三.自分のことを嫌いにさせましょう。



 これにつきます。そう補足された指南書に、そうできれば苦労しませんよねと目を細めることしかできない。
「ハルトに嫌われること……」
 冷たくする、怒る、我儘言う、無茶ぶりする、コンビニで買ったデザート勝手に食べちゃう、疲れてんのに車で迎えに来いって命令する、酔っぱらいの介抱させる、まずい飯食わす、あいつの服を勝手に着る―――。
 ぱっと挙げることができたということは、結局自分がされたくないことでもあるのかもしれない。うわ最悪だな、と指折り数えてひとつひとつを想像し、そして、いざ実行しようとしたところで、例外なく自分がハルトにしてきたことでもあると自覚してしまった。
 ひやり背筋に冷や汗が垂れる。あれ、おれ、もしかして、無意識にすげーひどいことばっかしてたんじゃ……。
 もう嫌われてもおかしくないレベルのことをしているのに、小さいころから何も変わらないハルトを考えると、ハルトに嫌われるようなこと、ということに全然検討がつかなかった。
「…………うーん…………」
 腕組ポーズを保って十五分、ついにひとつも要素が出てこない事に気づいて絶望する。
 ハルトが「人」を嫌う理由はいくらでも思いつくのに、ハルトが「俺」を嫌う理由があろうことかただのひとつも思い浮かばなかったのだ。
「―――ハルト」
「ん?」
「おまえ、おれのこと嫌いになったことある?」
「え? ないよ」
「ほんとのこと言えよ」
「ないよ。いつもだいすきって言ってるじゃん」
「…………」
「えー、まだ伝わってないの? なおにぃ、だーいすき」
「なおにぃはやめろ! おれの想い出を汚すな!」
「ひっどいなあ、もう。あれも俺なのに」
 俺に叩かれても笑っているハルトを見て、更に末期だとすら思えてくる。
「俺さあ、昔っからなんだけど、自分で自分に嫉妬する回数がいちばん多い気がするんだよね」
 真剣に射抜いてくるハルトは微塵も嘘を吐いていないようで、どうしたもんかと頭を抱えることしかできない。
「……………………おまえ、なにしたら俺のこと嫌いになるんだよ……」
「あはは、ないでしょ」
「…………はあっ…………」
「だってさあ、考えてみてよ。そういうナオくんは、どうやったら俺のこと嫌いになるわけ?」
「なんねーよ! 、あっ!」
 しまった、と口を抑えた時にはすでに遅く、バッチリ聞いていたハルトは、でしょ、と満足そうに微笑んだのだった。
 その答えに機嫌を良くしたらしいハルトが台本を読んでいる姿に、どうも言わされた気がして仕方なく、全然納得がいかない。
「…………うそだ。もうきらいになってる」
「はいはい」
「……おまえのせいで彼女もできないし外で飯も食えないし生徒にバカにされるし……きらいだ、おまえなんか……」
 湿度の高い視線を横顔に送ると、ハルトは台本から目を逸らさずククッと楽しそうに笑い始めた。
「俺のおかげで変な女は寄ってこないし美味しいご飯が食べられるし、いいことばっかりだね。生徒にはバカにされてるんじゃなくて、慕われてるんでしょ。あ。ナオくん。俺きょう時間あったから、レアチーズケーキつくったんだよね、先食べてていいよ」
「マジで!」
 むくっ、とソファから起き上がり冷蔵庫に駆けて行くまで約三秒、その後姿を見たハルトは必死で笑いをこらえようとしたけれど、どうやらそれは難しかったようだ。
「うわ〜! これすげえ好きなやつ、さんきゅーハルト、ちょー愛してる!」
「うん、俺も愛してるー」
「あっ!」
 しまった! と書いてある俺の背中に、バカな子ほど愛しいってよく言うよね、と笑い声が降りてきた。
 反射的に俺は馬鹿じゃない! と返せば反論するだけ自覚あるんだねと拍手をされて、やっぱり大人になったハルトは可愛くないと心底思った。





 作戦 三

 自分のことを嫌いにさせましょう。
 失敗。 





 でも、なにをされたところで俺だってこいつを嫌いになれないんだから、これは失敗して当然な気がする。
 一年二年の付き合いなんかじゃない、それこそこいつのオムツだって替えてたんだからな。


 レアチーズケーキうまいし、きょうはしあわせ。
 次のことは、あした考えることにしよう。






[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!