり、んな顔見せないでっつってんの」
 鼻と鼻をくっつけながら、近い位置で懇願する。利佳以外の対人相手ならば一気に頬が赤くなるだろう顔を作って言うも、目の前からは、べチン! と、全力をもってして胸元を叩かれてしまった。
「くっ……くっせえー! いやだー! きもい、とりはだマックス!」
 ほら、ほら! と腕を差し出す蓮に頭突きをすれば、色気の無い擬音が返ってくる。
「……うーるーさーいー」
「、ちょっ、」
 だからこそ、よく廻る口を押さえるべく、えい、と蓮の肩を引っ張って自身の肩へと引き寄せる。
 頭がウィークポイントであることは承知済み、健悟がぽんぽんと頭を叩けば、先程までぎゃあぎゃあと騒いでいた口は段々と動かなくなり、ぼそぼそ口を開くだけに留めていた。
「……やー……でも、さぁ、俺にも付き合いっつーもんがさぁ……」
「高校生のうちは必要ないよ」
「、ある」
「ないよ」
「あるってば!」
「…………ガキ。」
 向きになった蓮に白い目を送ってから、再びその頭を引き寄せる。
「っ、……ん、」 
 目を開けたまま唇を合わせれば、くちゅ、くちゅ、という音が車内に広がると共に、蓮の目が段々ととろんと絆されていく。
「ないでしょ?」
「っ、」
 にっこりと笑いかければ、近い位置で目があった。こつん、と額を合わせて微笑めば、悔しそうに顔を背ける蓮が視界に入ってくる。
「おまっ……俺がおまえの顔好きなの知ってるだろ……!」
「蓮だけじゃないでしょ。使えるモンは使うよ、俺は。ね?」
 ぺろ、と口端を舐めると、その行為すら否定するかのように頬を軽く叩かれ、ぶんぶんと横に首を振っている。
「なっ、……流される……!」
「コッチ流そうと必死ね」
 いけない、いけない、と自制心を保とうとする蓮の腰を引いて、営業用としても使わない朗らかな表情を浮かべれば、それだけでぐっと生唾を飲む蓮が居た。
「……てっ、てめぇ……!」
「楽だよ〜。うんって頷けば良いんだから。ね? ほら」
「や、おまっ」
「うんって言ってみ?」
 笑みながら、健悟は蓮の背に手を廻し、蓮の服に手を入れていく。
「ちょっ、これ利佳の車……!」
 さすがに危機感を感じた蓮がその手を振り払えども、ちゅ、ちゅ、と顔に唇を合わせてくる健悟をヤメロと押し戻すことしか出来なかった。
「なんだ、酔っ払いの癖に変なトコ冴えてんねー」
「おまえと話してたら醒めてきたんだっつーの、つか、良い、おまっ、帰んだろ……」
「大丈夫だって、利佳も分かった上で貸してくれた筈だから」
「んなわけねぇだろ……!」
「マジマジ」
 そんな事実は一切無く、寧ろ現状を見越して注意をされていたものの、それを蓮に告げることはしなかった。
 滑りの良い背を撫でて行き、つつつ、と背骨のラインを撫でた時に、ビクリと揺れた蓮の身体を見て、健悟の下腹部に重い衝撃が走る。
「おっまえ……は、芸能人って自覚を少しは……!」
「関係ないね」
「あんだろっ! 路上! 宗像ん家の前だから、マジで、見られたらおまえっ、明日っからどうすりゃいいんだよっ」
 いやいやと首を振る蓮に潔さは全く感じられず、本当に酒が抜けてきてしまったのかと思える。家ならばこのままさっさとしろと言われるだろうに、本気の抵抗を見せる蓮に此方の我慢も限界に近くなってしまっていた。なるほど、嫌がられると燃えるという男の心理を正に体験しているようだった。
 ちゅ、と首にキスをしては拒否をされ、耳を舐めてはヤメロと制止をされる。それでも蓮が見ているのは古びれた商店唯一つであり、場所が問題というのみで、行為が問題と言うわけではないらしい。
「……どうせ誰も通らないのに何言ってんだか。つか、身体あっつ……どんだけ飲んだの?」
「んぅ、飲んで、ね、」
「まだ言うか、そんなに酒臭くして」
 はぁ、と溜息を吐けば、ぴたりと抵抗をやめた蓮と目があった。その眉間にはしっかりと皺が酔っており、さすがは酔っ払い、自分がどれだけ不快な臭いを発しているのか微塵の自覚も無いらしい。
「……え、臭い?」
「すっげえ臭いよ」
「…………」
 あっさりと断言すれば、信じられないとでも言うように口に手を当て、はぁーと自分で息を吐いて確かめている。此方をちらと見てくる様子からして、シマッタと思っているに違いない。
 そりゃあそうだ、俺だって、久しぶりに逢う恋人からはせめて本人の匂いに顔を埋めたかった。
 けれども明らかに顔面蒼白になる本人を前にしてそんな言葉を掛けられるはずも無く、健悟は耳に舌を入れながら言葉を続けていく。
「ショック受けるくらいなら飲まなきゃいいのに。ばーか」
「…………っ、」
 やめろ、と小さく拒否を示した蓮に唇を尖らせて、健悟は更に煽って行く。
「利佳が見たらなんて言うんだろーねー。こんなんなるまで飲んでって怒るんじゃないのー?」
「…………」
「親父さん内緒でって言ってたんでしょー? まこっちゃんが飲みすぎって怒るからだよねー? んー?」
「…………」
 ねぇ、とにっこりと微笑むと同時にキスを落とせば、正に当人もその心配をしていたらしい、このまま家に帰れば確実に長時間の説教が正座で待っているだろうことが予想でき、黙り込んでしまった。
 どうしよう、と顔に書いてあるその顔、所詮は高校生の分かり易いそれを絆す方法は余りにも簡単で、健悟は貰ったと心に秘めながら、蓮の耳元で囁いた。
「仕方ないなぁ……。蓮が酒抜けるまで帰りたくないっていうなら、どっか付きあってあげるけど?」
 健悟の僅かに上がった口角は蓮に悟られること無く、酷く甘い誘惑にすら聴こえていた。
 だからこそ。
「――どうする?」
 にっこりと笑った健悟を拒否する思考回路すらなく、流し流され、ついに言葉を発してしまった。
「……おねがい、しゃす」
「ん。素直でヨロシイ」
 下を向いて悔しそうに奮える小さな頭を撫でながら、健悟は小さな笑みを浮かべた。
 反省交じりの消え入るような声、真っ赤な頬、手中に残る肌の感触と、咥内に残る唾の味。
 余程家族が恐いのか、観念するように頷く尖った唇を見て、今すぐにでも貪りたい様な衝動に駆られてしまいそうだった。
 だからこそ、健悟は急いで体勢を立て直し、少し前かがみになりながらも、此処から一番近いホテルはどこだったか、と、頭の中で周辺地図を展開させていた。




おわり。



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