「触んな離せ」の睨み顔が、「はーなーせー」と頭を横に振る挙動へと変化するのは所詮アルコールの力でしかない。
 顔を振るたびに、ぷにぷにした頬が手を刺激して、思春期の癖に綺麗に整えられた肌から目が離せない。うっわーなにこいつ、やっぱ可愛い、いつ見ても可愛い、可愛すぎる、むかつく、馬鹿だ。んな可愛い感じ此処で発揮してどうすんの。あーちゅーしたい、つーか押し倒したい、マジ可愛い、馬鹿だ。
 あー……――と、目の前にある欲望と死闘を繰り広げていると、後ろから「ああ」と何か閃いたような声が聞こえてきた。
「誰かと思ったけど、その声、あんたさっきの、?」
「……ドーモ」
 閃きの主ははやり先程の電話元の暫定友人だったらしく、帽子から覗き込める範囲で坊主を確認し、目も合わさずに低い声を出す。
 対蓮用と、対敵用でトーンが変わることは無理も無い。
 先程の電話での会話を思い出せば此処から連れ去ることが先決であり、手中の彼に言ってやりたいことは山ほどある。
 此方の素性は知れずとも、利佳から連れ戻すように言われた、とでも思って貰えれば別に良い。テーブルの上に放置された見慣れた携帯電話を奪還し、再び手中の頬を引っ張ってやる。
「よし、蓮。帰るよ」
「えー」
「えー、じゃないの」
 えー、と言いながら再びロックグラスに伸びる手をぺちんと叩く。
「…………」
 するとまるで小学生のようにわざとらしく頬を膨らませるものだから、ついついその頬を押して遊んでしまった。
 膨らんだ頬の末、口から空気が抜ける音を聞いて、ふて腐れるそれすら愛しいとぽんぽんと頭を撫でる。ああもう一刻も早くこの場から立ち去りたい、つーかこいつをドーコーしたい。
「……ほら。手」
「んー……」
 此方が先に立ち上がり、手を差し出すと、一応は手を差し出してくる。
 けれども、その手を引っ張って立たせようとすると、まるで遊んでいるかのように奇妙な笑い声を上げてまた座りこんでしまった。だめだ、完っ全に酔っ払ってる、この未成年馬鹿。
 溜息を吐いて、周りを見渡す。ビール、焼酎、焼酎、ウイスキー、焼酎、なにこいつらマジ生意気なんだけど、焼酎、ビール……あ、あった。
「れん、水」
 少し遠い位置にあったミネラルウォーターのペットボトルの蓋を開けて、蓮に差し出す。完全にぽーっとなってる頭の主、酒臭い未成年は、とりあえず最低限覚醒しろ。
 そう思って水を差し出したのに、訝しむような視線で一瞥されて全く興味を示さない。
「むなからぁー」
 舌足らずは狙っているのかいないのか、仕舞いには水のにおいを嗅いだだけで外方を向いて坊主の元に四つん這いに近い体制で歩み寄って行ってしまった。ああもう、四つん這いナイスアングルとか言ってる場合じゃないっつーの。
「ん」
 蓮が近付けばあっさり酒を注ぐ坊主は、再び透明な液体をロックグラスに注いで蓮に差し出す。
「こーら。だからダメだって言ってんでしょ、――アンタも飲ませんな」
 坊主に近付いた蓮の両頬を右手で軽く挟んで、顔だけ振り向かせる。顔ちっちぇーなおい。離せと云う意味を込めてか、親指と人差し指の間付近をガシガシ噛まれてるのはこの際無視。おまえは犬か、あほ。
 左手でそのグラスをテーブルの上へと戻せば、案の定目の前には不満顔の金髪と、したり顔の坊主がいる。
「蓮は飲むと水飲まねえんだよ」
 な、と蓮に賛同を求めれば、それに従順に頷く蓮。
 仲睦まじきという表現が正しいその姿を見て、そうだ、身体に鳥肌が走る位には苛々が募った。え、うぜえ。餓鬼。クソガキ。やだねえ、うぜえ、なんで俺がてめえに蓮のこと教わんなきゃなんねえんだっつの。
「布団もあるし、そいつココ置いとけば? 来て貰って悪いけど」
「…………」
「おまえも寝てくんだろ?」
「んー……」
 坊主が蓮に枕を投げ付ければ、蓮もそれに安心するかのように枕を抱き締めて顎を埋めてしまった。
「――だってよ?」
 坊主は蓮を顎で指す様子の傍ら、完全に部屋の扉に目を向けていて、さっさと出て行けとでも言っているようだった。
「……はは、うっぜえ」
 つい笑い混じりでぼそっと言ってしまった事実は撤回しない。
 すっかり枕に埋まる蓮は安心してるのか眠いのかうとうとしているようで、それすら怒りを募らせるには充分だった。
 俺、今日来るって言ったよね、なんでおまえはここにいて、こんなことしちゃうかな。
 ……もう、知ーらない。
 はあ、と溜息を吐けば、それが撤退宣言だと受け取ったらしく、坊主は興味を無くしたかのように携帯を弄り出した。甘いんだよ、ガキ。
 とりあえず蓮から忌々しい枕を引き剥がして投げ捨てれば、顎の支えを失った蓮がガクンと崩れ落ちた。
 その顎を左手で支えてから、しゃがんで同じ目線まで持っていく。あー、とろんってしてる。かーわいい。
 ばかだねー。
 こつん、と一度額と額を合わせてから、蓋を開けっぱなしだったミネラルウォーターを口いっぱいに含めば、坊主も蓮も頭にクエスチョンマークを浮かべて此方を見ているようだった。
 ざまあみろ、ばぁか。
「!?」
 目を見開く坊主とは一瞬だけ目を合わせてから、蓮の顎をくいっと上げさせる。
 蓮の唇を右手で抉じ開ければ、関節がガクンと揺れたことが伝わってきた。そのまま指を奥に入れて、前歯を開かせると、どうやら酒でくらくらしているらしい蓮の怪訝そうな表情が視界に入る。
 なーにその苦しそうな顔、おまえが悪いんだからね、ばか。
 左手で蓮の顎をもっと上に向かせてから、自身のキャップを移動させ、角度を定めて唇を合わせに行く。

 はい、とつにゅー。




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あきゅろす。
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