「っ、!」
 こぽ、と口内で水音がするのは当然のこと、そのまま一気に唇を押し当てれば、開いた蓮の口には自然とミネラルウォーターが流れ落ちていく。
 一気にあげると咽ちゃうからね、量を調節してあげる俺はすごく優しい。
 生温くなった液体を少量ずつでも無理矢理流し込めば、苦しそうに目元を歪める蓮が居て、ざまあみろとか思う自分も否めない。
「んーっ、ん゛ー!」
 口を塞がれて喋れないからか、もがきながら腹を叩いてくるけれど、所詮酔っ払いの力なんて高が知れている。
 あー、若干涙目、舌入れたい。
「……ん、ぅ。……んーっ、ぷはっ、」
 ぬる、と悪戯混じりに舌を入れて、蓮の舌の周りを焦らすように一回転してから唇を離した。
 蓮がぎゅっと目を瞑っている間も、健悟は一度として目を閉じず、その痴態を目に焼き付けているようだった。
 蓮は唇を横に伸ばした状態で、素面では見せない苦しそうな、素直な表情をしている。
 たかが此れだけで軽く肩で息をする蓮を見た健悟は一転して笑顔を浮かべ、左手を蓮の太腿へと移動させた。
 右手でもう一度ミネラルウォーターを口に含ませ、今度は蓮の顎を上げることなく、ただ呼びかける。
「れーん。あー」
 水を口に含んだ状態で声を掛け、水が零れないように小さく口を開けると、視線が定まっているのか居ないのかぽうっとした表情を見せる蓮も、釣られて口を開く。
「あー……」
「うし。ほら」
 ん、と口を近付ければ、今度は蓮が顔を寄せてきて、健悟の洋服の、胸元よりも少し上の部分にぎゅっと皺を作っていた。
 第二弾の水やりが終わると、健悟は右手で氷の入ったグラスを手に取り、器用に氷だけを抜き取る。つるつると滑るそれを蓮の唇に押し付けて、いやいやと目を瞑る蓮にぐいぐいと押し付ける。
「うえー」
「うえーじゃないっつの。ん」
「んー……」
「はいガリガリ噛む。冷たいっしょ? ちゃんと起きな」
 理不尽そうに歯を動かす蓮を見て、無造作に太腿を撫でることは忘れない。
 その傍ら、ぽんぽん、と頭を叩けば、そこから蓮が氷を噛む音と振動が掌を通じて伝わってきて、少しだけ心地が良かった。
「ほら。れーん。おれがだれだか分かるー?」
「ぁー……け、ん、」
「そ。ほーら」
「ん、ぅおー」
 ぺちぺちと軽く頬を叩くと、冷たさが身に沁みたのか先程よりも幾分かはっきりした眼差しが返って来る。
「シャキっとしろよ、帰んだろ?」
「んー、んー……かえるーかえるからー」
「はいはい。お土産あんでしょ、どれ?」
「んー」
 忠敬に頼まれた産物を尋ねるものの、一向に答えは返って来ない。
 首を横に振る蓮のせいで、健悟の服の胸元に、更に皺が寄ってしまうのみだった。
「れーん」
「んー……」
 その顔を覗き込んで再度尋ねると、今度は胸元にあった蓮の手が背中に周り、まるでしがみつくように抱き着かれてしまった。
 ぎゅう、と背中に皺が寄ったことが分かるが、怒る気には到底なれる筈も無い。それどころか、ふっと笑いすら込み上げて来てしまって、眼下にある旋毛に小さなリップ音を落とすだけに留めた。
「……しょうがないなぁー」
 よ、っとその身体を抱き上げて、まるで赤ん坊にするように前から抱え上げる。
 蓮の顎が健悟の肩に押し付けられて、腰付近にはぎゅっとクロスされているらしい蓮の足の感触。無意識なのか離すまいとする行為は愛しいものでしかなく、健悟は蓮のお尻を左手でわざとらしく押さえながら、右手で背中をぽんぽんと叩いていた。
 さすがに高校生男子となると重いけれども、決して持てない体重ではない。むしろその重力が愛しく、やっと手中に納まってくれた金髪頭に笑みが溢れ出さんばかりのものだった。
「れーん。帰る?」
「ん、」
 聞けば、こくこくと顎が動く感触が肩に伝わり、表情を見ずとも背に廻る腕の強さが全てを物語っていた。
 だからこそ。
「――だってさ。」
「…………」
 今、目を引ん剥いて口を開けている坊主頭に向けて、わざとらしく口角を上げて言い捨てた。
 んなトコで寝ねぇって、帰るって、分かったかバーカ。とは、言わずとも溢れているようなオーラが憎々しい。
 蓮を抱きながら健悟は立っており、宗像はその様子を妖怪でも見たかのように仰々しく見上げている。
 真下から覗いているのだから、最早健悟が帽子を被っている意味も無く、目が合った宗像からは愕然とした表情を有難くも頂戴していた。信じられないと声も発することが出来ない宗像を無視して、健悟は歩みを進める。
「土産……ああもう分かんねぇっつの」
 蓮を抱いているためにバランスが取れないのか、健悟は一度宗像のベッドに腰を落とした。
 太腿の上に蓮を乗せ、落とさないように気を付けながらラベルの切られていない酒瓶を漁る。
 どれも結構な値段の付けられる品目が揃っており、忠敬の予算が如何程だったのか、たかだか高校生が何を選択したのかは健悟の知るところではない。
「……あー、もういいや、なに。これ?」
 だからこそ、その中から適当に3,4本を選び、手近にあったビニール袋に放り込んだ。
「え、ああ……」
「いくら?」
 片手は蓮の腰に手を廻したままポケットから財布を出し、器用に中を弄る。
「や、つーか……」
「あー良いや、ハイ。ヨロシク」
 すっと差し出された二枚の福沢諭吉を宗像が取る余裕すら見せず、健悟はそのままテーブルの上へと強制的に乗せておいた。
 その際に宗像が聞きたかった事と云えば酒瓶の値段などではなく、一般男性を膝の上に乗せている理由や、自身の親友の変わり身の様子についてだったが、頭の回転がついて来ずに喋ることすらままならない。
 何で知らない奴が自分の家に侵入してきているのか、今蓮と何をしていたのか、今蓮が何をしているのか、聞きたいことは多数ある。
 しかし、それ以上に、この人物は――。
「つーか、あんた……」
 蝉の音が響いていたあの季節、この小さな街に前代未聞の旋風を巻き起こした、騒動の渦中の、中心人物以外に思い当たらない。
 そんな人物が何故此処に居て、蓮と居て、蓮と、――何をしていた?
「…………」
 宗像が手を口に添え、黙り込んでしまうと、その姿を見た健悟はふっと笑い、反動を付けてベッドから立ち上がった。
 勿論、蓮を落とさないように抱え直し、尚且つ酒瓶を腕にぶら下げながら、嫌な笑いを浮かべて見下している。
「あんたさ、さっき言ったじゃん。酒飲んだら蓮が水飲まねぇって。それさ、――あげ方が悪いんじゃね?」
 行儀が悪いと分かりつつも、健悟は、先程使用したミネラルウォーターのペットボトルを宗像の元へと蹴り付ける。
 三分の二以上が空気と化したそれを見た宗像は唇を噛み締めたが、一方で健悟は、築数十年の部屋には決して適合する筈もない微笑を浮かべていた。
「だから言ったじゃん、さっき。コイツ捨てといてって。どうせ俺が拾ってくんだから」
 オレガ、という三文字を何よりも強調した健悟は帽子の下で宗像と目を合わせ、見せ付けるように蓮を抱きなおしてから、部屋の扉へと向かった。

「――ゴクローサン」

 最後に見せた笑みはまるで営業用とも言えるような、至極胡散臭い作品であり、それを見た宗像の右腕にも意図せず鳥肌が走る。
 とん、とん、とん。
 人一人を抱いているからか、考えられないほどにゆっくりと階段を下りる足音は、一人残された宗像の部屋に必要以上に響いていた。







「あー、レン……おまえマジで酒臭い……」
「えーっ」
「えーじゃないよアホちゃん。ほんっとにもう」
「え〜」
「……んな可愛い声出しても無駄だかんね、落とすぞコラぁー」
「うわあっ、ちょ、おーちーるー! あっははっ!」
「……はあ、」




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