二.束縛嫌いの彼なら、徹底的に束縛しましょう。



 優しい彼、傷つきやすい彼、傲慢な彼、暴力をふるう彼……指南書にはいろんな彼氏像があったけれど、彼女との付き合い方を見ているとこれが最もしっくりきた。
 先の法則でも見ていた通り、俺には一々どうでもいいことまで報告してくるくせに、女性に対しての付き合いは至極あっけないというか、執着が薄いというか、とにかく束縛を嫌っているという印象しかないからだ。思春期の頃からいままで、何度も、家の中で携帯を見ながらうぜえと言っていた姿を覚えている。
 今度は俺がその「ウザいやつ」になるのか。そう、うんざりしながら、昼休みに携帯を握った。
 何を連絡すればいいのか全くわからなかったので、とりあえず既に完食してしまった弁当をカシャリと写メる。今朝は時間があったらしいハルトの手作り弁当は、同僚からもいい奥さんですねと人気の力作である。おいしかった、と一言添えて、何かスタンプを送ったほうがウザさが増すのかと悩んでいたら、早速ハルトから返信が届いた。たった一言に対する返信はだらだらと伸びる十五行もの長文で、あっ、どうしよう、うざい、と直感的に思ってしまった。これぞまさに俺がやろうとしていたことだと、そのまま返されてしまった気がした。
 悩んだ挙句これが一番気持ち悪いだろうと、可愛らしいハートをモチーフにしたスタンプを送ると、またもや速攻で返事が来た。今度は画像が添付されている。疑問に思いながらクリックすると、俺が送ったスタンプの画面をスクリーンショットにおさめた画像を待ち受けにしているようだった。
「きもちわりいわ!!」
 言葉のままに送れば、泣いているスタンプが返ってくる。子供の頃のおまえにやられていたら、俺は幸せすぎて今しんでもいい。そう言えば、余計に、泣いているスタンプが十連続で送られてきた。
「マジうぜええええ……」
 まさに俺がやりたかったことだと、指南書を見ながら溜息を吐くことしかできない。
「……あっ、しまった」
 そして、指南書を見て本来の目的を思い出す。俺がすべきことは、「ウザくなる」ことだ。拙い入力技術で、この後の撮影はあるのか、どこでやるのか、誰と一緒なのか、何時に家に帰ってくるのか、指南書のテンプレート通りに送ってみた。
「ふう……」
 うざい、とヒトコトだけ送られてくれば成功だけれども、送られて来たら来たで俺はきっとヘコんで午後の授業に身が入らなくなることだろう。
 自分勝手な一人舞台だとわかっているけれど、これがひいては俺のため、そしておまえのためになるんだ、ハルト。許せ。
 大分ウザい返信にした自覚がある。もしかしたらもう返信は来ないかもしれないな、そう思って携帯を机に置いた瞬間、ハルト用に設定されたバイブレーターの振動が机に響いた。
「、うお」
 少しだけドキドキしながら携帯を開いたものの、何をしているのかどこでやるのか誰と一緒なのかという撮影の基本情報は勿論、ご丁寧に撮影場所の地図まで載せて、遊びに来てよと書かれていた。
 行けるかバカ。少しだけ安堵しながらそう返そうと文字を打っていると、またもや返信を受信する。
『俺は答えたんだから、ナオくんもちゃんと答えてね。お昼は一人で食べたの? 美味しかった? 今何してる? 今日なんの授業があって、今日何時に帰ってくるの? 今日はどの先生と喋ったの? 女? 男? 飲みに行こうって誘われた? 今日は生徒に教えるからって残んないよね? 学校終わったらすぐに帰ってくるでしょ? ねえ、もしかして、生徒と教科書以外の話をしてなんていないよね? 答えて。』
「…………………………」
 絵文字一つなく、無機質な丸で終わる長文。
 スタンプひとつ追加されないその返信が怖くて、既読をつけていると分かった上で無視をした。


 ―――多分、これが答えだ。


 束縛嫌いの彼に徹底的に束縛する、その答えが、これだ。あいつすげえ。別れるための法則をナチュラルにこなしてやがる。
 なぜ俺は別れようと思わない。
 いや、おもってる、おもってるから、いまこうして…………あー、だめだ、俺、こういうの、向いてない。





***





 面倒臭さを極めた連絡を無視したあとは、三回ほどなんで返信くれないの? と届いた後、諦めたのか、撮影でもらったアイスが美味しいとか空が晴れてて綺麗とかまたいつもの連投連絡に戻っていた。あいつはきっと、俺のアドレスをブログだと勘違いしている。
 その日、溜息を吐きながら帰宅すると、「おかえりー!」といつも以上に機嫌のいい声が家の奥から聞こえてきた。 
 訝しみながら足を踏み入れると、それはそれは、近年稀に見るくらい機嫌の良いハルトが、いつもよりも品数の多い手の込んだ食事を作りながら俺を待っていてくれたようだった。
「おかえりナオくんっ! きょういっぱいメールできて嬉しかった〜!」
「…………」
 邪気のない笑顔で微笑まれたことに、今日自分のしていた仕打ちを思い出して、ガツンと罪悪感がこみ上げる。
「ねえねっ、ようやく俺の仕事に興味持ってくれたの? ナオくんナオくん、あしたはね〜!」
 大学で二限まで出てからね、と、部屋が埋もれそうになるのではないかと心配になるほど音符を飛ばしながら話をするハルトを見て、いいから食べるぞ、とぎこちない笑顔を返すことしかできなかった。
「あ〜……」


 ―――だめだ。


 俺には、この笑顔は崩せない。

 ハルトを傷つけるために、この家から出ていこうとしているわけじゃない。
 にこにこと絶えず笑うハルトを前にした途端、完全に絆されそうになっている己を鼓舞しつつも、結局は、またもや作戦が失敗に終わったことを知るのだった。






 作戦 二

 束縛嫌いの彼なら、徹底的に束縛しましょう。
 失敗。 





 訂正、幼なじみは存外に束縛を好んでいる。
 名も知らぬ彼女との付き合い方ではなく、俺との付き合い方を参考に法則を選ぶべきだったと反省し、次に活かしたい。





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あきゅろす。
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